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第17章 最悪な遭遇
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デゼルは、ひと通り俺たちを眺めた。そして、ある一点でぴたりと視線が留まる。
「また会ったな、この前は結局戦えず終いで悪かった。仕切り直しといこうか」
ギラギラした赤い瞳は、俺をしっかりと捉えていた。一度目を付けた獲物は逃がすまいとする執着心は、さながら狩人のようだ。
「ここは俺が食い止める。皆は救援を呼んできてくれ」
この狂人から逃げても、きっと追ってくる。応戦するしかなさそうだった。
しかし、そこに割って入る者がある。肩を叩かれて振り向くと、そこには今日、俺の監視員をしてくれているゼロが険しい顔で立っていた。
「待て。君に任せられる相手ではない。ここは私が引き受ける。君も他の隊員たちと引き返すんだ」
「こいつは俺を狙ってる。俺が一緒に逃げたら危ないだろ。それに、俺には監視も必要だし」
「む……それは、そうかもしれないが」
ゼロは、俺の言葉に悩む素振を見せる。そして、その言い分が真っ当だと結論付けたのか、自分も一緒に戦うという条件付きで残ることを許可された。
他の隊員たちは、困惑しながらもゼロの命令に従って帰還を始める。
しかし、ロジャードだけは動こうとしなかった。足でも竦んでいるのだろうか。
「ロジャード、お前も早く逃げろ」
「友達を置いてなんて行けないって」
しかし、ロジャードが真顔で返してきたのは、そんな言葉だった。
前に、エイドが言っていた。友達は、言葉にされなくてもなれるものだと。でも、こうして改めて言われてみると、自分の耳を疑いたくなった。本当に、友達だと思ってくれていたのか。
「そういうこと言ってる場合じゃないだろ……早く行けよ」
正直、嬉しかった。
他の隊員が帰還を始めても、デゼルがそれを追う様子はなかった。ロジャードは相変わらずもたもたしているが、そちらに行く様子もない。今回のターゲットは俺に決めたらしい。
「そっちの全属性使いにも用はあるけど、今はこっちの少年と一騎打ちしたい気分なんだよね。ちょっと静かにしててもらえたりしないかな、なんて」
「それは無理な提案だな」
デゼルの提案は、呆気なくゼロに却下された。そうなることはデゼルも分かっていたようで、わざとらしく肩を落とす。
「それは残念。まぁ、それはそれで面白い。ふたりまとめて相手をしよう」
「くるぞ!」
ゼロがレイピアを抜いて構える。俺もグラディウスを左手に持ち、デゼルの攻撃に備えた。
先に動いたのはデゼルの方だった。得意の炎魔法を俺たちが立っている地点目がけて一撃。俺とゼロは咄嗟に飛びのいたが、立ち昇る火柱の熱風が俺たちを襲う。
それに負けじと、ゼロはすぐに反撃に出た。水魔法で自分の周りに水の壁を作り、デゼルの炎魔法対策をしながら接近する。
しかし、次の瞬間デゼルの右手から放たれたのは光属性の雷魔法だった。ゼロの魔法はかき消される。そうだった、デゼルも全属性使いなのだった。炎の印象が強すぎて、今まですっかり忘れていたが。
「ゼロ!」
「油断したが、問題ない」
攻撃を受けたゼロは、怪我こそしているものの重度ではないようで、すぐに立ち上がった。そして、即座に自分に回復魔法をかけている。
「今なら、仕留められるかな。このままだと邪魔だし」
デゼルは、回復中のゼロに視線を移した。懐から銃を取り出し、デゼルはゼロに狙いを定める。ゼロもそれには気づいているらしく、回避のタイミングを伺っているようだ。今なら、注意はゼロに向いている。俺は自由に動けるのではないだろうか。
俺は全属性使いなんて大層なもんじゃない。でも、光魔法ならデゼルに負ける気はしなかった。
狙いを定め、俺の放った雷はデゼルの持っていた銃を正確に撃ち抜く。弾き飛ばされ、使えなくなった銃の残骸を、デゼルとゼロは驚いた顔でしばらく眺めていた。
やがて、正常な思考に戻ったのか、デゼルがパチパチと拍手を始めた。
「お見事。新入隊員って感じじゃないよなぁ。やっぱり兄貴の影響なのかねぇ」
「お前、エイドについて何か知ってるのか!?」
「さぁ?」
その問いにデゼルは答えず、意味ありげな、にやりとした笑みを浮かべるだけだった。絶対、これは知っている顔だ。
この男は、何を知っている? エイドは、どうしてあんなことをした? まさか、お前のせいで? 様々な考えが頭の中を駆け巡る。
どうして、どうして、どうして。何か知っているなら、教えろ。
俺の中で、枷が外れる音がした。
「珍しく僕以外のことでイラついてるじゃないか。隙だらけ。だから、お前は弱いって言ってるんだよ」
がくり、と突然頭を垂れた少年は、再び顔を上げると見下すようにそう呟き、グラディウスを右手に持ち替える。
そして、この場の空気には決して似合わない、満面の笑みを浮かべてデゼルの前に立った。その姿は、デゼルと同じ側に立つ者のそれであった。
「僕とは初めまして、かな? 前から、君とは戦ってみたいと思ってたんだ」
「へぇ……なんか、雰囲気変わったな」
「あいつとは、違うからね。別に、僕でもいいでしょ?」
自分と同類だ。その笑みを見たデゼルは、直感でそう感じた。しかし、もしかしたら、自分以上に狂ったやつではないか、とデゼルは思う。
強いやつと戦うのは好きだ。だが、どうしてだろう。頭のどこかで逃げろという自分がいる。デゼルは、自分が従うあの人を前にしたとき以上の恐怖心を抱いていることに気がついた。無意識に、乾いた笑いが漏れる。
相変わらず微笑みながら、アンヴェールはゼロの方を向いた。
「君は来ないでよ?」
自分より年下の相手に、ほとんどのことには動じないゼロが、ただ一度その視線を向けられただけで本能的に怯んだ。当の本人が一番驚いているらしく、目を見開いたまま、じっとその姿から目を離せずにいた。
こうなったら止めろという指示は出ていたが、すぐには動けない。恐怖、ただ純粋な恐怖だった。
「さて、お望みの一騎打ちだよ」
笑みを湛えたまま、アンヴェールは闇魔法を纏った刃をデゼル目がけて振り下ろす。
一撃目をかわしたデゼルに、激しい追撃が襲う。得意の炎魔法を放つも、呆気なく刃で相殺される。アンヴェールに、自分の攻撃がまったく通用していないことを認識するのに時間はかからなかった。
火力を上げて応戦するも、それが何だと言わんばかりに連撃は止まらない。次第に押され、デゼルも完全にはアンヴェールの攻撃を防げなくなっていた。
「うっ……これは、ちょっと不味いか」
まだまだ余裕の笑みを浮かべる少年を前に、デゼルは撤退を試みる。しかし、そう簡単に獲物を逃がす気がないのはアンヴェールも同じだった。
「待ちなよ。君のお陰で僕は出てこられたんだ。まだ、そのお礼をしてないよ」
アンヴェールが右手を空に掲げると、その掌に強大な黒い闇魔法の塊が出現する。本当に不味いと思ったのか、デゼルは全速力で逃走を試みた。
その姿さえも愉快そうに眺めるアンヴェールは、その背に満面の笑みで言った。
「どうもありがとう」
アンヴェールは、巨大な闇魔法の塊を放つ。逃げるデゼルを、闇魔法が襲う。魔法は拡散し、広範囲に渡って黒い波が押し寄せる。
しかし、その攻撃の範囲は大きすぎた。
攻撃が放たれる寸前、ファスは微かに意識を取り戻す。だから、その現場を捉えることができた。
その範囲の端には、ロジャードがいた。それに気がついたゼロが、咄嗟にロジャードに向けて何か魔法を放つ。おそらく、防御魔法だろう。
しかし、攻撃を防ぎきることはできず、ロジャードは闇に飲み込まれていった。
「ロジャード!!」
ゼロの叫び声が耳に届いた。それを聞いたのがファスだったのか、アンヴェールだったのかは定かではない。
しかし、ひとつだけ確かなのは、「ファス・ウィズ」という存在が、ロジャードを傷つけたということだった。
また、繰り返してしまった。昔、エイドを傷つけた時と同じように。もう二度と、同じことはしないと誓ったのに。
そして、視界は暗転した。
「また会ったな、この前は結局戦えず終いで悪かった。仕切り直しといこうか」
ギラギラした赤い瞳は、俺をしっかりと捉えていた。一度目を付けた獲物は逃がすまいとする執着心は、さながら狩人のようだ。
「ここは俺が食い止める。皆は救援を呼んできてくれ」
この狂人から逃げても、きっと追ってくる。応戦するしかなさそうだった。
しかし、そこに割って入る者がある。肩を叩かれて振り向くと、そこには今日、俺の監視員をしてくれているゼロが険しい顔で立っていた。
「待て。君に任せられる相手ではない。ここは私が引き受ける。君も他の隊員たちと引き返すんだ」
「こいつは俺を狙ってる。俺が一緒に逃げたら危ないだろ。それに、俺には監視も必要だし」
「む……それは、そうかもしれないが」
ゼロは、俺の言葉に悩む素振を見せる。そして、その言い分が真っ当だと結論付けたのか、自分も一緒に戦うという条件付きで残ることを許可された。
他の隊員たちは、困惑しながらもゼロの命令に従って帰還を始める。
しかし、ロジャードだけは動こうとしなかった。足でも竦んでいるのだろうか。
「ロジャード、お前も早く逃げろ」
「友達を置いてなんて行けないって」
しかし、ロジャードが真顔で返してきたのは、そんな言葉だった。
前に、エイドが言っていた。友達は、言葉にされなくてもなれるものだと。でも、こうして改めて言われてみると、自分の耳を疑いたくなった。本当に、友達だと思ってくれていたのか。
「そういうこと言ってる場合じゃないだろ……早く行けよ」
正直、嬉しかった。
他の隊員が帰還を始めても、デゼルがそれを追う様子はなかった。ロジャードは相変わらずもたもたしているが、そちらに行く様子もない。今回のターゲットは俺に決めたらしい。
「そっちの全属性使いにも用はあるけど、今はこっちの少年と一騎打ちしたい気分なんだよね。ちょっと静かにしててもらえたりしないかな、なんて」
「それは無理な提案だな」
デゼルの提案は、呆気なくゼロに却下された。そうなることはデゼルも分かっていたようで、わざとらしく肩を落とす。
「それは残念。まぁ、それはそれで面白い。ふたりまとめて相手をしよう」
「くるぞ!」
ゼロがレイピアを抜いて構える。俺もグラディウスを左手に持ち、デゼルの攻撃に備えた。
先に動いたのはデゼルの方だった。得意の炎魔法を俺たちが立っている地点目がけて一撃。俺とゼロは咄嗟に飛びのいたが、立ち昇る火柱の熱風が俺たちを襲う。
それに負けじと、ゼロはすぐに反撃に出た。水魔法で自分の周りに水の壁を作り、デゼルの炎魔法対策をしながら接近する。
しかし、次の瞬間デゼルの右手から放たれたのは光属性の雷魔法だった。ゼロの魔法はかき消される。そうだった、デゼルも全属性使いなのだった。炎の印象が強すぎて、今まですっかり忘れていたが。
「ゼロ!」
「油断したが、問題ない」
攻撃を受けたゼロは、怪我こそしているものの重度ではないようで、すぐに立ち上がった。そして、即座に自分に回復魔法をかけている。
「今なら、仕留められるかな。このままだと邪魔だし」
デゼルは、回復中のゼロに視線を移した。懐から銃を取り出し、デゼルはゼロに狙いを定める。ゼロもそれには気づいているらしく、回避のタイミングを伺っているようだ。今なら、注意はゼロに向いている。俺は自由に動けるのではないだろうか。
俺は全属性使いなんて大層なもんじゃない。でも、光魔法ならデゼルに負ける気はしなかった。
狙いを定め、俺の放った雷はデゼルの持っていた銃を正確に撃ち抜く。弾き飛ばされ、使えなくなった銃の残骸を、デゼルとゼロは驚いた顔でしばらく眺めていた。
やがて、正常な思考に戻ったのか、デゼルがパチパチと拍手を始めた。
「お見事。新入隊員って感じじゃないよなぁ。やっぱり兄貴の影響なのかねぇ」
「お前、エイドについて何か知ってるのか!?」
「さぁ?」
その問いにデゼルは答えず、意味ありげな、にやりとした笑みを浮かべるだけだった。絶対、これは知っている顔だ。
この男は、何を知っている? エイドは、どうしてあんなことをした? まさか、お前のせいで? 様々な考えが頭の中を駆け巡る。
どうして、どうして、どうして。何か知っているなら、教えろ。
俺の中で、枷が外れる音がした。
「珍しく僕以外のことでイラついてるじゃないか。隙だらけ。だから、お前は弱いって言ってるんだよ」
がくり、と突然頭を垂れた少年は、再び顔を上げると見下すようにそう呟き、グラディウスを右手に持ち替える。
そして、この場の空気には決して似合わない、満面の笑みを浮かべてデゼルの前に立った。その姿は、デゼルと同じ側に立つ者のそれであった。
「僕とは初めまして、かな? 前から、君とは戦ってみたいと思ってたんだ」
「へぇ……なんか、雰囲気変わったな」
「あいつとは、違うからね。別に、僕でもいいでしょ?」
自分と同類だ。その笑みを見たデゼルは、直感でそう感じた。しかし、もしかしたら、自分以上に狂ったやつではないか、とデゼルは思う。
強いやつと戦うのは好きだ。だが、どうしてだろう。頭のどこかで逃げろという自分がいる。デゼルは、自分が従うあの人を前にしたとき以上の恐怖心を抱いていることに気がついた。無意識に、乾いた笑いが漏れる。
相変わらず微笑みながら、アンヴェールはゼロの方を向いた。
「君は来ないでよ?」
自分より年下の相手に、ほとんどのことには動じないゼロが、ただ一度その視線を向けられただけで本能的に怯んだ。当の本人が一番驚いているらしく、目を見開いたまま、じっとその姿から目を離せずにいた。
こうなったら止めろという指示は出ていたが、すぐには動けない。恐怖、ただ純粋な恐怖だった。
「さて、お望みの一騎打ちだよ」
笑みを湛えたまま、アンヴェールは闇魔法を纏った刃をデゼル目がけて振り下ろす。
一撃目をかわしたデゼルに、激しい追撃が襲う。得意の炎魔法を放つも、呆気なく刃で相殺される。アンヴェールに、自分の攻撃がまったく通用していないことを認識するのに時間はかからなかった。
火力を上げて応戦するも、それが何だと言わんばかりに連撃は止まらない。次第に押され、デゼルも完全にはアンヴェールの攻撃を防げなくなっていた。
「うっ……これは、ちょっと不味いか」
まだまだ余裕の笑みを浮かべる少年を前に、デゼルは撤退を試みる。しかし、そう簡単に獲物を逃がす気がないのはアンヴェールも同じだった。
「待ちなよ。君のお陰で僕は出てこられたんだ。まだ、そのお礼をしてないよ」
アンヴェールが右手を空に掲げると、その掌に強大な黒い闇魔法の塊が出現する。本当に不味いと思ったのか、デゼルは全速力で逃走を試みた。
その姿さえも愉快そうに眺めるアンヴェールは、その背に満面の笑みで言った。
「どうもありがとう」
アンヴェールは、巨大な闇魔法の塊を放つ。逃げるデゼルを、闇魔法が襲う。魔法は拡散し、広範囲に渡って黒い波が押し寄せる。
しかし、その攻撃の範囲は大きすぎた。
攻撃が放たれる寸前、ファスは微かに意識を取り戻す。だから、その現場を捉えることができた。
その範囲の端には、ロジャードがいた。それに気がついたゼロが、咄嗟にロジャードに向けて何か魔法を放つ。おそらく、防御魔法だろう。
しかし、攻撃を防ぎきることはできず、ロジャードは闇に飲み込まれていった。
「ロジャード!!」
ゼロの叫び声が耳に届いた。それを聞いたのがファスだったのか、アンヴェールだったのかは定かではない。
しかし、ひとつだけ確かなのは、「ファス・ウィズ」という存在が、ロジャードを傷つけたということだった。
また、繰り返してしまった。昔、エイドを傷つけた時と同じように。もう二度と、同じことはしないと誓ったのに。
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