鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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一章:秘密は殻の中(鳳一郎視点)

05:コンビニ

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確かに帰らねばならない時間なのだが、蟻の巣から追い払われて雪の中を彷徨うキリギリスはこういう気分なのだろうか。
パフェを食べた後で追い返されては余計に冷えてしまう。

止まり木代わりにコンビニでも寄って行くか。

そういえばパフェでベタつく手を洗う暇も無かったもので、自動ドアをくぐった後は真っ先に水場を借りることにした。
後半は急いで掻き込んだ所為か、明るい場所でよく見ればモッズコートにもアイスが垂れていたので染み抜きもしなければ。

他に客が居ないのを良いことに狭いながらもしばらく立てこもっていた、その時である。


いつの間にか店には客が訪れていたらしい。
しかし穏やかでなく、怒鳴り声。

一瞬驚いたもののトイレのガラス窓から店内を覗きつつ確認。
鳳一郎が黙って会話を聴いていると、どうやら状況はこういうことだそうだ。

ガラの悪い男がセルフコーヒーを持ったまま店内をうろついていたところ、品出しをしていた若い女性店員がぶつかって男のジャンパーに零してしまった。
「ハイブランドなので何十万もする、弁償するか身体で支払え」という主張。
レジにも男性店員が居たので何をしているのかと思えば、狼狽えるばかりで助けに行く気配無し。


それはひょっとしてギャグで言っているのか?

なんて下手なナンパなのだろう。
もはやどこから突っ込めば良いのやら分からない。


まず、布に零したばかりのコーヒーなんて流水で落ちる。
あの男は洗濯を母親任せにして一度も自分でしたことが無いのだろうか。
クリーニング代ならまだしも何十万は大袈裟。
コンビニなので監視カメラくらいあるだろうし、仮にコーヒーが女性店員の過失だとしても警察を呼べば相手の方が恫喝で圧倒的に不利。

ついでに言えばハイブランドだというそのジャンパーも、背中のロゴに違和感があると思えば綴りが違うのでコピー商品である。
ここが一番の笑いどころ。
もしかしたら彼はそうと知らないまま買って大金を騙し取られた被害者なのかもしれないが、女性店員には関係のないこと。


そうこうしているうちに「男の良さを教えてやる」なんて台詞が飛び出て、女性店員が店外へ腕を引っ張られそうになっている。
いよいよ犯罪の匂いがする緊急事態か。
口を押さえて震えていた鳳一郎も、もう笑ってはいけないので顔を引き締めた。
前髪を上げて胸元を開き、これで武装完了。

トイレのドアを開けた頃には表情も別人を装う。


「お兄さん、怒った顔凄ぇセクシーだねぇ……遊びたいんなら俺にしとけよ」

ナンパなどで助けに入る場合、男の方に絡むに限る。
グルだと思われて女性店員に警戒される恐れもあるのだし。


「な……ぁ……?なん、何、だよテメェ……」
「あー……それそれ、可愛いねぇ……なぁ、男の良さ教えてくれんだろ?」

こういう時、鳳一郎が纏う色気は攻撃的。
瞳孔がハートになっている表情を作って、薄っすらとした笑み。
吐息混じりにねっとりとした甘い低音は得意。

男も喧嘩慣れしてそうな風貌だが、不意に背後から濃い影が落ちてきては上擦った声で動揺していた。
流石に百九十八センチ百五キロの筋骨隆々とした同性からこんな絡まれ方をするのは初めてか。
自分を捕食者だと思っている輩ほど、舐めるように性的な視線を向けると凍り付いてしまう。

確かに演技ではあるのだが、半分は本音。
というのも妙な性的嗜好なんて人ならば誰しも持っているが、鳳一郎の場合は「怒っている人間ほど可愛く見えてしまう」という何とも業が深いもの。
野球部の監督に惹かれてしまう理由もそこである。
怒鳴りつけられている部員達は怯えているが、こちらからすれば臆面もなく怒りを垂れ流している姿がもう堪らない。


股間や尻など直接的な部分を揉むのは猥褻行為になるので、こちらが不利。
恋人繋ぎの四本指でするりと手を絡ませて捕獲完了。
親指を掌の隙間に潜り込ませて情事のように摺ってやると、明らかに男が手汗を噴き出していた。

その汗のお陰で滑り、手が離れたので男が駆け出そうとしたところジャンパーの腕を掴んで鳳一郎が凄まじい力で引き寄せる。
ここで耳元に吹き込む、とどめの一言。


「……ヤりたくなったらまた来な、俺ずっと待ってるから」

また来たら今度こそ喰っちまうぞ、という宣言。
恐らく彼はこれで二度と来ないだろう。


先日見たモンスターパニック映画に喰われた最初の犠牲者そっくり。
裏返った悲鳴もそこそこ、化物から命からがらという有様で逃げ帰って行った。
自動ドアの反応が鈍かったのでガラスに突進してしまい、勢い良く肩をぶつけていたが構わずに。

ああ、面白ぇ。

最善というのは咄嗟の時に行動出来ないものである。
悪質なナンパは通報しても良いのだが、女性店員が連れ去られそうだったのでつい割って入ってしまった。
いや、半分は憂さ晴らしや好奇心か。
怒鳴っている男に対して可愛いと感じたのは本当。
正義感やそういったものではなく、単にここで自分が出て行った方が面白そうなことが起きると思っただけ。


その後の対応は粛々と。
レジの男性店員に注意したところ、あちらまで震え上がっていたが失礼過ぎる。
裏に居た店長を呼んで報告すると、周辺のコンビニで同様の手口による連れ去り事件が頻発していることまで判明した。
念の為、帰る時は女性店員の家族が迎えに来ることになったので一安心。
鳳一郎も「近所だからまた見回りで来る」と言い残して、今日はこの辺で。

男からは化物扱い、お礼を言いつつも女性店員から引き攣った顔を向けれられてしまった。
それで良い、別に何一つとして傷付かない。


ゲイバーでも逃げられたことなら何度もあった。
経験豊富とはうまくいかなかった数の多さ。
遊びも本気も振るのも振られるのも慣れているし、向け合う矢印の重さが変わってしまえば執着するのは無駄という考えだった。
愛が腐敗する前にすっぱり別れた方が良いと。

それでも、鳳一郎にとって雛子がまた居なくなるのは考え難い。

並んで写っている写真なら赤ん坊の頃からある。
幼馴染という刷り込みかもしれない。
卵を破って、最初に見た者に付いて行ってしまっただけなのか。
一緒に学校へ通って、昼は雛子の作った同じ弁当を食べて、こんな同棲状態だというのに。

気付くとこうして彼女のことばかり考えている。


日付が変わる前には帰ってきて、雛子の体温で暖まった布団に潜り込んだ。
朝になったら素知らぬ顔で「おはよう」を交わす。
来島家の女性陣は夜職なので、いつも起きた時には鳳一郎一人きりだった。
共に炬燵でトーストを齧る時間は悪くない。

「特別」とは何も眩しく光輝いているものだけであらず、欠けたら困るもののことも含む。

好きだとか愛しているだとか、もうそんな言葉では足りなくなっていた。
雛子の居る日常がとても愛おしい。
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