鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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一章:秘密は殻の中(鳳一郎視点)

06:猛暑日

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一番最初の写真は大きな腹をした鳳一郎の母が、赤ん坊の雛子を抱いている姿だった。
ついでにまだ子供だった姉らも一緒に並んで。

母親同士が学生時代からの親友。
同学年ながら誕生日が半年違いなので幼児の頃は月齢の違いが顕著で、鳳一郎よりも雛子の方が大きかった写真なら沢山ある。
とはいえよく交流していたのも小学生の頃までか。
家もそう近い訳でなく学校も違う上に男女、成長するごとにそれぞれ違う時間を生きることになる。

尤も、まだ子供だった雛子に対して性別を意識したことなど無かったが。
昔から背が高い方でショートの金髪に細い手足、水色を好んで服装もユニセックス。
外国の絵本に出てくる美少年といった風体で、活発な悪ガキだった鳳一郎とは世界の違いを感じたものである。


初めて雛子のスカート姿を見たのは、彼女の両親の葬式だったか。
学生は例外なく学校の制服での参加となる。
淡い金髪が影を落とす泣き腫らした顔に、真っ黒なジャンパースカート姿。
人一倍の度胸があって怖い物知らずの鳳一郎も言葉が詰まって、うまく息が出来なくなったのを覚えている。

あの時、本当なら鳳一郎の母は雛子を引き取るつもりだった。
しかし彼女の父方の本家当主とやらが頑として譲らず連れて行ってしまったのである。
あちらは血縁がありお堅い仕事、こちらは飽くまでも友人関係でしかなく水商売。
親権は血縁関係に基づくのでこればかりはどうにもならなかった。

それもこの関東を遠く離れて本家は北の大地。
きっと今生の別れになるだろうと、鳳一郎にもようやく静かで重い喪失感が伸し掛かった。


というのも、もう中学の頃の話。

人生何があるか分からないもので月日を経て再会は高校二年生の夏だった。
あの当主も突然の事故で亡くなったそうで、行き場を失くした雛子の後継人として今度こそ鳳一郎の母が名乗り出た。

来島は高祖父が極道の家柄。
まさか母が暗殺者でも送ったのではないかとつい考えしまったが、流石に妄想しすぎか。


数年ぶりに会った雛子はすっかり髪が伸びていた。
鳳一郎との身長差も更に大きくなり、もう少女の立ち振舞い。
ちなみに「倉敷」の名が変わるのは抵抗があるそうで、とりあえず養子縁組などの話は一旦持ち越し。
もしそうなると誕生日の早い雛子が姉で鳳一郎は弟になる訳か。

兎も角、そんなこんなで雛子が来島家に引き取られてからは何かと慌ただしい夏であった。
女性陣が精神ケアの為に世話を焼いたり、必要な物を買い出しに行ったり。

たびたび蚊帳の外へ締め出しを食らいつつも二学期に同じ高校へ編入が決まったので、鳳一郎が行動を共にするのは九月から。
昔、何を話していたのかなんてもう思い出せない。
ならば一から再び始めるまで。
口数少なめな相手なので無理に言葉を引き出さず、再会してからというもの無言でも穏やかな空気が流れており雛子と過ごすのは心地良かった。



あれは向日葵も枯れてしまう猛暑の七月だった。
恋焦がれた太陽があまりにも強くて命を奪われてしまう花なんて、何とも悲劇的。

鳳一郎が子供の頃は毎年煩いくらいだった筈の蝉の声も減って、皆どこへ行ってしまったのだろう。
全体的に開放的は日本家屋は猛暑に強い造り。
とはいえ向日葵でなくても命の危機を感じ、クーラーがあっても心許ない。
子供の頃からよく泳ぎに行っていた市営の温水プールはゴミ処理場の拡張だとかで春に閉鎖されてしまい、始まったばかりの夏休みをどう過ごせば良いのか。


こんな日は無性にパフェが食べたい。

そう思ったらすっかり甘い物の口になってしまい、鳳一郎はどうせなら雛子も誘おうと日陰を選びつつ離れ家へ足を運んだ。
ロストルムは午後からの営業なのでもうすぐ開店時刻。
二学期から学校へのバス停まで案内するついで、涼みに連れて行こうと。


インターホンを鳴らしたものの、鳳一郎が手を掛ければ呆気なくスライドした引き戸。
確かに敷地内なので鍵が掛かってなくても問題無し。
欄間になっている離れ家の入り口はガラスから差し込む光で玄関が明るい。
「お邪魔します」と呟いてからサンダルを脱ぐと、裸足を着いた廊下の板が重みで軋む音一つ。

「ン……っ、うぅ……」

それくらい静かなので雛子の声は明瞭に響いた。
玄関に入ってすぐ左、寝室。
襖の向こうから押し殺された苦しげな呻き。


一瞬で思いつくだけでも可能性は三つ。
具合が悪くて寝ているか、泣いているか、また或いは。

玄関を開ける音や来客の存在は流石に伝わったと思うが、それでも出てこないということは都合が悪いのか。
タイミングを間違えてしまったようで困った。
このまま黙って消えるのも失礼なので、襖をノックだけしておく。

「……誰?」
「いや、あの、俺だけど……出掛けるからお前も誘おうかと思ったんだけどよ、都合悪いみたいなら……」

考えながら喋ったものでうまく言葉が纏まらない。
そうして適当に足早に去ろうと思ったのに、それは叶わなかった。

あちらから襖が開かれて、鳳一郎の肩が跳ねる。


乱れた金髪を纏った、しっとり桃色に染まる肌。
緩んだ唇から繰り返す吐息が甘い。
股下ぎりぎりのロングTシャツ一枚きりの格好。
汗で布越しに身体のラインが浮き上がり、下着はつけないようだった。

鳳一郎の方は縫われたように視線が外せず、心臓が騒がしい。
熱で潤んだブラックコーヒーの双眸に見上げられて堪らなく苦しくなる。

寄りによって三番目とは。
自慰の可能性もあることなら想定していた、だから去ろうとしたのに。


「鳳一郎、触ってほしいの……こっちで誰ともしてないから、そろそろ一人じゃ限界……」

そんな姿を晒しながら、雛子の声は更に情欲を撫でてくる。
理性が焼き切れそうな寸前。
並の男なら、この場で荒々しく押し倒している。


「いや、あの、でも俺、男としかしたことないからよく分からねぇんだけど……」

またも考える前に零れ落ちてしまった声。
つい言わなくても良いことを明かしてしまった。
当然の話、雛子の表情に訝しみが混ざる。

「嫌って意味なら突き放してよ、他にしてくれる人探すから」
「……嫌な訳あるか」


断る口実かと思われたようだ、そんな筈ないのに。
もうパフェのことは頭から消えていた。
今まで築いてきた幼馴染の関係だとか、これから姉弟になるかもしれないとか、そういう物を壊すことになる。

分かっていながら鳳一郎は手を伸ばした。

ただ、決して発情だけで触れたくなった訳でない。
この時の雛子は何だか傷を隠している子供のように見えたのだ。
「誰とも」というのも妙に引っ掛かる。
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