鳥籠にぬくめ鳥〜スーパー攻め様と愛玩少女がツガイになるまで

タケミヤタツミ

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二章:春知らずの雛鳥

20:トリノス

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チョコレート色のドアを開けばドアベルの音から世界は広がる。

春の陽射しが柔らかで薄暗い店内にコーヒーの香り。
カフェを選んだ雛子が連れて来られたのは、先程の日下部邸にも似通った赤い煉瓦造りのレトロ喫茶。
彩るは花でなく、そこかしこに置かれた観葉植物の緑が目に優しい。
鷹人の馴染みだというここは歴史と温かみがあり、観光地としても人気の店だった。
客層も落ち着いたもので、お喋りの声も密やかに鳴り止まず。
トリノス鳥の巣」の店名通り、初めて来た場所なのにどことなく巣のような居心地の良さを感じさせる。


「日下部のお屋敷もレトロカフェみたいって思ってたんですよね……」
「ああ、だから雰囲気は似てても落ち着いて食事が出来るところの方が良いかと思ってな」

確かに、今日の雛子は朝から軽く緊張してしまった。
畏まった場に挨拶へ行くということで金髪を纏め上げ、飾り気が無く慎ましやかなモノクロのワンピース姿。

実のところこれも当主に贈られた物である。
書斎の机でボタンを開かれ、乳房を吸われたり精液を浴びたことも二度三度。
その格好で当主の亡き妻の実家に行くなんてとても冒涜的ではないだろうか。
雛子一人が黙っていれば分からないこととはいえ、行き先を知っていたら違う服を選んだのに。

相変わらず鷹人はチェスターコートで冬の装い。
いつも冷たい指先といい、やはり冷え性なのだろう。
情交の最中はあんなにも汗ばんで情熱的に雛子を求めてくるくせに。


窓が遠い店の奥は天井から点々と吊るされたランプが暖色の光を与える。
テーブルやカウンターなどはどれもドアとお揃いのチョコレート色。
一番奥の席は特にひっそりとしていて、腰掛けると年季の入ったふわふかのソファーに軽く沈み込む。
何だか大きくて強い動物の背に身を預けているような安定感。

「何が良い?遠慮するな、ゆっくり好きな物を選べ」
「ありがとうございます……」

気遣いはされているのだろうが、命令になっていることに果たして鷹人は自覚あるのやら。
礼を言いつつも雛子は半ば首を傾げる形で下げる。

純喫茶はコーヒー一杯がケーキと同じくらいの値段。
品質に拘ればこそだが、日常のちょっとした贅沢としては妥当なのだろう。
日頃、自室でインスタントばかり飲んでいたので忘れていた。
王様たる当主はコーヒーの匂いを嫌っているので最上家では出てこないのだ。
雛子の部屋までは滅多に来ないにしても、飲んだ後は歯磨きをして念入りに証拠隠滅。

学校は車で送迎されており、そもそも寄り道禁止。
一人での外出も制限されているので本当に喫茶店なんて久しぶりだ。
誰かとお茶を楽しむのは校内のパーラーくらいか。
繰り返すが、幾ら当主であろうとも少女と少女の間には入れない。


「気負わないデートなら、ここが良いかと来てみたんだが……俺はまず雛子の好きな物が知りたいんだ」

少し照れた声で鷹人から思いもよらぬ単語が飛び出て、雛子は一瞬喉が詰まった。
考えてみれば男女二人で純喫茶、そうか、これはデートになるのか。


最上邸の屋敷では他の使用人は居ても黙々と仕事のみに徹して人間味を消しており、昨日まで雛子は世界に鷹人と二人きりのような認識だった。
一転、今日は親戚に雛子を紹介して頼ったり、こうして喫茶店へ誘ったりと知らない世界へ連れ出す。

知ることから世界は広がっていく。
鳥籠の中で閉じていた雛子を鷹人が外へ出してくれたのは事実。

しかし、これは外堀を埋めているのやら。
或いは手の内を見せてくれたのか。

今後世話になるからと揃って挨拶に行った日下部邸は、実家を嫌っていた鷹人にとって一番信頼している母方の実家。
冠婚葬祭で顔を合わせる際には当主の横で会釈するくらいするが、小瑠璃を除けばあちらの家の人々と口を利いたのは初めて。
なのであちらも雛子の顔や名前なら知っていた訳だが、やたらと畏まっていたものだから「彼女を連れて来るのかと思った」なんて、鷹人の祖父である前当主に笑われてしまった。

考えてみればこの店だってそうなるか。
バスルームでの話によると、鷹人は学生時代から何人か付き合った経験はあるらしい。
それならいつぞやの過去、前の彼女との思い出は一つ二つくらいありそうだ。
だとしたら、嫉妬とは違う腹立たしさくらいは小さく火花が撒き散る。

結局は鷹人のテリトリーから出られないのか。
最上家を出て当主から距離を置いても、違う男を頼って今後ずっと過ごすのは変わらない。
告白された時、雛子が頷けなかった理由の一つ。


「お待たせしました」

そんなことを考えて意味ありげに黙ってしまった雛子と出方を待つ鷹人の前に、まずコーヒーが届いた。
暗褐色の水面が揺れる、洒落た小花柄のカップが二つ。

とりあえずはコーヒーブレイク。
踊る湯気を軽く吹き飛ばして、一口ゆっくり啜ると香ばしく軽やかな香りと深い苦味。
酸味も効いていて雛子の好みに近い。
そうして暗褐色の熱が喉を通って腹まで満ちていき、高揚と落ち着きが混ざった酩酊感。


「ん……いつも自分で淹れたインスタントばかり飲んでいたので、美味しいのは随分と久しぶりですね」
「……うちにコーヒーがあるのか?」

雛子の唇から緩んで落ちた言葉を拾い上げ、訝しげに訊き返されてから気付いた。
そうか、最上家でコーヒーを飲んだことがないのは鷹人も同じか。

「自室にポットなどのお茶を淹れるセット置いてるので……」
「そう、か……そうだな、俺はコーヒーって外でしか飲めない物だと認識していたよ」

そんな気付きを得たようなことを大袈裟に言う。

鷹人も今は一人暮らしをしているので「自分のことは自分で」と理解しているだろうが、それは飽くまでも最上家の外でのこと。
実家では人を従えることを当然としてきた訳で、わざわざ注文をしくてもあちらから与えられてきた。

そういう意味でならコーヒーは特別なのか。
鷹人が自分から選び取って、欲した物。


「帰ったら、雛子が淹れたコーヒーも飲んでみたい」
「いえ、そんな……インスタントですし……」
「俺もな、コーヒーは好きだが味はそんなに拘りとか無いんだ。よくコンビニの物でも飲むし、温かければ何でも良い」
「それなら私が淹れなくても……」

言いかけた雛子はテーブルの上へ視線を落とす。
いつも冷えている鷹人の手。
小さなカップを大事に抱えるような格好で、陶器の肌に指先十本を当てて温めている。

ああ、恐らく本当は、熱を欲しているのか。

黒い煉瓦造りが厳しい最上家の屋敷は酷く冷える。
北国なので当然とはいえ、実際は室温の問題でない。
飽くまでも全ては当主の持ち物であって、雛子はこの数年間ずっと孤軍奮闘してきた。
立場の件は置いといて、実家を嫌う鷹人もその点ばかりは似たようなものか。

そう考えれば、親近感も少し。
暖めてやるくらいはしてやっても良い。


「ん……では一式持って行くので、鷹人様のお部屋で淹れますね。お口に合うか分かりませんけど」

つい約束を交わしてしまった。
それも雛子が自分から。

何にせよ、鷹人が当主から逃がそうと昨日から色々動いてくれているのは確かなことなのだ。
それでも雛子の部屋に男を招き入れるのは躊躇うもので、これで精一杯の礼のうち。
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