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第5章 タルタロスの森 外層
⑤
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タルタロスの森が遠くに確認できる位置に、男が2人座っていた。周囲には、岩がごろごろと散乱している。そのうちのひとつに腰を下ろした帽子の男は、岩の上で胡坐をかき、右手で頬杖をついていた。
その視線の先にいるのは左肩に深い傷を負い、自力で治療中の大柄な男である。大柄な男の右手がかざされているあたりから傷が塞がり始めていた。
「――で? そんな大怪我したのに、何の収穫もなかったってことか。少しはやり返すってことを覚えた方がいいと思うよ、旦那は」
面白くなさそうに、帽子の男はそう吐き捨てる。爆破事件、巫女誘拐の件で行動に規制がかかってしまった彼は、苛立ちを募らせていた。
仕方なく、しばらくは大人しくしていようと大きな行動は起こさずにいたのだが、そうこうしているうちに自分の代わりは大層な怪我をこしらえて戻ってきたようである。
「……全属性使いには、無闇に手を出すなという命令だっただろう」
「それ以外の奴なら、別に関係ないだろう。いたんじゃないのか、他にも。あんたに、それだけの深手を負わせた厄介な奴が。旦那のことだから、どうせ自分からは何もしてないんだろう?」
赤毛の男は、その傷がフォグリアによってつけられたものではないことを見抜いていた。さすが鋭いなと大柄な男は感心したが、その口調がこの怪我をさせた相手に対して興味を持っているようだと感じ、戦闘狂は健在だなと呆れてしまう。
戦闘狂といえば、あの少年――自分にこの傷を負わせた、まだ幼さの残る彼もそんな感じだった。しかし、最初に顔を合わせた時には大人しそうで、あまり積極性がないように思えていたのだが。突然、本当に突然それが豹変したようだった。
己の身体の頑丈さには自分でも自信があるのだが、だいぶ今回は削られている。
だが、それよりも、まだ戦いに参加するには幼い少年の姿が頭を離れなかった。思い出してみれば、あの子と同じくらいの年ではないだろうか。
組織の戦闘任務への参加は18歳以上だったはずである。だが、あの少年はそう見えなかった。あの戦闘慣れした様子から、もっと幼いころから剣を握り、魔法を覚えてきたのだろう。
そう思い、男は顔を曇らせた。それを悟られないよう、治療中の男は帽子の男の方は見ず、口調を変えずに応じる。
「大した怪我ではない……それに、下手に他の者に手を出せば、いっそう警戒心が強まるだけだ」
その返答に、苛立ちを隠すこともなく大きく息を吐き、帽子の男は立ち上がった。
「本当に、あんたを見てるとイライラしてくるよ。もういい、やっぱり俺が行く」
「まだ、事のほとぼりは冷めていない。組織の警戒も強いままだぞ」
ようやく視線を帽子の男の方に向け、早まるな、と制止を促す。しかし、見た目よりも感情に流されやすい性質の彼が、そんな忠告を聞くはずもなかった。
「分かってるよ。だけど、あんたもその怪我で動けないだろ。俺が代わってやる」
「いや、無駄に動くことは……」
「俺はな、効率よく動くつもりなんてないんだよ」
ぴしゃり、と男は言い放つ。
岩から飛び降り、帽子の男は未だ治療中の男の傍を通り過ぎる。去り際に少し振り返った男の瞳は、獲物を狩る獣のようだった。
「派手に破壊するのが楽しいんだ。警戒が厳重? 尚更面白いね」
煌々と男の瞳が輝く。狂気に満ちた帽子の男の笑みに、大柄な男は言葉を詰まらせる。
「旦那は、さっさとその怪我を治すといい。あんたが大事にしてる誰かさんが心配するんじゃないか?」
何かにつけて、この男はあの子の話を持ち出してくる。大柄な男は、表情は変えずに心の中で舌打ちした。
「……忠告はした。後はどうなっても知らないぞ」
「ああ、分かってるよ」
にやりと満足げに笑うと、帽子の男は右手に炎を出現させる。それをぐっと握り潰すと、男の身体に纏わりつくように炎が立ち昇った。
「さぁて、思う存分楽しんでくるとするかな」
くくく、と笑い声をこぼしながら去っていく男の後ろ姿を、大柄な男はじっと見据えていた。
帽子の男は歩きながらどこへ向かおうか考える。混乱を起こすのにもってこいの拠点の情報は、だいたい頭の中に入っている。プラスして与えられているミッションも同時に果たせるならば、それに越したことはない。きっと、あの人もそう望んでいるのだろうから。
しかし、帽子の男は命令に素直に従うような従順さを持ち合わせてはいない。選ぶ基準としては、いかに破壊を楽しめるかどうか。それだけだ。
「そうだな……あぁ、あそこがいいかな。最近、随分と頑張って発展させてきたみたいだし、そういうのが崩れるのを見るのは楽しいんだよなぁ」
次のターゲットを絞った男は、軽快に足を進める。着実に、それは近づいていた。
その視線の先にいるのは左肩に深い傷を負い、自力で治療中の大柄な男である。大柄な男の右手がかざされているあたりから傷が塞がり始めていた。
「――で? そんな大怪我したのに、何の収穫もなかったってことか。少しはやり返すってことを覚えた方がいいと思うよ、旦那は」
面白くなさそうに、帽子の男はそう吐き捨てる。爆破事件、巫女誘拐の件で行動に規制がかかってしまった彼は、苛立ちを募らせていた。
仕方なく、しばらくは大人しくしていようと大きな行動は起こさずにいたのだが、そうこうしているうちに自分の代わりは大層な怪我をこしらえて戻ってきたようである。
「……全属性使いには、無闇に手を出すなという命令だっただろう」
「それ以外の奴なら、別に関係ないだろう。いたんじゃないのか、他にも。あんたに、それだけの深手を負わせた厄介な奴が。旦那のことだから、どうせ自分からは何もしてないんだろう?」
赤毛の男は、その傷がフォグリアによってつけられたものではないことを見抜いていた。さすが鋭いなと大柄な男は感心したが、その口調がこの怪我をさせた相手に対して興味を持っているようだと感じ、戦闘狂は健在だなと呆れてしまう。
戦闘狂といえば、あの少年――自分にこの傷を負わせた、まだ幼さの残る彼もそんな感じだった。しかし、最初に顔を合わせた時には大人しそうで、あまり積極性がないように思えていたのだが。突然、本当に突然それが豹変したようだった。
己の身体の頑丈さには自分でも自信があるのだが、だいぶ今回は削られている。
だが、それよりも、まだ戦いに参加するには幼い少年の姿が頭を離れなかった。思い出してみれば、あの子と同じくらいの年ではないだろうか。
組織の戦闘任務への参加は18歳以上だったはずである。だが、あの少年はそう見えなかった。あの戦闘慣れした様子から、もっと幼いころから剣を握り、魔法を覚えてきたのだろう。
そう思い、男は顔を曇らせた。それを悟られないよう、治療中の男は帽子の男の方は見ず、口調を変えずに応じる。
「大した怪我ではない……それに、下手に他の者に手を出せば、いっそう警戒心が強まるだけだ」
その返答に、苛立ちを隠すこともなく大きく息を吐き、帽子の男は立ち上がった。
「本当に、あんたを見てるとイライラしてくるよ。もういい、やっぱり俺が行く」
「まだ、事のほとぼりは冷めていない。組織の警戒も強いままだぞ」
ようやく視線を帽子の男の方に向け、早まるな、と制止を促す。しかし、見た目よりも感情に流されやすい性質の彼が、そんな忠告を聞くはずもなかった。
「分かってるよ。だけど、あんたもその怪我で動けないだろ。俺が代わってやる」
「いや、無駄に動くことは……」
「俺はな、効率よく動くつもりなんてないんだよ」
ぴしゃり、と男は言い放つ。
岩から飛び降り、帽子の男は未だ治療中の男の傍を通り過ぎる。去り際に少し振り返った男の瞳は、獲物を狩る獣のようだった。
「派手に破壊するのが楽しいんだ。警戒が厳重? 尚更面白いね」
煌々と男の瞳が輝く。狂気に満ちた帽子の男の笑みに、大柄な男は言葉を詰まらせる。
「旦那は、さっさとその怪我を治すといい。あんたが大事にしてる誰かさんが心配するんじゃないか?」
何かにつけて、この男はあの子の話を持ち出してくる。大柄な男は、表情は変えずに心の中で舌打ちした。
「……忠告はした。後はどうなっても知らないぞ」
「ああ、分かってるよ」
にやりと満足げに笑うと、帽子の男は右手に炎を出現させる。それをぐっと握り潰すと、男の身体に纏わりつくように炎が立ち昇った。
「さぁて、思う存分楽しんでくるとするかな」
くくく、と笑い声をこぼしながら去っていく男の後ろ姿を、大柄な男はじっと見据えていた。
帽子の男は歩きながらどこへ向かおうか考える。混乱を起こすのにもってこいの拠点の情報は、だいたい頭の中に入っている。プラスして与えられているミッションも同時に果たせるならば、それに越したことはない。きっと、あの人もそう望んでいるのだろうから。
しかし、帽子の男は命令に素直に従うような従順さを持ち合わせてはいない。選ぶ基準としては、いかに破壊を楽しめるかどうか。それだけだ。
「そうだな……あぁ、あそこがいいかな。最近、随分と頑張って発展させてきたみたいだし、そういうのが崩れるのを見るのは楽しいんだよなぁ」
次のターゲットを絞った男は、軽快に足を進める。着実に、それは近づいていた。
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