鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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三章:この羽根は君を暖める為に(最終章)

39:夜鷹*

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半同棲なので平日はほとんど鳳一郎と過ごすとして、彼がバイトで不在の週末は雛子も悠々と一人の時間を満喫する。
子供じゃあるまいし隣に居なくて寂しいなんてこともなく、個としての自由も大事。

そうして土曜日の雛子は図書館通いと決まっていた。
初めて行った時は妙なことになってしまったが、頭の片隅で警戒しつつ鳳一郎が居なくても平気。

昼食を済ませてゆっくりしてから午後の決まった時間のバスに乗り、夕方まで入り浸る流れ。
これで大抵の所へ連れて行ってくれるので、バス移動の生活は時計を見ながら規則正しく進む。
本数はそこまで多くないので一本逃すと大きく予定が狂ってしまう。


真冬にバス停までの徒歩十分は頬が冷えてしまうが今日は晴天、ファー付きフードの黒いジャケットが陽光の熱を吸っており心地良い。
スニーカーの足で段差を上がってバスに乗り込む。

いつも通りだったのは、そこまで。


「……よー、久しぶり」

喉で笑う男性的なハスキーボイスに肩を叩かれる。
思わず跳ねるように顔を上げると、日頃冷静な雛子が身を強張らせた。

どうして、ここに居るの。


そこには運動部らしく日焼けした小麦肌に締まった体躯の青年が一人。
シャープな眉に黒目がち、大きめの口と相まって活発な印象を受ける。

これが誰なのか、正直なところ雛子は一瞬だけ理解が遅れた。
髪型の違いは随分と印象が変わるもので、以前から見知っていた真っ黒からアッシュブラウンのウルフになっていた所為。
畏まった場に合わせて黒髪で正装だった時と違い、茶髪にキルティングアウターを着崩した今は垢抜けを通り越してどことなく軽薄な雰囲気になっていた。


橋永はしながさんのところの……」
「ヨタカで良いって言ってるだろ、前から」

親族の集まりで何度当主に睨まれても懲りず雛子に話し掛けてくる青年、というのが彼のこと。

青年の名は橋永ヨタカ。
橋永も最上に繋がる分家でなかなか大きな医療機器の会社を経営している一族である。
雛子の父方祖母は現社長の妹であり、ヨタカは二つ上の再従兄に当たるらしい。
両親が生きていた頃は親戚付き合いをほとんど避けていたもので、ほんの数年前に知ったこと。

顔を合わせるといつも一方的に気安い態度だが、若い男から雛子を遠ざける当主がガードするので会話らしい会話はほとんどしたことが無い。
薄く血が繋がっているだけの他人である。


さて、これを偶然なんてもので済ませるほど雛子は呑気でない。

記憶が確かなら橋永家は東北在住、ヨタカも北海道の大学に進学したと聞いていた。
観光地でもないのに、こんな関東の地方都市にどうして居るのか。
親戚同士なので現住所は一応義務的に連絡しておいた祖父母が口を割るかもしれないにしても、来島家に訪問するのでなくまさか習慣のバスを把握されているとは。
何をどこまで知られているのか分からず不気味。

男の力でジャケットの袖を握られ、捕獲完了。
引っ張られる形で広い後部座席に隣り合って腰掛けた。

「アンタに話があって来た」

それはそれは、遥々遠方からご足労なことで。
ヨタカの言葉の意味するところは雛子にとってあまり良いものではないだろう。
先程からずっと頭の中で警戒警報が鳴っている。


「それで……どのようなご用件でしょうか」
「こういう用だよ」

見れば分かるとばかりにヨタカが手帳のような物を取り出し、開いてみせた。
中は写真で埋まった薄いアルバムか。

嫌な予感とは当たるもの。

写っているのは、まだ短い金髪に細身の少女の痴態。
これは中学生の雛子だ。
書庫の机の上、当主に柔肌を貪られて泣き崩れるだけしか出来なかった頃の。


「最上の若当主が大事そうに持ってたぜ?でもこれ、相手は前の当主だよな……親子二代とヤッてたんだろアンタ」

ヨタカは鳥を甚振る猫の薄笑いで続けるが、知られたことで青くなるよりも雛子の中では衝撃や疑問や静かに駆け巡る。

当主に隠し撮りされていたとは気付かなかった。
雛子と関係を持っていることは証拠を残さぬよう徹底していた筈だったのに。

それだけでも十分に意外だったが、若当主とは鷹人のこと、どうして彼がこんな物を持っていたのか。
そして、そんな危険物を現在ヨタカが握っているのは何故か。
このことが公になれば最上は破滅だろうに。


「服の上からとはいえ、やっぱデカいなー……」

黒いジャケットの前が勝手に開かれて、ヨタカの手が無遠慮に重い乳房を掴む。
強張った表情の雛子が冷や汗を隠していることなら、その下で打つ心臓の早鐘で判ってしまっていることだろう。

「もう分かるよな……黙っててやるしアルバムも返してやるから、同じことさせろ」

低い声で囁き、ヨタカが深く冷たく刺してくる。
脅すのなら本家である最上を当たればよっぽど旨味があるだろうに、わざわざ雛子の方へ来るとはどういうことか。
要求は身体、下手すれば鷹人の差し金。

あの時の鷹人は泣きながら雛子に謝罪を口にしていたが本心はどうだか。
求婚を断った腹いせだとすれば、残念ながら辻褄が合う。
執着は愛が腐敗した成れの果て。
後々になって憎しみへ変わった可能性ならあるか。


普通の娘なら恐怖や嫌悪感で震え上がるところ。
それよりも、今は悲しみの藍色が濃くなる。

あの冷たい鳥籠を出られたら自由になれると思っていたのに。
考えてみればやり方こそ強引でも、少なくとも当主や鷹人は雛子を外の悪意から守っていた。
所有物として扱って、触れるのも傷を与えるのも主である自分しか許さぬと。

結局、肉や穴として扱われることに雛子は静かに重く翳った。
この身にはそれしか価値が無いとでもいうのか。


乳房を鷲掴みして好き勝手に揉まれると流石に服越しでも痛み、雛子が顔を顰めた。
快楽なんてあったものでなく、単に物珍しさや好奇心といったヨタカの手。
そうやって柔らかさを楽しんでいたが、しばらくすると焦れたように襟の方を握った。

ジャケットの下は冬物のスウェットワンピース一枚。
被って着るタイプなので襟は頭しか通らず、男が力任せに引っ張ってもせいぜい谷間が覗く程度。

「おっぱい見れねぇのは残念だなー。どんだけデカくなったのか写真と比べてやろうと思ってたのによ」

こんなところでヨタカが触れてくるのは何故だ。
ただ雛子を辱めてやりたいのか、目的地までに欲情を引き出そうというのか。
或いは、ここで犯すつもりだとしたら。

空いたバスの車内、二人きり。
何をしているかは一つ前の座席に隠れてしまって運転手も気付かないだろう。
いや、下手するとこの状況は若いカップルが乳繰り合っているだけにしか見えないかもしれない。


「……じゃ、こっちで良いか」

緊迫で汗ばんだ白い太腿の間、男の手が滑り込んでくる。
ミディ丈のスウェットワンピースは座った状態では裾が少し持ち上がってしまう。
長くて冷えた指の先がショーツに届いた。
ぷにぷにと柔らかな秘部を布越しに押され、雛子の息が詰まる。

「ン……っ……うぅ……」

不意に唇を吸われて悲鳴は塞がれた。
顔を背けたくても、合わさったまま抉じ開けられて舌が絡んだ。
侵食してくる知らない匂いと味に混乱する。
粘度の高い唾液が零れ、スウェットワンピースの胸元に一つ二つと水玉を描く。

もっと酷いことなら沢山されてきたのに。
秘部を弄るヨタカの手は薄布一枚を隔てていても、当主を黙って受け入れていた頃よりも気持ち悪い。

どうしてなんて、そんなの。

荒れ狂う恋情を向けてくる鷹人と温かく労る鳳一郎の愛し方を教えられて、確かに二人とも雛子の心に触れたのだ。
そうしてもうただの愛玩具には戻れないのだと気付かされる、こんな時に。

これがもし鷹人の差し金ならば、復讐として効果は絶大。
代償として思い出を泥々に汚しても。





「ドアが開きます、ご注意下さい」

バスに乗っていた時間はそう長くないが、こうしている間にも大きな車体は進んでいた。
大きく揺れたのが停まる合図、気付けばショッピングモール前のバス停。

降りるなら今しか無い、行かなければ。


「逃げても良いぜ。明日も同じバスに乗ってるから……来なかったら、分かるよな?」

よろけながらも振り払って立ち上がる雛子をヨタカは引き止めなかった。
最後に再び袖を握って、念入りに刺すだけ。

何だろうか、このいやらしい笑い方は誰かに似ていた。

雛子の記憶から一人の顔が浮かび上がりそうになったが、それが誰なのかは気付く前に見失う。
嘲笑われても不格好でも、背を向けて縺れる足で必死に立ち去った。
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