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番外編
そしてまた春は巡る
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あの後、しばらくして最上家からの宅配便は海を越えてやって来た。
確かに、いつまでも別れた恋人の物が手元にあるのも鷹人だって困るだろう。
これらは雛子が置き去りにしてきた甘い記憶の欠片。
断捨離とは部屋だけでなく心の整頓の為でもある。
「届いた」と鷹人に連絡を入れるべきか。
スマホのメッセージアプリを起動させようとしたものの、鳳一郎へ向き直った雛子の指先が止まる。
「鳳一郎、私が鷹人様と連絡取ってたら嫌かな」
「あー……でも、雛子にとっては親戚なんだろ?」
包容力が海のような鳳一郎は拒絶しない。
分家で同年代の女子なら友人も居る訳だが、それを除くと雛子が連絡を取れる親戚は鷹人くらいか。
まだ存命かつ、もっと血縁の近い父方祖父母からはほぼ切られているというのに。
今度こそ削除するべきかと思ったIDは保留。
「血縁って厄介だね、本当に」
さて一方、あちらの血縁も変化あり。
関東から北国までのちょっとした旅を共にして、鷹人とヨタカはあれから軽く交流するようになったらしい。
当主のことなので落胤は他にも心当たりがありそうなものだが、今頃はあの世というか地獄なので永遠に謎か。
とりあえずは鷹人にとってこの世に残された、ただ一人きりの弟。
崇拝やら暴走やらの原因は今まで会話が足りていなかったことだろう。
完璧な若当主様どころか、鷹人が欠けているというところをしっかりと見てもらえば良い。
他にも頭痛持ちで雨の日は唸っているだとか、飛行機や絶叫マシンが苦手だとか、意外と可愛い物が好きで寝室にクマのシリコンライトを置いてるだとか。
愛着が湧くか幻滅するか、そこはヨタカの心がどう動くかによるが。
知ることから世界は広がるのだ。
話しても分かり合えない人間とは居るものだが、何もしないうちから諦めるのも早かろう。
まだ間に合う筈だ、父親と違って生きているのだから。
「そういや、兄弟で雛子にフラれたことになんのか」
「いっそ寂しい同士でデキちゃえば良いのに……止めないよ、私」
過激な台詞が雛子の口から滑り落ちる。
本気だか冗談だか、かといって笑いもせずに。
お喋りはさておき、段ボールを開封してからは一つずつ丁寧に中身を取り出す作業。
流石に当主から贈られた服は無かった。
そもそも雛子を着飾る目的は綺麗な人形を自慢したいだけのことだ。
鷹人の場合、そこに想いが込められていたことなら知っていた。
奥から出てきた見覚えのあるモカピンク。
これは、初めてデートした時に贈られたニットワンピース。
本来の雛子はミントやラベンダー系の色が好きだが、これは悪くなかった。
女性的な曲線を綺麗に包んでくれて肌触りも良い。
春が遅れてくる北国、あれはようやく桜が舞っていた頃だったか。
鷹人と手を繋いで石畳を歩いたヒールの靴も、それでもまだ寒いだろうからと巻かれたストールも全部ある。
「なぁ、コレ一枚だけで値段六桁行くんじゃねぇか」
「ん……鷹人様のそういうところも苦手だった……」
ワンピースからブランドのタグを見つけて思わず呟いた鳳一郎の呟に、雛子が頷いた。
彼もまた金持ちには変わりないので目が肥えている。
置いてきた一番の理由がそこであることは事実。
怖くて貰えないだろう、こんな高価な物。
折角送ってもらったとはいえその後どうするかは鷹人も雛子に託した訳だ。
持て余すだろうし、いっそのこと売ってしまおうかなんて薄情な考えが過る。
とはいえ、雛子は金に困ってないのだが。
最上家を去ってから時間が開いてしまっていたものの、祖父母に奪われていた両親の遺産と当主が遺言書に書き記した分は雛子のもとに戻ってきていた。
「受け取る正当な権利があるから」と鷹人が手続きしてくれたそうだ。
当主の方は性的虐待の口止め料を兼ねているとはいえ、それ以外で誠意を示す方法も無いので悩んだ末に受け取ることにしておいた。
「俺も雛子に似合うと思うけどよ、もう着ないのか?」
ふとモカピンクを広げながら鳳一郎が何でもない顔で質問を投げ掛けてきた。
これは飽くまでもただ訊いているだけ。
「……鳳一郎、見たい?」
「ん、俺も着替えてくるからロストルム行こうな」
幾ら鳳一郎が良いと言ったところで不誠実ではないかと思うことも忘れてない。
前の男から贈られた服でデートというのもどうなのだろうか。
しかし、誘われたからには断る理由も無し。
四角く切り取られた姿見の空間、そこにはニットワンピースに身を包んだ雛子が映っている。
愛玩具として鎖に繋がれていた頃とは別人の顔で。
あの時は鷹人に並び立てる大人に見えるようハーフアップに結んだ。
棘だらけで歪とはいえ確かな恋だったことは否定しない。
ただ、今はもう短くしてしまった髪。
切ってみて初めて重かったことを雛子は自覚した。
金の毛先はふんわりと軽やかに肩の上で揺れて、比べてみれば雛子は随分と印象が変わったものである。
それから、首元がすっきりしたのでピアスを開けた。
雛子の耳朶には小さなガラス玉が光っている。
全てセルフでやったことがあるだけに、シルバーピアスが耳にザクザク刺さった鳳一郎は雛子にニードルを刺す時も手慣れたもの。
ピアッサーは手軽だが力づくで捩じ切る形なので治りが悪いからと、ここは任せることにした。
突き刺される瞬間の熱と高揚を鮮やかに刻まれた。
初めてに拘る必要は無いと鳳一郎は言うが、彼からの傷が欲しかったなんて流石に自虐的か。
それは呑み込んで、玄関で落ち合ったら口にする言葉はもう決まっている。
「鳳一郎、今日は何のパフェ食べる?」
確かに、いつまでも別れた恋人の物が手元にあるのも鷹人だって困るだろう。
これらは雛子が置き去りにしてきた甘い記憶の欠片。
断捨離とは部屋だけでなく心の整頓の為でもある。
「届いた」と鷹人に連絡を入れるべきか。
スマホのメッセージアプリを起動させようとしたものの、鳳一郎へ向き直った雛子の指先が止まる。
「鳳一郎、私が鷹人様と連絡取ってたら嫌かな」
「あー……でも、雛子にとっては親戚なんだろ?」
包容力が海のような鳳一郎は拒絶しない。
分家で同年代の女子なら友人も居る訳だが、それを除くと雛子が連絡を取れる親戚は鷹人くらいか。
まだ存命かつ、もっと血縁の近い父方祖父母からはほぼ切られているというのに。
今度こそ削除するべきかと思ったIDは保留。
「血縁って厄介だね、本当に」
さて一方、あちらの血縁も変化あり。
関東から北国までのちょっとした旅を共にして、鷹人とヨタカはあれから軽く交流するようになったらしい。
当主のことなので落胤は他にも心当たりがありそうなものだが、今頃はあの世というか地獄なので永遠に謎か。
とりあえずは鷹人にとってこの世に残された、ただ一人きりの弟。
崇拝やら暴走やらの原因は今まで会話が足りていなかったことだろう。
完璧な若当主様どころか、鷹人が欠けているというところをしっかりと見てもらえば良い。
他にも頭痛持ちで雨の日は唸っているだとか、飛行機や絶叫マシンが苦手だとか、意外と可愛い物が好きで寝室にクマのシリコンライトを置いてるだとか。
愛着が湧くか幻滅するか、そこはヨタカの心がどう動くかによるが。
知ることから世界は広がるのだ。
話しても分かり合えない人間とは居るものだが、何もしないうちから諦めるのも早かろう。
まだ間に合う筈だ、父親と違って生きているのだから。
「そういや、兄弟で雛子にフラれたことになんのか」
「いっそ寂しい同士でデキちゃえば良いのに……止めないよ、私」
過激な台詞が雛子の口から滑り落ちる。
本気だか冗談だか、かといって笑いもせずに。
お喋りはさておき、段ボールを開封してからは一つずつ丁寧に中身を取り出す作業。
流石に当主から贈られた服は無かった。
そもそも雛子を着飾る目的は綺麗な人形を自慢したいだけのことだ。
鷹人の場合、そこに想いが込められていたことなら知っていた。
奥から出てきた見覚えのあるモカピンク。
これは、初めてデートした時に贈られたニットワンピース。
本来の雛子はミントやラベンダー系の色が好きだが、これは悪くなかった。
女性的な曲線を綺麗に包んでくれて肌触りも良い。
春が遅れてくる北国、あれはようやく桜が舞っていた頃だったか。
鷹人と手を繋いで石畳を歩いたヒールの靴も、それでもまだ寒いだろうからと巻かれたストールも全部ある。
「なぁ、コレ一枚だけで値段六桁行くんじゃねぇか」
「ん……鷹人様のそういうところも苦手だった……」
ワンピースからブランドのタグを見つけて思わず呟いた鳳一郎の呟に、雛子が頷いた。
彼もまた金持ちには変わりないので目が肥えている。
置いてきた一番の理由がそこであることは事実。
怖くて貰えないだろう、こんな高価な物。
折角送ってもらったとはいえその後どうするかは鷹人も雛子に託した訳だ。
持て余すだろうし、いっそのこと売ってしまおうかなんて薄情な考えが過る。
とはいえ、雛子は金に困ってないのだが。
最上家を去ってから時間が開いてしまっていたものの、祖父母に奪われていた両親の遺産と当主が遺言書に書き記した分は雛子のもとに戻ってきていた。
「受け取る正当な権利があるから」と鷹人が手続きしてくれたそうだ。
当主の方は性的虐待の口止め料を兼ねているとはいえ、それ以外で誠意を示す方法も無いので悩んだ末に受け取ることにしておいた。
「俺も雛子に似合うと思うけどよ、もう着ないのか?」
ふとモカピンクを広げながら鳳一郎が何でもない顔で質問を投げ掛けてきた。
これは飽くまでもただ訊いているだけ。
「……鳳一郎、見たい?」
「ん、俺も着替えてくるからロストルム行こうな」
幾ら鳳一郎が良いと言ったところで不誠実ではないかと思うことも忘れてない。
前の男から贈られた服でデートというのもどうなのだろうか。
しかし、誘われたからには断る理由も無し。
四角く切り取られた姿見の空間、そこにはニットワンピースに身を包んだ雛子が映っている。
愛玩具として鎖に繋がれていた頃とは別人の顔で。
あの時は鷹人に並び立てる大人に見えるようハーフアップに結んだ。
棘だらけで歪とはいえ確かな恋だったことは否定しない。
ただ、今はもう短くしてしまった髪。
切ってみて初めて重かったことを雛子は自覚した。
金の毛先はふんわりと軽やかに肩の上で揺れて、比べてみれば雛子は随分と印象が変わったものである。
それから、首元がすっきりしたのでピアスを開けた。
雛子の耳朶には小さなガラス玉が光っている。
全てセルフでやったことがあるだけに、シルバーピアスが耳にザクザク刺さった鳳一郎は雛子にニードルを刺す時も手慣れたもの。
ピアッサーは手軽だが力づくで捩じ切る形なので治りが悪いからと、ここは任せることにした。
突き刺される瞬間の熱と高揚を鮮やかに刻まれた。
初めてに拘る必要は無いと鳳一郎は言うが、彼からの傷が欲しかったなんて流石に自虐的か。
それは呑み込んで、玄関で落ち合ったら口にする言葉はもう決まっている。
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