鳥籠にぬくめ鳥〜スーパー攻め様と愛玩少女がツガイになるまで

タケミヤタツミ

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二章:春知らずの雛鳥

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当主の手が及ばないなんて、そんな場所などあるのだろうか。

雛子の通う冠羽女学園にも寮はあっても、ここは最上家の先祖が創ったので手の内に等しかった。
大学時代から一人暮らしをしているので鷹人借りているマンションの部屋もあるが、一時的な避難は出来ても絶対に安全とは言えまい。

そもそも、鷹人の手を借りてどこへ逃げるにしてもその後の生活はどうするか。
大人ならまだしも雛子はまだ保護者を必要とする未成年に過ぎない。
だからこそ「大学卒業まで」という当主の言う期限まで大人しく待つことにしていた。
ここ一年はすっかり立場が変わって、甘えてくるのは確かに気持ち悪いが害は無くなったこともあり。


詳しい話はまた明日。
ゆっくりしたいだろうから部屋に戻っても良いと、鷹人からお許しが出た。

「はい、朝はまたキスで起こしますか?」

雛子が尋ねてみると、鷹人の返事は恥ずかしげな苦笑。
不覚にもその表情を少し可愛いと思ってしまった。
何にせよ、今日のところはおやすみ。




「雛子、良いか?電話で交渉しておいたから今日は挨拶だけ行くぞ」

翌日、コートを羽織った鷹人に呼び出されて急遽出掛けることになった。
雛子が外へ出られるのは平日の学校以来か。
当主の許可が無いと散歩すら行けない生活が長いこと続いていたもので何だか妙な感じである。
それも若い男と二人きりだなんて。


「鷹人様、眼鏡するんですね」
「運転中だけな」

鷹人の愛車は黒に近い艶を持つワインレッド。
車内に置かれていたケースを開き、黒縁のウェリントンを掛けた。
眼鏡を掛けると少しは当主に似るかと思いきや、鼻筋のラインからして別人なので却って違いが際立って見える。

鷹人にドアを開けられて気付いたが、そういえば助手席も随分と久しぶりか。
学校などの送り迎えは運転手付きの車なので後部座席は当然として、家族で出掛ける際もここは母の指定席だった。
隣り合う両親と分けられて幼い頃は少し寂しかった気もするが、もう見ることのない光景を思い出すと今や全てが切ない。
そんな雛子の憂いも乗せて、ワインレッドの車は屋敷を飛び出して行った。



冠羽女学園を挟んで最上家と大体同じくらいの距離だろうか。
車が停まったのは、とある赤い煉瓦造りの屋敷。

最上邸も煉瓦造りや古さなら共通しているがあちらは全体的に黒、こちらは赤の温もりを活かしてアーチ状のステンドグラスや石造りのバルコニーがレトロで洒落ている。
遅れて来た北国の春、花も緑も盛り時の庭園。
赤や黄など暖色のチューリップは対比が鮮やかで、時代が止まったような屋敷の外観とよく似合って調和していた。

ここは、鷹人の今は亡き母親の実家である日下部くさかべ家。
なるほど、夫とは妻の親に弱いものだ。
最上が王家なら、日下部は公爵家といったところか。
分家の中で最も歴史や功績があり地位が高い。


「今、当主と折り合いが悪いので雛子をこちらに下宿させてほしい。家賃や学費などは最上の家から出す」という言い分の上、鷹人は雛子と共に日下部家へ頭を下げた。
本当のことは一つも明かせないのだから嘘も方便。

返事は了承、ただし下宿自体は構わないが日下部のルールに従ってもらわねばというお達し。

現在の当主は鷹人の叔父だが、発言力が強いのは祖母に当たる日下部ミサゴである。
年を召しても凛とした顔立ちに背筋が伸びた七十代。
今は主に義父の介護や祖父との隠居生活であまり表舞台には出てこないにしても「日下部の御婆様」といえば昔から厳しいことで有名なので、これでもかなり甘い方か。

そういう訳で、客人という立場にしては曖昧な雛子は孫娘付きの女中という役目を請け負った。
周囲への示しというものもあるので形式的にはそうなるが、実際にはルームメイトとして親しくしてやってくれと。
ミサゴ自身も若い頃にこの屋敷へ来た頃はお嬢様の生まれを隠して女中として数年勤めたらしい。


「雛子さんウチに住むって本当?えっ、毎晩パジャマパーティ出来るってこと?」

そうして飛び跳ねるばかりに顔を上げたのが件の孫娘であり鷹人の従妹、日下部小瑠璃こるり

一言で表すと、同級生ながらも小瑠璃は金髪で背の高い雛子とは対照的な少女である。
艶々の長い黒髪に華奢で小柄な容姿だけなら一見するといかにも深窓の令嬢という印象を受けるが、決してそんな可憐なものではない。
実のところ明るくアクティブな性格といい、よく動く大きめの猫目と合わさって活発な黒い子猫を思わせた。


最上家へ身を寄せた中学生の頃からなので、もうそこそこの付き合いになるか。
転校してすぐ馴染めたのは人見知りせず気さくな小瑠璃のお陰もあった。
雛子と打ち解けるのも早く、学校生活だけでなく最上の血族が集まる堅苦しい冠婚葬祭の場でも声を掛けてくれる。
愛玩具を男から遠ざけようとする当主も流石に少女と少女の間には入って来られず、彼女の前では楽に呼吸が出来ていた。

環境が変わることには多少なりとも不安が付き物とはいえ、どうやら悪くない生活になりそうだ。
適応力が高いのは雛子の武器でもある。
密かに握り締めていた強張りの表面がひっそりと溶けた。

そういうことで引っ越しは連休最終日の明後日に。
今日のところは「それではまた」と一礼の後、再び車に乗り込んだ。



「折角だし、どこか行きたいところはあるか?」

日下部邸からの帰り道、最初の信号で停まった時に鷹人から質問一つ。
そういえば連休前日から色々とあって濃い時間を過ごしていたもので、今日はまだ太陽の高い昼前だと忘れていた。


「昼食くらいは外で一緒に、と朝から思ってたんだがな……何となく切り出すタイミング遅れてしまった」

そうして何故か少し恥ずかしそうに鷹人が口ごもる。
やはり陽射しに透けて赤を帯びる髪色に、眼鏡の横顔を眺めながら雛子は訝しんだ。

ただ食事に誘うくらいで何を今更。
一昨日なんて一方的にアフタヌーンティーへ呼び出したくせに何を照れているのかと。
加えて、情交の際に並べてきた強気な台詞を思い返すと少し笑ってしまいそうになる。


好きだと告げてきてから鷹人はおかしい。
どうも傲慢な牙が折れてしまったようだが、圧し折った犯人は他ならぬ雛子なのだろう。
故意でも無意識でも、ただそれだけが事実。

人は恋をすると浮かれて気持ち悪いくらいの奇行に走ったり、暴走して身勝手になったりするという。
経験は無くとも物語でなら雛子も数え切れないくらいに見てきたこと。
そもそも鷹人が関係を強要してきたこと自体が欲望の肥大化。
ここに愛があろうが無かろうが雛子の知ったことか。


「行きたいところと申されましても、私あまり屋敷の外のことは知らないので……強いて言うなら、高いお店はちょっと……」

選択肢を奪われて数年、雛子の要望なんて何も通らなかった。
当主のペットのようなものなので食事は全て自動的に与えられて管理された生活。
自由になったらやりたいことなら確かに考えたりしたが、急に言われましても。


「それなら質問を変えようか……洋食屋と喫茶店、どっちが良い?」

答えやすいようにと今度は鷹人から二択。
選ぶこととは考えることと一組、次に口を開いたら何かが変わるだろうか。
意志を持ってどちらかを取るのは雛子にとって小さな始まり。
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