鳳凰の巣には雛が眠る〜かつて遊び人だった俺と慰み者だった君が恋人になるまで〜

タケミヤタツミ

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二章:冷たい鳥籠(雛子過去編)

24:岐路

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父が仕事と異性関係で家庭を顧みない、なんて最上の血筋ではよくある話。
分家も含めて高い商才と共に多淫の呪いが受け継がれているという噂は昔から付いて回っていた。
各種企業や学校や病院の設立にと多忙を極めるにも関わらず、まだ遊べる精力があるのだから根本的に心身が強いのだ。

本家の一人息子、最上鷹人もそんな家庭環境で育った。
ただし別に孤独ではなかったと思う。

まず父とはビジネスライクな夫婦関係を築いていた母から真っ当に愛されていたのが大きい。
本人もどことなく放っておけない雰囲気がある為、愛情深い同級生が下心無しに寄ってくるので常に友人と呼べる相手も居た。
年頃になると彼女も出来たが、同じだけの愛情を返せず申し訳なくなって別れることが何度か。


そういえば一度、父が親戚の女に手を出して妊娠させてしまった時には流石に母の実家である日下部家へ身を寄せたこともあった。

散々揉めたものの、あちらの家もそこそこ大きな会社を持っており跡継ぎを欲していたので認知や金で一応は決着。
愛人の家は金に困っておらず、父ともお互い執着が無かったのは良かったのか悪かったのか。
これで離婚になった場合、まだ幼い鷹人が最上家に取られてしまう可能性が高かったので母も渋々ながら呑み込んだのだ。
けじめとして父もパイプカットは受けたらしいが。

こうして表面上は親戚付き合いを続け、愛人のもとには男児が生まれた。
その子が鷹人の弟であることは最上家とあちらの家だけで伏せられた秘密の話。

何しろ親戚間に於いて最上家は王様。
恐ろしいことに傲慢も許されてしまう、将来的に鷹人が背負うのはそういうものだった。


それにしても、幼い頃から鷹人にとってこの広い屋敷は酷く底冷えする場所だと感じていた。
生まれ育った家ではあるが、結局は父のテリトリーであり子供のうちの自分は使用人達にとっても付属品でしかない。

雰囲気や精神の例え話でなく物理的な意味もある。
そもそも北海道なので気温が低い。
ただでさえ万年末端冷え性で、手足が冷たくて眠れないこともある鷹人には堪えた。

晴れた日の真昼、ガラスの温室は風を通さず光を集めるので逃げ込むようによくここで過ごした。
屋敷で一番暖かく、女子じゃあるまいし日焼けを気にする必要もない。
本来は料理で使うハーブを育てる為の場所なので、そのまま千切って食べてしまう癖も。


そんな中、父との決裂は母が亡くなった時のことか。
この年は高校受験だったので鷹人のメンタルが絶不調だったのも当然の話。
それで滑り止めだった寮付きの学校しか受からず叱責を受けた為、流石に物心付いた頃から積もり積もった物が爆発して大喧嘩になった。

しかしこの学校も偏差値が決して低い訳でなく、寮では家で厳しく育てられた金持ちの令息達で集まって自由に過ごせたので悪くない高校生活だったと思う。
故に、鷹人は人の愛や優しさも知っている。

それでも心身の芯は常に凍えていた。
どうしたら解けるかなんて、分からないまま。


寒がりのペンギンが南国を目指し、氷を切り取った船で海を渡る古い名作を観たことがある。

大人になってからは留学や一人暮らしを経験して、居心地が悪ければ暖かいところへ避難しても良いのだと知った。
が、所詮は一時的なもの。
いずれ最上家を継ぐ身の鷹人はどこにも行けない。


そんな約十年、尤もらしい理由を付けて冠婚葬祭も欠席して寄り付かずにいたら親戚関係もいつの間にかすっかり変わっていた。

医者家系の倉敷家の息子が金髪の嫁を貰ったとかで、悪し様に言われていたのは鷹人が子供の頃の話。
こうして生まれた娘が数年前に両親を亡くし、祖父母が渋ったので最上家で引き取られたと。
使用人という名目だった筈だが、何故か当主である父は甚く大事に扱っていてまるで実の娘のようだなんて話。

そのことを鷹人が知ったのは随分と後だった。
異母弟の件だけでも複雑だというのに、今になって義妹が出来るとは。

あの父も年を取ったりして心境の変化でもあったのか、或いは本当なら娘が欲しかったのか。
ただ、親戚達は倉敷家の娘を出汁にして「流石、当主様は慈悲深い」なんて知ったような口で媚びを売るのだから放置されていた実子からすれば腹立たしい。


それはそれとして鷹人は気になっていた。
父が手を差し伸べたという薄幸の少女とやらを。

そうしてとある春のこと、初めて倉敷雛子と対面を果たす。

親戚達からは「色が白くて気味が悪い」などと聞いていたが、鷹人はそう感じなかった。
腰辺りまで伸びたふわふわの綺麗な金髪。
零れ落ちそうな大きめの垂れ目と淡いそばかすで少し幼い可愛らしい顔立ち。

春が似合う柔らかな印象はどこかルノワールの少女画を思わせた。
芸術に理解が深いとされる父が愛してやまない画家なので、一応は納得したというか。
しかしながら表情は凛と、身長が高めで大人びたスタイルなのでアンバランスな色気も。

まだ高校生だとは分かっていたし、飛び抜けた美少女だとかいう訳でもなし。
それでも気味が悪いどころか彼女にだけ光が当たっているようで惹かれてしまった。
恋とは自分の意志と裏腹に落ちるものであって、相手を選べない。

一目惚れとは、自覚すると酷く恥ずかしい気分だ。


とはいえ鷹人は呑み込んでおくつもりだった。
容姿が好みだった、で完結して親しくなりたいとかそういう願望は別に無かったのに。

使用人としてその家に関することは守秘義務が守られるが、それは飽くまでも外部へのことに限る。
余計なことを喋りたがる者は居るもので鷹人に密告があった。
父が雛子を引き取ったのは性欲処理の為だと。

決裂の時に吐き出してからまた約十年、新たに溜め込んでいた父への負の感情。
ここに雛子に対する芽生え立ての恋情やら何やらが混ざり込み、複雑なマーブル模様。
まるで煮え滾る魔女の鍋のような激情そのまま、強引に鷹人も雛子と関係を持った。


最上の血筋には多淫の呪い。

あの中で一番強い色があったとするなら嫉妬を表す緑。
沸き立つ欲望は歪みをもたらす。
雛子を抱ける父が羨ましかったのだ、結局のところ。

実際、雛子は男の欲を注ぐには女として一級品だった。
どこに触れても柔らかく、情欲で桃色に染まった肌がしっとりと吸い付く。
唇も乳房も尻も甘い汁気を含んだ果実を思わせる。
突き刺せば、蕩けそうな熱に搾り取られた。


こうして初日は欲のまま貪って酷いこともした訳だが、迫った時に雛子は碌に抵抗も拒絶もせず鷹人に身体を開いた。
父にそう仕込まれたのだと思うと無性に苛立つ。
睨み付けられたり罵倒されるくらいは可愛いものと受け止めるつもりだったのだが。
反応次第では途中で止める気だって。

鷹人が威圧的に接した時、雛子のあどけない顔立ちに差し込んだ不似合いな暗さを思い出す。

ただ妙なことに、その双眸は絶望や陰鬱とも違った。
こちらを見透かすような魔力めいた色。
ともすれば、どちらが優位に立っているのか分からなくなりそうな。


それとは別に、初めて鷹人の名を呼ばれた時に酷く動揺してしまったのは不覚。
雛子の名を呼んだ時は切なげな表情をされた。

激しくされるより優しくされた方が効くのかもしれない。
時間を掛けてじっくりと抱いたところ、大きな目が溶け出したように涙を見せて何と可愛らしいことか。
鷹人が欲しかったのはこういう表情だった。

もっと見たい。
父じゃなくて、自分を見てほしい。


それにしても、まだGW二日目。
あんなにも抱き潰すくらい求めていたもので一日一日の密度の濃さに改めて驚く。
ベッドで告げた通り午前は勉強、午後は少し外出の予定。
今朝雛子と肌を重ねたばかりだけに鷹人の中で魔女の鍋も落ち着いていた。

書斎に入り込んだのは早めの昼食を終えてからのこと。
子供の頃から「ここに入るな」と禁じられていたが、そんな言いつけ聞いてやらぬ。
父も同じ資格を持っていた筈なので、勉強に必要な本があるだろうと狙って留守中の無断立入。

書斎の壁際は天井高くまである大きな本棚で埋まっており、多種多様なジャンルが並ぶ。
やはり狙い通り目当ての本なら机の近くで見つかった。


その時、鷹人の手が滑ったのは偶然か巡り合わせか。
床に落ちたのは本数冊だけではあらず。

背表紙を並べている中にあった時は気付かなかった。
ぶつかって開いた、本の形をした収納ボックス。
箱には中身というものがある。
そこから顔を出したのは、手帳とUSBメモリ。


この時までは疑問を多少感じつつも、鷹人は早く元に戻さねばとしか思っていなかった。
落ちた手帳は背表紙を上にして開いた形での着地。
拾い上げてみれば、正確には写真がぎっしり収められたアルバムと気付く。

あの父に限って家族写真だけはまさか有り得ない。
隠されていたということは、疚しい物。

別に見るつもりなど無かったのに。
ページを閉じようとして、ちらりと目を引いた菫色。
鷹人の心臓が一つ跳ねた。


「……は、ぁ……っ?」

写真は一から十まで乱れた金髪と菫色の制服。
今よりも幼い泣き顔で。
これは、雛子の痴態を詰め込んだアルバムだった。

その場で立ち尽くしたまま、鷹人は戦慄する。


あまりのことで一瞬思考停止してしまったが、その中で気付いた点も。
アングルは固定されており写るのはこの机の上のみ。
恐らくすぐ脇にある本棚から見下ろす形での隠し撮りだろう。

よく見れば件の収納ボックスは蓋の部分に小さなカメラの穴。
なるほど、スマホをセットすれば収まるサイズか。


アルバムだけでも大きすぎる衝撃だったが、忘れてならないことがもう一つ。
それならばUSBメモリの中身は大体察しが付いた。

スマホに保存すると、紛失したり万が一の時に流出する恐れが伴う。
持ち歩くということはどこで落とすか分からない面もあるのだ。
絶対に安全とはいかないが、父は自分だけのテリトリーに隠して持つ方を選んだ訳か。


アルバムとUSBメモリを持つ手が微かに震える。
悍ましさと怖いもの見たさ。
混じり合って、火花を散らし、息も出来ない。

どうしようか。



床に落ちた物を元通り直し、鷹人は書斎を後にした。
箱の中身だけ自室へ隠し持って。

魔が差したというのは誰にでもあること。
ましてや恋情が絡んでいれば、誘惑は恐ろしく甘美。
ここには鷹人の知らない雛子が居る。
花が毟り取られ、捻り散らされ、ぐちゃぐちゃに噛みしだかれるところが見たかった。

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