鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

文字の大きさ
52 / 57
番外編

そしてまた春は巡る

しおりを挟む
あの後、しばらくして最上家からの宅配便は海を越えてやって来た。
確かに、いつまでも別れた恋人の物が手元にあるのも鷹人だって困るだろう。
これらは雛子が置き去りにしてきた甘い記憶の欠片。
断捨離とは部屋だけでなく心の整頓の為でもある。

「届いた」と鷹人に連絡を入れるべきか。
スマホのメッセージアプリを起動させようとしたものの、鳳一郎へ向き直った雛子の指先が止まる。

「鳳一郎、私が鷹人様と連絡取ってたら嫌かな」
「あー……でも、雛子にとっては親戚なんだろ?」

包容力が海のような鳳一郎は拒絶しない。
分家で同年代の女子なら友人も居る訳だが、それを除くと雛子が連絡を取れる親戚は鷹人くらいか。
まだ存命かつ、もっと血縁の近い父方祖父母からはほぼ切られているというのに。
今度こそ削除するべきかと思ったIDは保留。

「血縁って厄介だね、本当に」


さて一方、あちらの血縁も変化あり。
関東から北国までのちょっとした旅を共にして、鷹人とヨタカはあれから軽く交流するようになったらしい。

当主のことなので落胤は他にも心当たりがありそうなものだが、今頃はあの世というか地獄なので永遠に謎か。
とりあえずは鷹人にとってこの世に残された、ただ一人きりの弟。

崇拝やら暴走やらの原因は今まで会話が足りていなかったことだろう。
完璧な若当主様どころか、鷹人が欠けているというところをしっかりと見てもらえば良い。
他にも頭痛持ちで雨の日は唸っているだとか、飛行機や絶叫マシンが苦手だとか、意外と可愛い物が好きで寝室にクマのシリコンライトを置いてるだとか。
愛着が湧くか幻滅するか、そこはヨタカの心がどう動くかによるが。

知ることから世界は広がるのだ。
話しても分かり合えない人間とは居るものだが、何もしないうちから諦めるのも早かろう。

まだ間に合う筈だ、父親と違って生きているのだから。

「そういや、兄弟で雛子にフラれたことになんのか」
「いっそ寂しい同士でデキちゃえば良いのに……止めないよ、私」

過激な台詞が雛子の口から滑り落ちる。
本気だか冗談だか、かといって笑いもせずに。


お喋りはさておき、段ボールを開封してからは一つずつ丁寧に中身を取り出す作業。
流石に当主から贈られた服は無かった。
そもそも雛子を着飾る目的は綺麗な人形を自慢したいだけのことだ。

鷹人の場合、そこに想いが込められていたことなら知っていた。
奥から出てきた見覚えのあるモカピンク。
これは、初めてデートした時に贈られたニットワンピース。
本来の雛子はミントやラベンダー系の色が好きだが、これは悪くなかった。
女性的な曲線を綺麗に包んでくれて肌触りも良い。

春が遅れてくる北国、あれはようやく桜が舞っていた頃だったか。
鷹人と手を繋いで石畳を歩いたヒールの靴も、それでもまだ寒いだろうからと巻かれたストールも全部ある。


「なぁ、コレ一枚だけで値段六桁行くんじゃねぇか」
「ん……鷹人様のそういうところも苦手だった……」

ワンピースからブランドのタグを見つけて思わず呟いた鳳一郎の呟に、雛子が頷いた。
彼もまた金持ちには変わりないので目が肥えている。

置いてきた一番の理由がそこであることは事実。
怖くて貰えないだろう、こんな高価な物。
折角送ってもらったとはいえその後どうするかは鷹人も雛子に託した訳だ。
持て余すだろうし、いっそのこと売ってしまおうかなんて薄情な考えが過る。

とはいえ、雛子は金に困ってないのだが。

最上家を去ってから時間が開いてしまっていたものの、祖父母に奪われていた両親の遺産と当主が遺言書に書き記した分は雛子のもとに戻ってきていた。
「受け取る正当な権利があるから」と鷹人が手続きしてくれたそうだ。
当主の方は性的虐待の口止め料を兼ねているとはいえ、それ以外で誠意を示す方法も無いので悩んだ末に受け取ることにしておいた。


「俺も雛子に似合うと思うけどよ、もう着ないのか?」

ふとモカピンクを広げながら鳳一郎が何でもない顔で質問を投げ掛けてきた。
これは飽くまでもただ訊いているだけ。

「……鳳一郎、見たい?」
「ん、俺も着替えてくるからロストルム行こうな」

幾ら鳳一郎が良いと言ったところで不誠実ではないかと思うことも忘れてない。
前の男から贈られた服でデートというのもどうなのだろうか。
しかし、誘われたからには断る理由も無し。



四角く切り取られた姿見の空間、そこにはニットワンピースに身を包んだ雛子が映っている。
愛玩具として鎖に繋がれていた頃とは別人の顔で。

あの時は鷹人に並び立てる大人に見えるようハーフアップに結んだ。
棘だらけで歪とはいえ確かな恋だったことは否定しない。
ただ、今はもう短くしてしまった髪。
切ってみて初めて重かったことを雛子は自覚した。
金の毛先はふんわりと軽やかに肩の上で揺れて、比べてみれば雛子は随分と印象が変わったものである。


それから、首元がすっきりしたのでピアスを開けた。
雛子の耳朶には小さなガラス玉が光っている。

全てセルフでやったことがあるだけに、シルバーピアスが耳にザクザク刺さった鳳一郎は雛子にニードルを刺す時も手慣れたもの。
ピアッサーは手軽だが力づくで捩じ切る形なので治りが悪いからと、ここは任せることにした。

突き刺される瞬間の熱と高揚を鮮やかに刻まれた。
初めてに拘る必要は無いと鳳一郎は言うが、彼からの傷が欲しかったなんて流石に自虐的か。

それは呑み込んで、玄関で落ち合ったら口にする言葉はもう決まっている。


「鳳一郎、今日は何のパフェ食べる?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...