私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ

文字の大きさ
9 / 11

第7話 商会が生まれた日

しおりを挟む
エリシアが商会を立ち上げたのは、追放されてからではない。

もっと前――
学園に在学しながら、王太子の婚約が内定した直後のことだった。

正式な婚約発表はまだ。だが「婚約者候補」として、彼女は少しずつ王宮の実務に関わり始めていた。

その頃、エリシアは奇妙な違和感を覚えていた。

王宮は、確かに回っている。だがそれは、“誰か”が裏で整えているからだ。

書類。
契約。
人と人の間に生まれる、細かな歪み。

それらを放置すれば、
少しずつ、だが確実に綻びが広がっていくことを、彼女は理解していた。

そして同時に、それを本気で見ている人間が、ほとんどいないことにも。

違和感が確信に変わったのは、公爵家の帳簿を確認したときだった。

数字が合わない。
支出は増えているのに、
収入が追いついていない。

母の社交費。
父の場当たり的な取引。
「公爵家だから」という理由だけで結ばれた、不利な契約の数々。

ある日、
エリシアは父に進言した。

「この契約、条件が悪すぎます。見直した方が――」

返ってきたのは、ため息混じりの言葉だった。

「細かいことを気にするな。家のことは、いずれ誰かが何とかする」

その瞬間、エリシアは理解してしまった。

――誰も、何とかしない。

危機に気づいていながら、目を逸らす人間しかいない。遡って帳簿や資料を確認すると、祖父が亡くなってから、家の蓄えは徐々に減り、歪みが静かに広がっていた。
それが、彼女が商会を立ち上げる決定打だった。

エリシアは、ヴァンローズ家の名を使わなかった。使えば簡単だ。信用も、取引も、すぐに得られる。

だが、それでは意味がなかった。

欲しかったのは、逃げ場ではない。

選択肢だった。

もし、王宮で何かが起きたとき。
もし、家が彼女を守らなかったとき。

そのとき、自分一人で立てる場所。

家の名で始めれば、気づかれた瞬間に、
すべてを奪われる可能性がある。

だから彼女は、名もない小さな商会として始めた。最初に扱ったのは、王宮と貴族家をつなぐ“調整業”だった。

余剰品の再流通。
契約条件の見直し。
仲介手数料の最適化。
輸送ルートの整理。

誰もやりたがらないが、やらなければ必ず歪みが出る仕事。

だがエリシアにとっては、日常の延長だった。

だから分かっていた。これは、商いとして成立する、と。商会の成功は、派手ではなかった。だが、確実だった。

数字が合う。
納期が守られる。
契約が曖昧にならない。

「頼めば、必ず整う」

その評判が、静かに広がっていった。

誰も、その商会の主が王太子の婚約者だとは知らなかった。

それでよかった。

だからこそ――
追放されたとき、エリシアは慌てなかった。

すでに彼女は、「何者でもない自分」で
生きていける基盤を持っていたからだ。

商会は、彼女の野心ではない。

保険だった。

そして同時に、自分を安売りしないための、最後の一線だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

婚約者様への逆襲です。

有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。 理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。 だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。 ――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」 すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。 そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。 これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。 断罪は終わりではなく、始まりだった。 “信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

笑う令嬢は毒の杯を傾ける

無色
恋愛
 その笑顔は、甘い毒の味がした。  父親に虐げられ、義妹によって婚約者を奪われた令嬢は復讐のために毒を喰む。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

魔女見習いの義妹が、私の婚約者に魅了の魔法をかけてしまいました。

星空 金平糖
恋愛
「……お姉様、ごめんなさい。間違えて……ジル様に魅了の魔法をかけてしまいました」 涙を流す魔女見習いの義妹─ミラ。 だけど私は知っている。ミラは私の婚約者のことが好きだから、わざと魅了の魔法をかけたのだと。 それからというものジルはミラに夢中になり、私には見向きもしない。 「愛しているよ、ミラ。君だけだ。君だけを永遠に愛すると誓うよ」 「ジル様、本当に?魅了の魔法を掛けられたからそんなことを言っているのではない?」 「違うよ、ミラ。例え魅了の魔法が解けたとしても君を愛することを誓うよ」 毎日、毎日飽きもせずに愛を囁き、むつみ合う2人。それでも私は耐えていた。魅了の魔法は2年すればいずれ解ける。その日まで、絶対に愛する人を諦めたくない。 必死に耐え続けて、2年。 魅了の魔法がついに解けた。やっと苦痛から解放される。そう安堵したのも束の間、涙を流すミラを抱きしめたジルに「すまない。本当にミラのことが好きになってしまったんだ」と告げられる。 「ごめんなさい、お姉様。本当にごめんなさい」 涙を流すミラ。しかしその瞳には隠しきれない愉悦が滲んでいた──……。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

処理中です...