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第2章 健康診断
③
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健康診断もひと段落し、救護室が静かになった頃、珍しい来客があった。
これまでの功績から、諜報部隊副隊長に抜擢されたラウディ・ハーン。救護室を訪れてきたのは彼だった。
どうやらメディアスを探しに来たようで、入口近くにいた救護部隊員に居場所を聞いている。メディアスは救護室で書類の整理をしていたため、すぐに会うことができた。
「悪い、仕事中だったか?」
「いや、大丈夫だ」
急ぎの仕事ではない。机に広がっていた書類を片付け、ラウディに椅子を勧める。
「ハーン副隊長とお呼びした方が?」
彼が副隊長になったという話は広まっている。今まで通りの話し方では失礼かもしれない。そう思い、答えは想像できるものの一応確認をとった。
「いや、公の場でないなら普段通りで頼む。ゼロに散々副隊長呼びされて参ってるんだよ」
げんなりした顔で、想像通りの答えが返ってくる。立場がどうのといった堅苦しいことは、彼の苦手とするところだった。
融通の利かないゼロは、ラウディが副隊長になったと知ると、二人でいる時でも本部内であれば「副隊長」と呼んでくるらしい。親しい間柄であるだけに、違和感は拭えなかった。私用で会う時は別に今まで通りでいいと言ったのだが、その切り替えが苦手らしい。何とも難儀なものである。
「グランソールを説得するのは難しそうだな」
「まぁ、それは何とかするさ。それよりも、頼みたいことがあるんだ。健康診断の情報を開示してほしい」
その言葉に、メディアスは眉をひそめた。副隊長となった今、ラウディにも情報を知る権利はあるが、どういう意図で情報を欲しがっているのかは検討がつかなかった。
「それは構わないが……何に使うんだ?」
「今後のために、各隊員の魂の情報を知っておきたい」
「全属性使いを探していたディオスのような者が、今後も現れる可能性を危惧しているのか?」
「まぁ、そんなところだ」
至高の魂の話を知らないであろうメディアスには、それ以上の推測は難しかった。ラウディも深く聞かれても困るだけなので、適当に答える。
本当に知りたいのは、組織の隊員に至高の魂が他にいないのかということだった。
元々は創世の女神というひとつの器に収まっていた至高の魂は、互いに引き寄せあう可能性がある。
ラウディとファス、そしてアンヴェールが出会ったのも偶然ではないと思えた。それならば、身近なひとの中に至高の魂の保持者がまだいるかもしれない。今後何が起こるか分からないことからも、探しておこうと考えたのだった。
加えて、「神の器」として適正のありそうな全属性使いがいないか把握しておきたかったという理由もある。
その点でいえば、目の前にいるメディアスもそのひとりなのだが、そんなことを考えているなど思いもしないだろう。
隊員の個人情報の書かれた書類が保管してある部屋に移動し、最新のものから順に目を通していく。この部屋の鍵の管理はメディアスが任されているそうで、信頼されていることが窺える。
ラウディが見終わるまで、メディアスもここで仕事をすることにしたらしい。机に書類を広げて手を動かし始めた。
ぱらぱら紙をめくる音と、カリカリと文字を刻む音が定期的に聞こえていたが、ふとペンを走らせる音が止んだ。
「言うのが遅くなったが、副隊長就任おめでとう」
思い出したようにメディアスが声をかければ、ラウディも少し手を止める。
「ありがとう。まぁ、肩書きは別にどうでもいいんだけどな。お前こそ、近いうちに任命されるんじゃないか?」
「俺も肩書きはどうでもいいな。どんな立場になろうが、自分の仕事をやるだけだ」
「だな」
軽く言葉を交わした後、また紙をめくる音とペンを走らせる音が聞こえてくる。
しばらくそれらの音が部屋を支配していたが、そこに割って入るようにメディアスが口を開いた。
「そういえば、俺も聞きたいことがあるんだが、構わないか? ある症例についてなんだが」
「医学は専門じゃないぜ? お前に分からないものが、俺に分かるとは思えないが」
「何かヒントになる情報があればと思ってな。俺も色々と調べたが、進展しない。思いつくことがあれば教えてくれ。コアエネルギーがひとよりも早く減る病──それを治す方法が知りたい」
それを聞いて、レオンのことがラウディの頭を過った。組織は辞めているが、ファスの件があって呼び戻された人だ。
その人がこの病を抱えており、メディアスが診察を担当することもあった。今のところ治す方法は見つかっていなかったはずだが、何とかしたいと考えているのだろう。
「この症例が最初に記録されたのは、種族間の争いがあった頃まで遡る。恐らく同じ症状だと思われる記述は、様々な種族の言葉で残っていた。だが、この病に関する記述がひとつも残っていない種族があった。人魚だ。名の知れた種族で症例が出てこなかったのは彼らだけ。それに、人魚族に関しては、病自体の記録が少ない。人魚は水のコアと相性がいい種族だ。病に対しては水のコアの力が有効とされている。それも関係しているのだろう」
傷の治療には治癒力を高める土のコアの力が有効とされるが、解毒や病気の治療には水のコアの力が必要になる。救護部隊員の条件として、土か水のコアを持っていることは必須だ。
コアの種類は種族に左右されることもある。人魚族はそれが顕著で、水のコアを持って生まれてくることが普通だ。水との結びつきが強い種族であることが理由だと考えられている。
「だが、現代。医学や魔法学が発展した今、水の魂をもってしても、コアエネルギーが早く減る病を治すことはできない。昔の症例は見当たらないが、今では人魚族の中にも同じ症例の患者はいるからな。人魚族だからこの病にはかからない、という理由ではなさそうだ」
「昔は治せたけど、今は治せない……それは確かに不思議な話だな。まぁ、記録が残ってないだけかもしれないけど」
「お前の言うように、確かに偶然かもしれない。だが、もし昔は治せたのなら、どういった方法が考えられるだろうかと」
よくここまで調べたものだと思った。ひと通り話を聞いたラウディは考え込む。
ふと、ある噂を思い出したラウディは資料をめくっていた手を止める。
「人魚……薬……そういえば、あの噂は……」
「何か思い当たる節があるのか?」
「人魚の秘薬が隠されてるって噂の遺跡があったな、と。今では手に入らない原料で作られた薬が昔はあったのなら、説明はつくかもしれない」
「なるほど……秘薬が本当に隠されているのかは分からないし、この症例に効くかどうかも運次第だが、何かヒントになるかもしれない。その遺跡はどこにあるんだ?」
その遺跡のある場所にラウディは引っかかった。これも、ただの偶然なのか、それとも引き寄せられているのか。
「アイテール王国国境の街――オネイロスだ」
その遺跡があるのは、かつてのエルフ族の拠点。そしてデモリス・バスターの故郷だった。
これまでの功績から、諜報部隊副隊長に抜擢されたラウディ・ハーン。救護室を訪れてきたのは彼だった。
どうやらメディアスを探しに来たようで、入口近くにいた救護部隊員に居場所を聞いている。メディアスは救護室で書類の整理をしていたため、すぐに会うことができた。
「悪い、仕事中だったか?」
「いや、大丈夫だ」
急ぎの仕事ではない。机に広がっていた書類を片付け、ラウディに椅子を勧める。
「ハーン副隊長とお呼びした方が?」
彼が副隊長になったという話は広まっている。今まで通りの話し方では失礼かもしれない。そう思い、答えは想像できるものの一応確認をとった。
「いや、公の場でないなら普段通りで頼む。ゼロに散々副隊長呼びされて参ってるんだよ」
げんなりした顔で、想像通りの答えが返ってくる。立場がどうのといった堅苦しいことは、彼の苦手とするところだった。
融通の利かないゼロは、ラウディが副隊長になったと知ると、二人でいる時でも本部内であれば「副隊長」と呼んでくるらしい。親しい間柄であるだけに、違和感は拭えなかった。私用で会う時は別に今まで通りでいいと言ったのだが、その切り替えが苦手らしい。何とも難儀なものである。
「グランソールを説得するのは難しそうだな」
「まぁ、それは何とかするさ。それよりも、頼みたいことがあるんだ。健康診断の情報を開示してほしい」
その言葉に、メディアスは眉をひそめた。副隊長となった今、ラウディにも情報を知る権利はあるが、どういう意図で情報を欲しがっているのかは検討がつかなかった。
「それは構わないが……何に使うんだ?」
「今後のために、各隊員の魂の情報を知っておきたい」
「全属性使いを探していたディオスのような者が、今後も現れる可能性を危惧しているのか?」
「まぁ、そんなところだ」
至高の魂の話を知らないであろうメディアスには、それ以上の推測は難しかった。ラウディも深く聞かれても困るだけなので、適当に答える。
本当に知りたいのは、組織の隊員に至高の魂が他にいないのかということだった。
元々は創世の女神というひとつの器に収まっていた至高の魂は、互いに引き寄せあう可能性がある。
ラウディとファス、そしてアンヴェールが出会ったのも偶然ではないと思えた。それならば、身近なひとの中に至高の魂の保持者がまだいるかもしれない。今後何が起こるか分からないことからも、探しておこうと考えたのだった。
加えて、「神の器」として適正のありそうな全属性使いがいないか把握しておきたかったという理由もある。
その点でいえば、目の前にいるメディアスもそのひとりなのだが、そんなことを考えているなど思いもしないだろう。
隊員の個人情報の書かれた書類が保管してある部屋に移動し、最新のものから順に目を通していく。この部屋の鍵の管理はメディアスが任されているそうで、信頼されていることが窺える。
ラウディが見終わるまで、メディアスもここで仕事をすることにしたらしい。机に書類を広げて手を動かし始めた。
ぱらぱら紙をめくる音と、カリカリと文字を刻む音が定期的に聞こえていたが、ふとペンを走らせる音が止んだ。
「言うのが遅くなったが、副隊長就任おめでとう」
思い出したようにメディアスが声をかければ、ラウディも少し手を止める。
「ありがとう。まぁ、肩書きは別にどうでもいいんだけどな。お前こそ、近いうちに任命されるんじゃないか?」
「俺も肩書きはどうでもいいな。どんな立場になろうが、自分の仕事をやるだけだ」
「だな」
軽く言葉を交わした後、また紙をめくる音とペンを走らせる音が聞こえてくる。
しばらくそれらの音が部屋を支配していたが、そこに割って入るようにメディアスが口を開いた。
「そういえば、俺も聞きたいことがあるんだが、構わないか? ある症例についてなんだが」
「医学は専門じゃないぜ? お前に分からないものが、俺に分かるとは思えないが」
「何かヒントになる情報があればと思ってな。俺も色々と調べたが、進展しない。思いつくことがあれば教えてくれ。コアエネルギーがひとよりも早く減る病──それを治す方法が知りたい」
それを聞いて、レオンのことがラウディの頭を過った。組織は辞めているが、ファスの件があって呼び戻された人だ。
その人がこの病を抱えており、メディアスが診察を担当することもあった。今のところ治す方法は見つかっていなかったはずだが、何とかしたいと考えているのだろう。
「この症例が最初に記録されたのは、種族間の争いがあった頃まで遡る。恐らく同じ症状だと思われる記述は、様々な種族の言葉で残っていた。だが、この病に関する記述がひとつも残っていない種族があった。人魚だ。名の知れた種族で症例が出てこなかったのは彼らだけ。それに、人魚族に関しては、病自体の記録が少ない。人魚は水のコアと相性がいい種族だ。病に対しては水のコアの力が有効とされている。それも関係しているのだろう」
傷の治療には治癒力を高める土のコアの力が有効とされるが、解毒や病気の治療には水のコアの力が必要になる。救護部隊員の条件として、土か水のコアを持っていることは必須だ。
コアの種類は種族に左右されることもある。人魚族はそれが顕著で、水のコアを持って生まれてくることが普通だ。水との結びつきが強い種族であることが理由だと考えられている。
「だが、現代。医学や魔法学が発展した今、水の魂をもってしても、コアエネルギーが早く減る病を治すことはできない。昔の症例は見当たらないが、今では人魚族の中にも同じ症例の患者はいるからな。人魚族だからこの病にはかからない、という理由ではなさそうだ」
「昔は治せたけど、今は治せない……それは確かに不思議な話だな。まぁ、記録が残ってないだけかもしれないけど」
「お前の言うように、確かに偶然かもしれない。だが、もし昔は治せたのなら、どういった方法が考えられるだろうかと」
よくここまで調べたものだと思った。ひと通り話を聞いたラウディは考え込む。
ふと、ある噂を思い出したラウディは資料をめくっていた手を止める。
「人魚……薬……そういえば、あの噂は……」
「何か思い当たる節があるのか?」
「人魚の秘薬が隠されてるって噂の遺跡があったな、と。今では手に入らない原料で作られた薬が昔はあったのなら、説明はつくかもしれない」
「なるほど……秘薬が本当に隠されているのかは分からないし、この症例に効くかどうかも運次第だが、何かヒントになるかもしれない。その遺跡はどこにあるんだ?」
その遺跡のある場所にラウディは引っかかった。これも、ただの偶然なのか、それとも引き寄せられているのか。
「アイテール王国国境の街――オネイロスだ」
その遺跡があるのは、かつてのエルフ族の拠点。そしてデモリス・バスターの故郷だった。
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