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二章:春知らずの雛鳥
23:傷跡にくちづけを*
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こうして心の中では饒舌になっても、雛子は鷹人にそれらを明かすつもりは無かった。
お互い舌を絡める為だけに開いた口。
まだ陽の高い午後のうちから唇を貪られながらソファーに押し倒されて、雛子の身体がスプリングに沈む。
「ここでしますか?」
「あ……いや、そうだな、ベッド行くか……」
ただでさえ二人とも背が高い方なので少し窮屈。
それに飲食する場なのでソファーで始めてしまうのはお行儀が悪い。
止まらなくなる前に雛子が確認を取ってみると、理性が目を覚まして鷹人は恥ずかしげに身を起こした。
雛子もソファーから降りたようとしたが、その爪先は床に届かなかった。
鷹人の両腕が巻き付き、そのまま身体が浮き上がる。
「あの、私、重いので……」
「良いから、これくらいさせてくれ」
抱き上げられたのは初めてでないが、戸惑いながら雛子が口にした台詞は数日前と同じもの。
まるで再生ボタンでも押したように重なる。
そういえばあの時は「親父にいつも言われているのか」と訊かれた。
雛子は答えなかったが、鷹人も明確な返事を求めている訳ではなかったろう。
ただ当主に対する反発や嫌がらせで関係を強要してきたのかと思っていたら、嫉妬の暴走だったとは。
勿論、今も当主のことは忘れてない。
「幾ら謝っても足りないが、悪かった、雛子のこと大事にしたいのは本当なんだ……もう泣かせないし、親父のことも絶対に何とかするから、俺のこと見てほしい」
ベッドに優しく着地すると、見上げる視界は影を落とす鷹人だけになる。
一つ一つに真剣な熱を込められた切なげな声が突き刺さっても、雛子は静かに受け止めるだけ。
鷹人の方が泣きそうな顔をしているくせに。
恋情で胸が焼け焦げて、煙の代わりに薄っすらとサンダルウッドは甘やかに匂い立つ。
そして、きっと今まで雛子にただ優しくしていたらここまで苦しむこともなかった。
鷹人が反省していることは信じてやっても良い。
これまでの雛子に対する自分の行いで心をも痛めるのは何よりの罰だろう。
真面目な性分だけに言い訳もせず、思い返すと罪悪感のダメージは重い。
それはそれとして、どうせなら早く欲しかった。
怖気付くくらいなら止めておけば良いのに。
「触れて下さい」
先程までは鷹人に選択を投げ掛ける形。
委ね、従い、拒絶せずにいた。
ここで初めて雛子が自分の欲求を口にする。
最初から鷹人のことは怖くない。
興味が出たのも、可愛いと思ったのも本当。
チャンスを与えるというか、告白に応えるかどうかはその後で決めよう。
まだ期限まで時間はあるのだから。
インスタントのコーヒーでも鷹人に確かな熱をもたらしていた。
いつも冷たかった指先はカップで温められ、雛子の柔らかな頬をそっと包む。
「……お前のことが愛おしくて胸が潰れそうだ」
眩しげに鷹人が目を細めて、その頬に唇を落とす。
そのまま小さなリップ音を繰り返して首や耳にも次々とキスが降ってくる。
あまりに甘くて、流石に少し恥ずかしくなる程。
制そうと伸ばした指先まで取られて軽く咥え、桜色の爪を舌で撫でられる。
「コーヒーの匂いがする」
雛子の指を丹念に舐めながら、色付いた低音で鷹人が呟いた。
香ばしい苦味は強く香るものなので淹れる時に染み付いていたか。
「ふ……ッ、うぁ……」
指の根本まで舌を這わされるとくすぐったくて、零れる雛子の声も濡れていた。
喉を探り合うキスで欲情のスイッチはもう押された後、身を捩ったのは笑いを堪える為でない。
コーヒーで熱くなった口腔から離されると途端に冷え、鷹人の唾液で磨かれた爪は桜貝の艶めき。
当主に何度も隅々まで穢された身だというのに今だけは少しだけ綺麗に見える。
「優しくしたいのに、抑えないと破いてしまいそうだな……脱がせても良いか?」
あまり穏やかでないことを溜息と共に吐き出す。
捉えたままの雛子の手を今度は自分の頬へ擦り寄せながら、鷹人が問うてきた。
滑らかなようでも大人の男の肌。
今朝剃られた頬は僅かにちくちくした髭を掌に感じる。
多淫の血は手綱を握ってないと暴れてしまう。
そのことで謝罪したばかりなので、雛子から求められているのに欲を制御しながらの情交は禁欲するよりも却って辛いかもしれない。
触れることは許しても、好きにして良いとは言ってないのだ。
それに鷹人の「優しくしたい」も本音。
飾り気が無く慎ましやかなモノクロのワンピース。
「脱がせる為の清楚」として、いつぞや当主に贈られたもの。
こうして他の男の手で剥かれるとは皮肉なことだ。
背中に回された鷹人の手がワンピースのジッパーを鳴らす。
再び白い首筋に吸い付きながら、開かれた胸元にも舌が這ってくる。
以前の情交で残されたキスマークはまだ赤い。
それからもう一つ、噛み付いた痕も。
「雛子、痛かったよな……ごめん」
数日前に首筋へ牙を剥いた唇が謝罪を口にした後、傷痕を舌で撫でる。
あれは背後から激しく突かれる情交の時だった。
雛子からすれば肉食獣に捕食されているような気分も混じっていたが、今の鷹人は確かな慈しみで触れていた。
当主は雛子の身体に痕跡を残さない。
こちらを思いやってなんて理由、あるものか。
関係が明らかになれば命取りの上、大切な愛玩具に傷を付けたくなかっただけ。
鷹人はそこに恋情が絡む分だけ心中複雑。
可愛い独占欲と悍ましい支配欲が交わって、魔女の鍋のように煮え滾る。
大事にしたいのに、抱き潰してしまいたい。
雛子の身も心も欲しくて堪らないのに、自分の父親である当主からどうすれば奪えるのか。
お互い舌を絡める為だけに開いた口。
まだ陽の高い午後のうちから唇を貪られながらソファーに押し倒されて、雛子の身体がスプリングに沈む。
「ここでしますか?」
「あ……いや、そうだな、ベッド行くか……」
ただでさえ二人とも背が高い方なので少し窮屈。
それに飲食する場なのでソファーで始めてしまうのはお行儀が悪い。
止まらなくなる前に雛子が確認を取ってみると、理性が目を覚まして鷹人は恥ずかしげに身を起こした。
雛子もソファーから降りたようとしたが、その爪先は床に届かなかった。
鷹人の両腕が巻き付き、そのまま身体が浮き上がる。
「あの、私、重いので……」
「良いから、これくらいさせてくれ」
抱き上げられたのは初めてでないが、戸惑いながら雛子が口にした台詞は数日前と同じもの。
まるで再生ボタンでも押したように重なる。
そういえばあの時は「親父にいつも言われているのか」と訊かれた。
雛子は答えなかったが、鷹人も明確な返事を求めている訳ではなかったろう。
ただ当主に対する反発や嫌がらせで関係を強要してきたのかと思っていたら、嫉妬の暴走だったとは。
勿論、今も当主のことは忘れてない。
「幾ら謝っても足りないが、悪かった、雛子のこと大事にしたいのは本当なんだ……もう泣かせないし、親父のことも絶対に何とかするから、俺のこと見てほしい」
ベッドに優しく着地すると、見上げる視界は影を落とす鷹人だけになる。
一つ一つに真剣な熱を込められた切なげな声が突き刺さっても、雛子は静かに受け止めるだけ。
鷹人の方が泣きそうな顔をしているくせに。
恋情で胸が焼け焦げて、煙の代わりに薄っすらとサンダルウッドは甘やかに匂い立つ。
そして、きっと今まで雛子にただ優しくしていたらここまで苦しむこともなかった。
鷹人が反省していることは信じてやっても良い。
これまでの雛子に対する自分の行いで心をも痛めるのは何よりの罰だろう。
真面目な性分だけに言い訳もせず、思い返すと罪悪感のダメージは重い。
それはそれとして、どうせなら早く欲しかった。
怖気付くくらいなら止めておけば良いのに。
「触れて下さい」
先程までは鷹人に選択を投げ掛ける形。
委ね、従い、拒絶せずにいた。
ここで初めて雛子が自分の欲求を口にする。
最初から鷹人のことは怖くない。
興味が出たのも、可愛いと思ったのも本当。
チャンスを与えるというか、告白に応えるかどうかはその後で決めよう。
まだ期限まで時間はあるのだから。
インスタントのコーヒーでも鷹人に確かな熱をもたらしていた。
いつも冷たかった指先はカップで温められ、雛子の柔らかな頬をそっと包む。
「……お前のことが愛おしくて胸が潰れそうだ」
眩しげに鷹人が目を細めて、その頬に唇を落とす。
そのまま小さなリップ音を繰り返して首や耳にも次々とキスが降ってくる。
あまりに甘くて、流石に少し恥ずかしくなる程。
制そうと伸ばした指先まで取られて軽く咥え、桜色の爪を舌で撫でられる。
「コーヒーの匂いがする」
雛子の指を丹念に舐めながら、色付いた低音で鷹人が呟いた。
香ばしい苦味は強く香るものなので淹れる時に染み付いていたか。
「ふ……ッ、うぁ……」
指の根本まで舌を這わされるとくすぐったくて、零れる雛子の声も濡れていた。
喉を探り合うキスで欲情のスイッチはもう押された後、身を捩ったのは笑いを堪える為でない。
コーヒーで熱くなった口腔から離されると途端に冷え、鷹人の唾液で磨かれた爪は桜貝の艶めき。
当主に何度も隅々まで穢された身だというのに今だけは少しだけ綺麗に見える。
「優しくしたいのに、抑えないと破いてしまいそうだな……脱がせても良いか?」
あまり穏やかでないことを溜息と共に吐き出す。
捉えたままの雛子の手を今度は自分の頬へ擦り寄せながら、鷹人が問うてきた。
滑らかなようでも大人の男の肌。
今朝剃られた頬は僅かにちくちくした髭を掌に感じる。
多淫の血は手綱を握ってないと暴れてしまう。
そのことで謝罪したばかりなので、雛子から求められているのに欲を制御しながらの情交は禁欲するよりも却って辛いかもしれない。
触れることは許しても、好きにして良いとは言ってないのだ。
それに鷹人の「優しくしたい」も本音。
飾り気が無く慎ましやかなモノクロのワンピース。
「脱がせる為の清楚」として、いつぞや当主に贈られたもの。
こうして他の男の手で剥かれるとは皮肉なことだ。
背中に回された鷹人の手がワンピースのジッパーを鳴らす。
再び白い首筋に吸い付きながら、開かれた胸元にも舌が這ってくる。
以前の情交で残されたキスマークはまだ赤い。
それからもう一つ、噛み付いた痕も。
「雛子、痛かったよな……ごめん」
数日前に首筋へ牙を剥いた唇が謝罪を口にした後、傷痕を舌で撫でる。
あれは背後から激しく突かれる情交の時だった。
雛子からすれば肉食獣に捕食されているような気分も混じっていたが、今の鷹人は確かな慈しみで触れていた。
当主は雛子の身体に痕跡を残さない。
こちらを思いやってなんて理由、あるものか。
関係が明らかになれば命取りの上、大切な愛玩具に傷を付けたくなかっただけ。
鷹人はそこに恋情が絡む分だけ心中複雑。
可愛い独占欲と悍ましい支配欲が交わって、魔女の鍋のように煮え滾る。
大事にしたいのに、抱き潰してしまいたい。
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