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第4章 学園編(三年生)
29 旅の商人2
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日を改めて、私とアドラさんはエルメラド王国の国王陛下に謁見の場を設けていただいていた。ファルコさんは後方で待機している。
用件は、もちろんレイ王国のホロウに会いに行く許可をいただくためだ。あの話を聞いた後でアドラさんに頼んだところ、レイ王国の国王に口利きしてくれることになった。
しかし、旅行客としてサフィーア帝国を訪れた時とは違い、正式に他国の国王と話をする必要があるということで簡単にはいかない。陛下のご判断を仰ぐしかなかった。
「ふむ……異国の地のホロウ、か」
ひと通り事情を聞いた陛下は、重々しく口を開いた。
「レイ王国にもホロウがいたとはな。あの国は、外部との交流をほとんど持っていないのだ。知らないのも無理はない。それで、お前はそのホロウを救いたいと?」
「はい。同じホロウとして興味があるのです。しかし、レイ王国の問題を解決しなくてはゆっくり話す時間もありません」
レイ王国の街一つを壊滅に追い込んだ魔界の門の問題。それを解決しなければ、もう一人のホロウを救うことはできない。
かつての私は魔王に敵わなかった。同じことを繰り返さないように今まで努力してきたつもりだ。でも、それでも、本当に魔王を倒すことができるのかという不安がいつもつきまとう。圧倒的な強さを前に敗れたあの時のことを思い出し、その思いは膨らんでいく。
私の力では足りなかった時に、もう一人のホロウがいてくれたら。自分の国を救うために十年近く耐え続けた人だ。世界の危機にも立ち上がってくれるはず。人任せにはしたくないが、私にもしものことがあっても世界に滅んでほしくはない。大切なものがたくさんある場所だ。
世界を崩壊から救うためのカードは、いくらあってもいい。私自身も、その中の一枚に過ぎないのだ。
「しかし、同じくホロウを戴いた者が解決できなかった問題を、お前が行けば解決できるとどうして言い切れる?」
「僭越ながら申し上げます。魔法文明が栄えているというのは本当です。しかし、古の大国なのです。最先端の魔法という点では、エルメラド王国の方が何倍も進んでいますよ」
陛下の問いに、アドラさんが口添えしてくれる。
「魔法文明と言うだけあって魔導士の数は多いんですが、使っている魔法は魔力の消費が激しい割に効果の薄いものばかりです。外部との繋がりがほとんどないので、レイ王国の人たちがそれに気づくことはないみたいですが」
「その点を考慮すれば、ルナシアの方が上ということか」
世界を巡る旅の商人であるアドラさんがそう言うのであれば、魔法研究が進んでいるエルメラド王国と比べて、レイ王国の魔法が古の形を保ったままであるというのは事実なのだろう。でも、十年近く魔界の門の被害を食い止め続けているホロウと比べられるとね。
アドラさんにも協力してもらいながら、どうにかこうにか陛下に納得して頂こうと頑張る。しかし、すぐに許可は頂けず、代わりに条件を出された。
「一つ条件がある。レイ王国の国王との交渉はグランディールに任せる。よいな?」
「えっ、グランディール様‥‥‥殿下にですか?」
それはつまり、グランディール様も同行するということでしょうか?
まさかここでその名前が出るとは思っておらず、思わず陛下を凝視してしまった。慌てて視線を下げたところに、陛下の言葉が続く。
「今回の件について、わが国には何の利点もない。それどころか、国民であるお前の身を危険に晒すことになる。とはいえ、レイ王国のホロウを助けたいという想いを汲んでやりたい気持ちもある。だが、お前が無茶をするのではないかと心配なのだ。ルナシアよ、お前はグランディールの婚約者候補だ。その自覚はあるのか?」
うぐ、と言葉に詰まる。元紅玉国の一件で無理を通した前例があるので、何も言えない。
グランディール様にも、危険なことに突っ込んでいかないようにと注意を受けたばかりだった。グランディール様を同行させるのは、私の監視をさせるためか。
「しかし、殿下を危険に晒すわけにはーー」
「もちろん、グランディールを魔界の門に近づけるつもりはない。だが、ここでじっと待たせておく方が、あいつには毒だ。どうせお前が戻ってくるまでは仕事にも集中できまい。ならばいっそのこと、レイ王国との友好でも結んでこいというものだ」
私の言葉を遮り、陛下は続けた。
「お前の力に助けられているのも事実だが、もっと自分自身のことを大事にせよ。この国が危機に陥ればホロウの力を貸してもらわねばならないーーそう考えている私が言うのは無責任かもしれないがな。お前を見ていると、お前は自分自身のことがあまりにも見えていないように感じてならないのだ。その身が傷つくことで悲しむ者がいることを重々自覚せよ。婚約者候補が傍にいながら、自分の身を必要以上に危険に晒すことはすまいな?」
「はい‥‥‥」
絶対に無茶をするなと陛下に念押しされる。流石にグランディール様に監視されていたらね‥‥‥。
「出立は職業体験が終了する一週間後とする。その間に準備を済ませよ。アドラよ、わが国の恩人に度重なる頼みをして申し訳ないが、橋渡しの役は任せたぞ」
「お任せください。事が済んだら、無事に彼女をお帰しできるよう努力いたします」
恭しくアドラさんが頭を下げる。私の思いつきに巻き込んでごめんなさい。そして、グランディール様も。ただでさえお疲れなのに、本当に申し訳ありません。
本人が拒否することも少し考えたけど、その日のうちにグランディール様が同行を承諾された旨を伝え聞いた。彼がどんな顔で今回の話を聞いたのか‥‥‥想像しかけてやめた。
用件は、もちろんレイ王国のホロウに会いに行く許可をいただくためだ。あの話を聞いた後でアドラさんに頼んだところ、レイ王国の国王に口利きしてくれることになった。
しかし、旅行客としてサフィーア帝国を訪れた時とは違い、正式に他国の国王と話をする必要があるということで簡単にはいかない。陛下のご判断を仰ぐしかなかった。
「ふむ……異国の地のホロウ、か」
ひと通り事情を聞いた陛下は、重々しく口を開いた。
「レイ王国にもホロウがいたとはな。あの国は、外部との交流をほとんど持っていないのだ。知らないのも無理はない。それで、お前はそのホロウを救いたいと?」
「はい。同じホロウとして興味があるのです。しかし、レイ王国の問題を解決しなくてはゆっくり話す時間もありません」
レイ王国の街一つを壊滅に追い込んだ魔界の門の問題。それを解決しなければ、もう一人のホロウを救うことはできない。
かつての私は魔王に敵わなかった。同じことを繰り返さないように今まで努力してきたつもりだ。でも、それでも、本当に魔王を倒すことができるのかという不安がいつもつきまとう。圧倒的な強さを前に敗れたあの時のことを思い出し、その思いは膨らんでいく。
私の力では足りなかった時に、もう一人のホロウがいてくれたら。自分の国を救うために十年近く耐え続けた人だ。世界の危機にも立ち上がってくれるはず。人任せにはしたくないが、私にもしものことがあっても世界に滅んでほしくはない。大切なものがたくさんある場所だ。
世界を崩壊から救うためのカードは、いくらあってもいい。私自身も、その中の一枚に過ぎないのだ。
「しかし、同じくホロウを戴いた者が解決できなかった問題を、お前が行けば解決できるとどうして言い切れる?」
「僭越ながら申し上げます。魔法文明が栄えているというのは本当です。しかし、古の大国なのです。最先端の魔法という点では、エルメラド王国の方が何倍も進んでいますよ」
陛下の問いに、アドラさんが口添えしてくれる。
「魔法文明と言うだけあって魔導士の数は多いんですが、使っている魔法は魔力の消費が激しい割に効果の薄いものばかりです。外部との繋がりがほとんどないので、レイ王国の人たちがそれに気づくことはないみたいですが」
「その点を考慮すれば、ルナシアの方が上ということか」
世界を巡る旅の商人であるアドラさんがそう言うのであれば、魔法研究が進んでいるエルメラド王国と比べて、レイ王国の魔法が古の形を保ったままであるというのは事実なのだろう。でも、十年近く魔界の門の被害を食い止め続けているホロウと比べられるとね。
アドラさんにも協力してもらいながら、どうにかこうにか陛下に納得して頂こうと頑張る。しかし、すぐに許可は頂けず、代わりに条件を出された。
「一つ条件がある。レイ王国の国王との交渉はグランディールに任せる。よいな?」
「えっ、グランディール様‥‥‥殿下にですか?」
それはつまり、グランディール様も同行するということでしょうか?
まさかここでその名前が出るとは思っておらず、思わず陛下を凝視してしまった。慌てて視線を下げたところに、陛下の言葉が続く。
「今回の件について、わが国には何の利点もない。それどころか、国民であるお前の身を危険に晒すことになる。とはいえ、レイ王国のホロウを助けたいという想いを汲んでやりたい気持ちもある。だが、お前が無茶をするのではないかと心配なのだ。ルナシアよ、お前はグランディールの婚約者候補だ。その自覚はあるのか?」
うぐ、と言葉に詰まる。元紅玉国の一件で無理を通した前例があるので、何も言えない。
グランディール様にも、危険なことに突っ込んでいかないようにと注意を受けたばかりだった。グランディール様を同行させるのは、私の監視をさせるためか。
「しかし、殿下を危険に晒すわけにはーー」
「もちろん、グランディールを魔界の門に近づけるつもりはない。だが、ここでじっと待たせておく方が、あいつには毒だ。どうせお前が戻ってくるまでは仕事にも集中できまい。ならばいっそのこと、レイ王国との友好でも結んでこいというものだ」
私の言葉を遮り、陛下は続けた。
「お前の力に助けられているのも事実だが、もっと自分自身のことを大事にせよ。この国が危機に陥ればホロウの力を貸してもらわねばならないーーそう考えている私が言うのは無責任かもしれないがな。お前を見ていると、お前は自分自身のことがあまりにも見えていないように感じてならないのだ。その身が傷つくことで悲しむ者がいることを重々自覚せよ。婚約者候補が傍にいながら、自分の身を必要以上に危険に晒すことはすまいな?」
「はい‥‥‥」
絶対に無茶をするなと陛下に念押しされる。流石にグランディール様に監視されていたらね‥‥‥。
「出立は職業体験が終了する一週間後とする。その間に準備を済ませよ。アドラよ、わが国の恩人に度重なる頼みをして申し訳ないが、橋渡しの役は任せたぞ」
「お任せください。事が済んだら、無事に彼女をお帰しできるよう努力いたします」
恭しくアドラさんが頭を下げる。私の思いつきに巻き込んでごめんなさい。そして、グランディール様も。ただでさえお疲れなのに、本当に申し訳ありません。
本人が拒否することも少し考えたけど、その日のうちにグランディール様が同行を承諾された旨を伝え聞いた。彼がどんな顔で今回の話を聞いたのか‥‥‥想像しかけてやめた。
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