鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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番外編

帰巣時間

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「……ほら、帰るぞ」

ロストルムを後にして早々のことだった。
鷹人からこんな兄弟らしい言葉を掛けられると、思わずヨタカの喉が詰まってしまう。

この縁もゆかりも無い遠い地。
昔から一方的に憧れていた兄に連れられ、今から北海道まで帰る訳だ。
気まずいような、待ち焦がれていたような。
ずっと抱えていた感情が渦を巻いて、熱を帯びて、何たる複雑な旅路になるだろうか。
考えただけで血が煮え立ってしまいそうだ。


考えてみれば、そもそも実の父が亡くなってから歯車が狂うように奇妙なことばかり。
行動力はある方だとヨタカも自覚していたが、今回は激情でエンジンが掛かって暴走してしまった。

まず親戚としては近い方なので、雛子の居場所を探るのは倉敷家に訊ねれば簡単なこと。
相変わらず金だけなら自由に使えたのでバスの時間は探偵を使って調べ、ここまでの旅費も大したことない。
足早に訪れる大学の春休みを利用しての決行。

謝罪で手打ちにしてもらえたとはいえ、きっと頭が冷えたら罪悪感でのた打ち回ることになるだろう。
それこそがヨタカにとって本当の罰。


まずはチェックアウトの為に宿へ戻る。
観光旅行でもなし、寝泊まりなんてどこでも良いと適当に選んだのはビジネスホテル。
家では冷遇されがちだったとはいえ、社長令息なのでヨタカもこういう所は初めて使った。
質素だとは分かっていたことだし一人で過ごすだけなら十分。
この狭さが却って落ち着くとも言えた。

「……何だここは、独房か?」

しかし本家の一人息子様は桁が違う金持ち。
こちらもビジネスホテルなんて無縁の鷹人からすれば、檻にも等しいらしい。
あまりにも真面目な声で呟くものだから、却ってヨタカも噴き出しそうになる。


そうして肩の力が抜けたのも一瞬。
ヨタカの纏めた荷物を鷹人が何の気なしに持ったものだから、思わず笑いも引っ込む。

「いや、いい、です……自分で持ちますから……」
「別にこのくらい気にするな、お前が逃げないように持ってるだけとでも思え」

空いた片手がひらりと軽々一つ舞う。
気負うなという意味だろうが、言い分もまた事実か。
こうしてホテルまで着いてきたのも見張り半分。

とはいえ、今更ヨタカがどこに行けると言うのか。
悪巧みはブレーキを踏まれて失敗。
実家ですらもう居場所を失っているようなものなので逃げたところで宛も無く、意味も無いのだ。


「ところでお前、夕飯はどうする?」

ふと、鷹人からヨタカに問い掛け。
パフェを食べたばかりなので腹は空いてないが、確かにこれから先は長いか。

そういえば冠婚葬祭で同じテーブルを囲んで会食することはあっても、一緒に食事したとは言い難い形。
二人きりとなると全く別物である。
考えたこともなかったので、どうすると訊かれたところでヨタカも思考停止してしまう。

「ここの名物の弁当でも買っても良いが、レンタカーだし車内で飲食はあまり行儀が良くないな……もしくはサービスエリアの食堂とか」

黙ってしまったヨタカを見かねて鷹人が具体案を一つ二つ。
二人の間には明確な上下関係があり、そちらが決めたことなら無条件で従うのに。
こちらに希望を訊いて、合わせてくれるなんて。

「あー……そういうところで食事するんですね、若当主様でも」
「一人旅くらいするし、普段と違うものを食べてみるのが旅だろ」

意外、とはそういう意味ではなかったのだが何となく口に出す時のは気が咎めて引っ込めておいた。
若干嫌味な響きになってしまったのは鷹人も気付かなかったか、それとも振りをしてくれているのか。

言葉の裏を読んだり含みを持たせるのは非常に疲れる。
それならば失礼を承知で踏み込んでみたい。

知ることから世界は広がる。
ヨタカが勝手に崇拝していた鷹人の像は頭の中にしか居ないのだから。
雛子への羨望で絡まっていた蔓が枯れた今なら素直に受け止められる確信があった。


「あの人と何があったか、聞いても良いですか?」
「……面白い話ではないぞ」

苦笑で唇を解いた鷹人はやはり惚れ惚れするような色男だった。
それでも今までで一番人間味のある表情。

さて、これから二人で刻一刻と近付く夜を駆ける旅へ洒落込む。
出来るならば傷を見せてほしい。
ここに居るのは完璧な神様などではないと、どうか教えてほしい。
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