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第20章 望まぬ対峙
④
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「そんな……それは、事実なのですか?」
母アデルの告白に、ディンは困惑しながら問いかける。
まさか、自分がディオスの子だというのか。それならば、王族の血を引いているわけではない自分が、国王になってしまったということなのか。
アデルは妖艶な笑みを浮かべながら、ディオスにもたれるようにしてディンを見ていた。
「前王に見初められ、第二王妃の座にはついたけれど、私の心は昔も今もディオス様だけのものよ」
それを肯定するかのような母の言葉に、ディンは困惑しながら、今度は兄姉の方を見る。
「兄上と姉上は、ご存知だったのですか?」
首を横に振るマリアムとは対照的に、アルベールは苦い顔で、知っていたと答えた。兄のその反応には、ディンだけでなくマリアムも驚いた表情を浮かべる。
「私が黙ってさえいれば、変わらない生活が続くと信じてきた。まさか、こんな形で知る形になってしまうとはな」
苦い顔でアルベールは口を開く。
「マリアム、私たちの母は何者かに毒を盛られて亡くなった。その犯人が、アデル王妃に通ずる者だったんだ」
「あら、どうしてそう思うの?」
アルベールの言葉に、わざとらしくアデルは知らない風を装う。そんなアデルに冷ややかな視線を送りながら、アルベールは続けた。
「偶然、あなたと知らない男が、母の暗殺について話しているのを聞きました。その時に、ディンはあなたとディオスの子だということも。急いで側近に調べさせましたが、間に合わず……その側近の中にあなたもいたのですから、今となれば当然ですね」
キッ、とディオスを睨む。幼い頃からアルベールの世話係でもあったディオスのことを、当時の彼は信頼していた。それが仇となり、ディオスにも母親暗殺の件を話してしまっていたのだ。
「まったく、あの時は駄目かと思いましたよ。あなたが聡明であらせられて助かった。もし、犯人が第二王妃の関係者などと言いふらすようなら、あなたを放っておくことはできませんでしたから」
ディオスの言葉から、見えないナイフがちらついて見える。
当時のアルベールは今よりも力がなく、王族とはいえ子どもが騒いだところで大人にねじ伏せられてしまうのは目に見えていた。それが分かっていたアルベールは、口を閉ざすことを選んだ。苦渋の選択だった。
「今でもあなたたちのことは憎い。でも、罪のない弟の親であることには、変わりなかった。起こってしまったことは覆らない。なら、黙っていた方が幸せだろうと思ったんだ」
そして、もうひとつの理由は、幼い弟を想う気持ちだった。血のつながりはないと分かってからも、どうしてもその幸せを願ってしまった。
妹のマリアムには、伝えるべきだったかもしれない。彼女が真実を知って、それでもディンに対する気持ちが変わらないかどうかは、分からなかった。彼女から選択する権利を奪ってしまったのは自分だと、責めることもあった。
「マリアム、ディン、お前たちには話しておくべきだったかもしれない。真実を知って、その上でどうするか決める権利はお前たちにもあったはずだ。すまなかった」
頭を下げる兄を前に、マリアムとディンは顔を上げるよう促した。
「お兄様、当時の私がその話を聞いたら、どうしていたか分かりませんわ。もしかしたら、軽率な行動をとって、亡き者にされていたかもしれません」
顔を上げた兄の左頬に、そっと手を添える。
「私は、お兄様に守られてきたのです。おひとりで抱えたままで、辛かったでしょう。今の私なら、お兄様の抱えるものを少しでも背負うことができます。これからは、私のことも頼って下さい」
「マリアム……」
「それに、ディンのことが大切なのは私も同じ。今の話を聞いても、それは変わりません。だから、もうご自分を責めるのはやめてください」
「微笑ましい兄妹愛ですねぇ」
そんなふたりのやりとりを、他人ごとのようにディオスは傍観していた。
「兄上、姉上、本当のことを言って下さって構わないのですよ?」
怯えと覚悟が混ざったような瞳で、ディンは兄姉を見た。そんな弟に対して、ふたりは顔を見合わせてから微笑む。
「お前が私たちを兄姉と呼んでくれる。それがすべてだよ」
「兄上、姉上……」
それを聞いたディンは、やっとほっとした表情を浮かべた。
しかし、それを裂くように悲鳴にも似た叫びがあたりに響く。
「ふざけないで。あなたたちは、ディンの兄姉ではないわ!! さぁ、こちらへいらっしゃい」
「母上……」
「ディン、あなたは私とディオス様の子。そこのふたりとは、まったく血の繋がりもないのよ? これからは、私たち本当の両親と一緒に、この国を治めていきましょう」
同意を求めるように、アデルがディンを見つめる。しかし、ディンの口から出たのは、それとは反する言葉だった。
「……僕は、アルベール兄上とマリアム姉上の弟。ディン・リアン・アイテール、この国の現国王です」
「それは違う、違うわ」
「確かに血の繋がりはないのかもしれません。でも、僕が兄上と姉上の弟であることは、変わりません。兄上と姉上が、それを許してくれたから。僕が、それを望むから」
「違う、違う、違う……ディン、あなたは、私たちと……ディオス様と共に歩むのよ」
息子の言葉が信じられない、認められないとでも言うように、アデルは悲痛な声をあげる。
アルベールは見逃さなかった、その隙をついてディオスが再びディンに何か術をかけようとしている素振を。
「っ、ディン!!」
すかさず間に入り遮ったが、今度はディオスもただでは終わらせなかった。
「邪魔だ」
そう一言。そして、剣の軌道がアルベールの左肩から斜めに、流れるように走る。
膝をついたアルベールが、体を支えきれなくなり倒れる。床が赤に染まるのを見て、妹弟は跳ねるように兄の傍に駆け寄った。
「お兄様っ!!」
「兄上!!」
かろうじて息はしているが、このままでは長くもたないことは明らかだった。呼びかけに応じることはなく、美しい白髪は血で染まり、宝石のような青い瞳は閉じられている。
「お兄様、お兄様!! しっかりして下さい、お兄様!!」
「なんてことを……」
必死に呼びかけるマリアムの声は、次第に震えていった。
いつでも姉弟を守ってくれた兄は、もう立ち上がることができない。その事実に、ディンの中で何かが変わっていった。
「ディン、お前は全属性使い。生まれながらに特別な子だ。私の願いを映したような、理想の存在になった。だが、余計なことを吹き込まれたようだな」
邪魔者はいなくなったとばかりに、ディオスは再びディンに向き直る。
「全属性使いに正当な世界を」
その言葉が吐かれた瞬間、ディンは頭の中がざわつくような嫌な感覚に襲われた。まるで、自分の意識に干渉されているようだった。
おかしな行動をするひとたちが増えた原因が、もしかしたらこれなのかもしれないと、ディンは思った。このざわつきは、ディオスに従わなくてはならないという感覚に陥らせる。少し前の自分であれば、この強い力に流されてしまっただろう。
しかし、今は違う。兄が動けない今、姉のことを誰が守るのか。ここで倒れては、自分を庇ってくれた兄に顔向けできない。仮にも、この国の国王であるのだから、それ相応の振る舞いをしなくてはならない。
「そんな世界、僕は望みません!!」
頭の中のざわつきを振り払うように、ディンは叫んだ。
自分の思うようにいかなかったことに驚いたのか、ディオスの表情が少し険しくなる。
「はじき返すとはな……余程、余計なものを詰め込まれたらしい」
「お父様に歯向かうというの? お母様の言うことが聞けないの?」
自分の中に在る色々なものが「余計なもの」であるというなら、勝手に言っていればいい。自分は、余計なものがたくさん詰まった、ディンというひとりの人間だ。誰かの都合のいいように作られた、何でも思い通りに動く駒ではない。自分は、中身のない操り人形ではない。
「僕は、誰かの思い通りになんて動きません。僕自身が、王になるんです!!」
それは、アルベールの言葉。血のつながりがないと知っていながら、それでも自分を弟として、この国の王として扱ってくれた大切な兄の。
「そうか、ならば仕方あるまい。少し痛い目を見てもらわねば」
明らかな拒絶の言葉に、ディオスは自分の息子でもあるディンに、剣の切っ先を向けた。それには、アデルも少し困惑の表情を見せた。やはり、自分の子は可愛いのだろう。
「ディオス様、それはやりすぎでは……」
「アデル、お前も私を拒むのか」
「いえ、決してそのようなことは……」
冷ややかな視線を向けられたアデルは、不安げな表情を浮かべたまま、口を閉ざした。
ディオスが剣を構えるのと、部屋の扉が勢いよく開かれたのは、ほぼ同時だった。
バン、という扉の開く大きな音と共に、ディンとディオスの間に人影が転がり込む。
「遅くなりました、申し訳ありません」
「「ゼロさん!!」」
姉弟が声を揃えて、その名を呼ぶ。彼らを庇うように間に立ち、ディオスと剣を交えていたのは、赤い制服を身に付けたゼロ・グランソールだった。
余裕がある時ならば、さながら絵本の中の王子が飛び出してきたような出で立ちだ。しかし、状況が状況なだけに、華やいだ雰囲気にはならない。
少しして、彼に続くようにメディアスとラウディが部屋に飛び込む。途中で邪魔をしてきたディオスの部下たちの相手は、戦闘に関しては組織内でもトップクラスのフォグリアが引き受けていた。
床に倒れ伏すアルベールの元へメディアスとラウディが駆け寄り、ディオスの前からその体を移動させて治療を開始する。メディアスが治療に専念する間、ラウディはデモリスたちに連絡をとっていた。
「お兄様の様子は? 助かるのですか?」
不安げに見守るマリアムに、メディアスは視線は変えずに応じる。
「ここでは十分な治療ができません。応急処置を施したら、急いで病院まで運びましょう」
「もうすぐ応援がくるはずです。それまでは保たせますよ」
連絡を終えたラウディも、治療に加わる。救護部隊員でないのが勿体ないほど、治癒魔法を使う上で欠かせない土のコアの力を多く持つ彼の協力は、大変心強いものだった。
仲間のことを信頼しているのか、ゼロは自分がすべきことに集中している。自分がすべきは、デモリスたちが到着するまでディオスを抑えておくことだ。
レイピアをディオスに向け、冷静に相手の出方を窺う。そんなゼロを見て、ディオスは口角を上げる。
「ゼロ・グランソール、優秀な全属性使いだな。ここで失うのは惜しい。お前も共に来る気はないか?」
「私は、世界防衛組織アブソリュートの隊員だ。世界の秩序を守る者として、お前のしていることに賛同はできない」
ばっさりと、迷うことなくゼロはその言葉を切り捨てる。
「世界の秩序、か。今の世界こそ、乱れた秩序だとは思わないのか?」
「秩序の乱れを正すことが私たちの仕事だ。お前たちのやり方で世界の秩序が守られるとは思わない」
「ふ……噂通りの堅物だな。いいだろう、相手をしてやる」
説得してどうにかなるものではないと分かったのか、ディオスも先ほどアルベールを斬りつけた剣を、ゼロに向けた。
「ゼロさん! ディオスは、他人の意識に干渉する力を持っているのかもしれません。頭の中がざわつくような嫌なものを感じました。気をつけて下さい!!」
兄の傍らにいたディンが叫ぶ。その忠告に、視線はディオスに向けたまま頷いた。
母アデルの告白に、ディンは困惑しながら問いかける。
まさか、自分がディオスの子だというのか。それならば、王族の血を引いているわけではない自分が、国王になってしまったということなのか。
アデルは妖艶な笑みを浮かべながら、ディオスにもたれるようにしてディンを見ていた。
「前王に見初められ、第二王妃の座にはついたけれど、私の心は昔も今もディオス様だけのものよ」
それを肯定するかのような母の言葉に、ディンは困惑しながら、今度は兄姉の方を見る。
「兄上と姉上は、ご存知だったのですか?」
首を横に振るマリアムとは対照的に、アルベールは苦い顔で、知っていたと答えた。兄のその反応には、ディンだけでなくマリアムも驚いた表情を浮かべる。
「私が黙ってさえいれば、変わらない生活が続くと信じてきた。まさか、こんな形で知る形になってしまうとはな」
苦い顔でアルベールは口を開く。
「マリアム、私たちの母は何者かに毒を盛られて亡くなった。その犯人が、アデル王妃に通ずる者だったんだ」
「あら、どうしてそう思うの?」
アルベールの言葉に、わざとらしくアデルは知らない風を装う。そんなアデルに冷ややかな視線を送りながら、アルベールは続けた。
「偶然、あなたと知らない男が、母の暗殺について話しているのを聞きました。その時に、ディンはあなたとディオスの子だということも。急いで側近に調べさせましたが、間に合わず……その側近の中にあなたもいたのですから、今となれば当然ですね」
キッ、とディオスを睨む。幼い頃からアルベールの世話係でもあったディオスのことを、当時の彼は信頼していた。それが仇となり、ディオスにも母親暗殺の件を話してしまっていたのだ。
「まったく、あの時は駄目かと思いましたよ。あなたが聡明であらせられて助かった。もし、犯人が第二王妃の関係者などと言いふらすようなら、あなたを放っておくことはできませんでしたから」
ディオスの言葉から、見えないナイフがちらついて見える。
当時のアルベールは今よりも力がなく、王族とはいえ子どもが騒いだところで大人にねじ伏せられてしまうのは目に見えていた。それが分かっていたアルベールは、口を閉ざすことを選んだ。苦渋の選択だった。
「今でもあなたたちのことは憎い。でも、罪のない弟の親であることには、変わりなかった。起こってしまったことは覆らない。なら、黙っていた方が幸せだろうと思ったんだ」
そして、もうひとつの理由は、幼い弟を想う気持ちだった。血のつながりはないと分かってからも、どうしてもその幸せを願ってしまった。
妹のマリアムには、伝えるべきだったかもしれない。彼女が真実を知って、それでもディンに対する気持ちが変わらないかどうかは、分からなかった。彼女から選択する権利を奪ってしまったのは自分だと、責めることもあった。
「マリアム、ディン、お前たちには話しておくべきだったかもしれない。真実を知って、その上でどうするか決める権利はお前たちにもあったはずだ。すまなかった」
頭を下げる兄を前に、マリアムとディンは顔を上げるよう促した。
「お兄様、当時の私がその話を聞いたら、どうしていたか分かりませんわ。もしかしたら、軽率な行動をとって、亡き者にされていたかもしれません」
顔を上げた兄の左頬に、そっと手を添える。
「私は、お兄様に守られてきたのです。おひとりで抱えたままで、辛かったでしょう。今の私なら、お兄様の抱えるものを少しでも背負うことができます。これからは、私のことも頼って下さい」
「マリアム……」
「それに、ディンのことが大切なのは私も同じ。今の話を聞いても、それは変わりません。だから、もうご自分を責めるのはやめてください」
「微笑ましい兄妹愛ですねぇ」
そんなふたりのやりとりを、他人ごとのようにディオスは傍観していた。
「兄上、姉上、本当のことを言って下さって構わないのですよ?」
怯えと覚悟が混ざったような瞳で、ディンは兄姉を見た。そんな弟に対して、ふたりは顔を見合わせてから微笑む。
「お前が私たちを兄姉と呼んでくれる。それがすべてだよ」
「兄上、姉上……」
それを聞いたディンは、やっとほっとした表情を浮かべた。
しかし、それを裂くように悲鳴にも似た叫びがあたりに響く。
「ふざけないで。あなたたちは、ディンの兄姉ではないわ!! さぁ、こちらへいらっしゃい」
「母上……」
「ディン、あなたは私とディオス様の子。そこのふたりとは、まったく血の繋がりもないのよ? これからは、私たち本当の両親と一緒に、この国を治めていきましょう」
同意を求めるように、アデルがディンを見つめる。しかし、ディンの口から出たのは、それとは反する言葉だった。
「……僕は、アルベール兄上とマリアム姉上の弟。ディン・リアン・アイテール、この国の現国王です」
「それは違う、違うわ」
「確かに血の繋がりはないのかもしれません。でも、僕が兄上と姉上の弟であることは、変わりません。兄上と姉上が、それを許してくれたから。僕が、それを望むから」
「違う、違う、違う……ディン、あなたは、私たちと……ディオス様と共に歩むのよ」
息子の言葉が信じられない、認められないとでも言うように、アデルは悲痛な声をあげる。
アルベールは見逃さなかった、その隙をついてディオスが再びディンに何か術をかけようとしている素振を。
「っ、ディン!!」
すかさず間に入り遮ったが、今度はディオスもただでは終わらせなかった。
「邪魔だ」
そう一言。そして、剣の軌道がアルベールの左肩から斜めに、流れるように走る。
膝をついたアルベールが、体を支えきれなくなり倒れる。床が赤に染まるのを見て、妹弟は跳ねるように兄の傍に駆け寄った。
「お兄様っ!!」
「兄上!!」
かろうじて息はしているが、このままでは長くもたないことは明らかだった。呼びかけに応じることはなく、美しい白髪は血で染まり、宝石のような青い瞳は閉じられている。
「お兄様、お兄様!! しっかりして下さい、お兄様!!」
「なんてことを……」
必死に呼びかけるマリアムの声は、次第に震えていった。
いつでも姉弟を守ってくれた兄は、もう立ち上がることができない。その事実に、ディンの中で何かが変わっていった。
「ディン、お前は全属性使い。生まれながらに特別な子だ。私の願いを映したような、理想の存在になった。だが、余計なことを吹き込まれたようだな」
邪魔者はいなくなったとばかりに、ディオスは再びディンに向き直る。
「全属性使いに正当な世界を」
その言葉が吐かれた瞬間、ディンは頭の中がざわつくような嫌な感覚に襲われた。まるで、自分の意識に干渉されているようだった。
おかしな行動をするひとたちが増えた原因が、もしかしたらこれなのかもしれないと、ディンは思った。このざわつきは、ディオスに従わなくてはならないという感覚に陥らせる。少し前の自分であれば、この強い力に流されてしまっただろう。
しかし、今は違う。兄が動けない今、姉のことを誰が守るのか。ここで倒れては、自分を庇ってくれた兄に顔向けできない。仮にも、この国の国王であるのだから、それ相応の振る舞いをしなくてはならない。
「そんな世界、僕は望みません!!」
頭の中のざわつきを振り払うように、ディンは叫んだ。
自分の思うようにいかなかったことに驚いたのか、ディオスの表情が少し険しくなる。
「はじき返すとはな……余程、余計なものを詰め込まれたらしい」
「お父様に歯向かうというの? お母様の言うことが聞けないの?」
自分の中に在る色々なものが「余計なもの」であるというなら、勝手に言っていればいい。自分は、余計なものがたくさん詰まった、ディンというひとりの人間だ。誰かの都合のいいように作られた、何でも思い通りに動く駒ではない。自分は、中身のない操り人形ではない。
「僕は、誰かの思い通りになんて動きません。僕自身が、王になるんです!!」
それは、アルベールの言葉。血のつながりがないと知っていながら、それでも自分を弟として、この国の王として扱ってくれた大切な兄の。
「そうか、ならば仕方あるまい。少し痛い目を見てもらわねば」
明らかな拒絶の言葉に、ディオスは自分の息子でもあるディンに、剣の切っ先を向けた。それには、アデルも少し困惑の表情を見せた。やはり、自分の子は可愛いのだろう。
「ディオス様、それはやりすぎでは……」
「アデル、お前も私を拒むのか」
「いえ、決してそのようなことは……」
冷ややかな視線を向けられたアデルは、不安げな表情を浮かべたまま、口を閉ざした。
ディオスが剣を構えるのと、部屋の扉が勢いよく開かれたのは、ほぼ同時だった。
バン、という扉の開く大きな音と共に、ディンとディオスの間に人影が転がり込む。
「遅くなりました、申し訳ありません」
「「ゼロさん!!」」
姉弟が声を揃えて、その名を呼ぶ。彼らを庇うように間に立ち、ディオスと剣を交えていたのは、赤い制服を身に付けたゼロ・グランソールだった。
余裕がある時ならば、さながら絵本の中の王子が飛び出してきたような出で立ちだ。しかし、状況が状況なだけに、華やいだ雰囲気にはならない。
少しして、彼に続くようにメディアスとラウディが部屋に飛び込む。途中で邪魔をしてきたディオスの部下たちの相手は、戦闘に関しては組織内でもトップクラスのフォグリアが引き受けていた。
床に倒れ伏すアルベールの元へメディアスとラウディが駆け寄り、ディオスの前からその体を移動させて治療を開始する。メディアスが治療に専念する間、ラウディはデモリスたちに連絡をとっていた。
「お兄様の様子は? 助かるのですか?」
不安げに見守るマリアムに、メディアスは視線は変えずに応じる。
「ここでは十分な治療ができません。応急処置を施したら、急いで病院まで運びましょう」
「もうすぐ応援がくるはずです。それまでは保たせますよ」
連絡を終えたラウディも、治療に加わる。救護部隊員でないのが勿体ないほど、治癒魔法を使う上で欠かせない土のコアの力を多く持つ彼の協力は、大変心強いものだった。
仲間のことを信頼しているのか、ゼロは自分がすべきことに集中している。自分がすべきは、デモリスたちが到着するまでディオスを抑えておくことだ。
レイピアをディオスに向け、冷静に相手の出方を窺う。そんなゼロを見て、ディオスは口角を上げる。
「ゼロ・グランソール、優秀な全属性使いだな。ここで失うのは惜しい。お前も共に来る気はないか?」
「私は、世界防衛組織アブソリュートの隊員だ。世界の秩序を守る者として、お前のしていることに賛同はできない」
ばっさりと、迷うことなくゼロはその言葉を切り捨てる。
「世界の秩序、か。今の世界こそ、乱れた秩序だとは思わないのか?」
「秩序の乱れを正すことが私たちの仕事だ。お前たちのやり方で世界の秩序が守られるとは思わない」
「ふ……噂通りの堅物だな。いいだろう、相手をしてやる」
説得してどうにかなるものではないと分かったのか、ディオスも先ほどアルベールを斬りつけた剣を、ゼロに向けた。
「ゼロさん! ディオスは、他人の意識に干渉する力を持っているのかもしれません。頭の中がざわつくような嫌なものを感じました。気をつけて下さい!!」
兄の傍らにいたディンが叫ぶ。その忠告に、視線はディオスに向けたまま頷いた。
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