CODE:AW 赤き指輪と夢見の魔女

黒咲鮎花

文字の大きさ
9 / 26
第二章 捜査開始

現場

しおりを挟む
 2026年8月29日。 4時46分。
 新宿ワシントンホテル1203号室。
 
 その日の朝は早かった。ホテルに帰ったのは前日の23時過ぎ。疲れ切ってシャワーを浴び、眠りについたのは午前1時過ぎだった。

(まさかいきなり事件発生だなんて……)

 無理矢理電話で叩き起こされたのは今から30分程前。正直まだ寝た気はしなかったが、クリスさんからの一報で眠気が完全に吹き飛んだ。

〈姫宮捜査官、CODE:AW該当事件発生です。至急準備をし該当エリアに向かってください。場所は品川エリアB-13A2のビル屋上です。ホテルエントランスに車を手配しています〉

 ここからそう遠くは無い。手早く支度整え、ホテルを出る。よく考えてみれば、前日は満月の夜だ。事件が発生する可能性は大いにあった。

(昨日は色々なことがありすぎて、迂闊だった……)

 幾多のCODE:AW該当事件には月齢が関係している。被害者が殺されたと思われる日はいずれもほぼ満月の夜だ。おそらく殺されたのは昨晩、まだ被害者については聞いていないが、おそらく先日の朝ニュースで流れていたあの子だ。

 『〈次のニュースです。東京都品川区にある聖アルサード女学院高等学校の三年生、はまさんが先日から行方不明となっており――〉』

 先日から、となると26日には既に帰宅しておらず、その日の夜か27日の朝には警察へ捜索願を出したのだろう。28日の朝にはテレビで公開捜査となっている。成田に着いたのが27日の夜19時30分。ひょっとしたら夜のニュースでも流れていたのかもしれないが、覚えている限りそんなニュースは無かったかのように思う。

 ホテルのロビーで、車の鍵を渡された。ロータリーでハザードランプが点滅している黒のセダンがある。よく見るとルーフに小さな赤色灯が付いている。あの車だ。ロックを解除し、急ぎ車に乗り込む。行き先は品川区。まだ早朝ということもあり道は空いているはずだ。


 現場に着いたのはそれから20分後。時間は5時30分になろうとしている。ビルの屋上からは都会の朝の風景が一望できた。ただその一角は既に鑑識班が到着しており、その中に神蔵の姿もある。

「遅いぞ。姫宮」

 相変わらずだ。これでも早朝の道を飛ばしてきたのだ。どうこう言われる筋合いは無い。鑑識が屋上の隅で白骨化した遺体を調査している。それから1分も経たない内に別のスタッフが現れ、何やら棒状の装置を屋上の四隅に設置しはじめた。

「光学遮蔽スクリーン起動します」

 スタッフがそう言うと、装置が動き始める。内側からは周りの景色は変わらないが、外側からは装置で囲われた一角が見えなくなる。軍事分野では光学迷彩技術が既に実用化されているらしいが、その技術を応用したものらしい。噂には聞いていたが、こうやって実物が作動している様を見るのは初めてだった。

「失礼します」

 そう言って鑑識が遺体を調べている中、間近でその様子を確かめる。そこには完全な白骨化した遺体があった。

「骨の状況から、被害者は行方不明になっていた聖アルサード女学院高等学校三年、浜野由奈で間違いないだろう。骨から割り出された性別と身長、DNA情報も本人のものとほぼ一致している」

「もうDNA鑑定まで終わってるの?いくら何でも早すぎじゃ……」

「――予め事件は予測出来ていたからな。昨晩はかなりの警戒ドローンを飛ばしていた。警戒ドローンが遺体を発見したのは今から約3時間前。発見後は速やかにクリスが専用のドローンで骨の一部を回収。ラボで即座にDNA鑑定を行った。驚くことじゃない」

(犯行を既に予測して動いていた訳ね…… 当然と言えば当然か――)

「それにしても、ここまで綺麗な白骨とはね…… 付近に血痕や肉片は?」

「何1つ見つかっていない。ただ、気になる点はあるがな……」

(気になる点…… 神蔵は何かに気づいている?)

 辺りを見回してみる。白骨化した遺体は屋上の隅に、屋上の中央の方を向いて崩れているように見える。

(何かに―― 追い詰められていた……?)

 そう考えるとこの位置取りの辻褄が合う。誰かと会う約束をしていて、何らかの方法で突然不意に殺害され白骨化したのなら、骨は屋上の中央付近、景色を見ながら話していたと仮定しても、四隅には行かないはずだ。微妙に崩れてはいるものの、おそらく中央を向いて白骨化しているということは、何者かに追い詰められたと推測できる。
 
「姫宮、お前はどう見る?」

「被害者は誰かに追われてビルの屋上まで逃げてきた。そして何者かに追い詰められ、逃げ場のなくなった被害者は無残にも白骨化して死に絶えた…… というところかしら。誰かと待ち合わせをしていた、というのは考えにくい。高校三年生の女の子がこんなビジネスビルの屋上に来るわけが無い。30階建てだしね。第一屋上に通じるドアは普通なら施錠されているものじゃないの?」

「該当事件が起き始めてから、ビルの管理者には屋上に出入りが出来ないようドアの施錠の通達は行っていたはずだ。民間人が出入りできる状態にはなっていない」

「そうよね……」

 その時、誰かが屋上にやってきた。UCIAスタッフが制止する声も聞かず、こちらに近づいてくる。

「UCIA特別捜査官、神蔵久宗さん、姫宮麻美さんですね」

 黒のスーツを着た男女ペア。男は神蔵ほどの身長だ。黒い髪をオールバックにしている。女性のほうも割と高身長だ。170cmはあるだろうか。胸までは無いがセミロングほどの黒い髪は若干ウェーブがかかっているように見える。女性は神蔵と私に軽くお辞儀をする。

「公安警察第七課、じようとしみちです。こちらはみずはら。割り入ってすみません」

「……何者だお前達」

 神蔵が睨み付けるように九条という男に鋭い視線をおくる。

透鴇とうとき課長から、是非お二人に挨拶をするように言われましてね」

(――透鴇課長? ってまさか……)

   神蔵が一瞬眉を動かした。
 
 「……お前達、てつの部下か?」

「はい。日本国内でも専門の捜査機関を立ち上げましてね。お二人に協力するよう課長から仰せつかっています」

 ゆっくりとした口調。表情と合わせて何処にも嫌みが無い。相手に警戒心を全く与えないような、それでいて懐にゆっくりと入っていくような喋り方。

「――哲也に伝えておけ。とな」

 神蔵が九条に言い放った。

「課長からこれを預かっています。どうぞ」

 水原という女性が私に横長の封筒を手渡す。上質な紙で出来たオシャレな封筒だ。

「それでは私達はこれで」

 九条と水原は共にお辞儀をすると、すぐにその場から立ち去っていった。

「ねぇ、神蔵。透鴇課長って哲也のことだよね? 異例の早さで警視正になったのは知ってたけど……」

 とうとき哲也てつや。年齢は28歳、私達とはハーバード大学で一緒だった旧友だった。大学時代では心理学を専攻していた私と神蔵だったが、哲也も心理学を専攻している課程から知り合った仲だ。

「現場検証もそろそろ終わったようだ。いったん車へ戻るぞ」


 車内へと戻る。神蔵は現場にヘリで移動してきたらしい。落ち着いた雰囲気のある高級セダンの中が話をするには最適だった。色々と話したいこともある。

「しかしこんな朝早くに公安の人間から挨拶されるとは思ってもいなかったわ……」
 
「公安第七課か…… 現場に到着したのは姫宮とほぼ変わらない時間だった。おそらく向こうも事件の発生を俺達と同じ早さで把握していることを、さりげなくアピールしたんだろう…… 封筒の中はなんだ?」

「開けてみるね」

 お洒落な封筒を開けてみると、そこには手紙と何かのチケットが2枚入っていた。

「――すごい。六本木グランドタワー51階、高級レストランのVIPルーム予約チケットだ」

「……手紙はお前宛か?」

「えっと…… そうね」

 手紙は私に向けて書かれていた。要約すると、久しぶりに3人で再会を祝いたい。室長にも許可を取ってあるから是非時間を作って来てほしい。とのことだった。チケットに書かれている日付は本日の20時だ。

「室長に許可を取ってるだと……?」

「そうみたいね。室長にまで手を回しているところ見ると、今回の事件と関係がありそうだけど…… 情報交換かしら?」

「日本でも専門の捜査機関を立ち上げた――と言っていたな。その挨拶も兼ねてだろうが…… どのみち俺は気乗りしない。いくならお前一人で行ってこい」

 神蔵が吐き捨てるように言う。

「――ちょっと待ってよ。せっかく3人で再会できるんだし、こんな素敵なお店も取ってくれているのよ? 室長の許可が下りているということは事件がらみの情報交換の場でもあるんじゃないの?」

「だったら余計に俺が行く必要はない。お前宛に書かれていた手紙だろう。お前は一人でメモも取れないのか?」

 相変わらずだ。妬いているのかよく分からないが、皮肉も交えるのは勘弁してほしい。

「分かったわ。私一人で行ってくる。後で室長に何処まで情報交換に応じて良いのかは確認するけど、その無愛想な態度は何とかしてほしいわね。頼りないかもしれないけど一応バディなんだから」

 昨日のこともあるが、この無愛想な態度は許しがたく思える。元から神蔵は無愛想だが、FBIで共にバディを組んでいた頃は、まだ厳しい中に温もりがあった。初対面の人間にも、まだ人当たりが良かったと思う。先ほどのような態度を取る人間では無かった筈だ。

 そもそもあの頃とは顔つきや目つきがまるで違う。まるで全てに憎しみと疑惑を向けるような…… それでいて何処か悲しそうな目をしている。

 FBIから忽然と姿を消してからの、空白の1年半。瀕死の重傷からリハビリを兼ねて今現場に復帰していることを考えると、回復するまでに3ヶ月から半年は時間を要したはずだ。それを考えると、FBIから姿を消してからの約1年の間に何か重大なことがあったのだと考える。

「そろそろ戻るぞ。ベースで情報整理だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

処理中です...