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【 第8話: ふたりの居場所 】

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 彼女と暮らし始めて、あれから1ヶ月が経とうとしていた。
 僕は彼女のおかげで、まだ仕事を辞めずに続けられている。

 彼女がいてくれることで、僕は仕事にも打ち込むことができているんだ。
 僕らはすっかり打ち解け合って、彼女に触れることも多くなってきた。

 手を繋いで歩いたり、時にお姫様抱っこで冷蔵庫まで連れて行ったり。
 僕らは本当の恋人同士に近づいていたんだと思う。

 でも、一つ問題があるんだ。
 それは、長く彼女に触れられないということ……。
 長く触れ合えば、彼女の肌は黒くなってしまう……。

 彼女を抱きしめたい……。

 その思いをずっと心の中に仕舞い込んでいる。


「明日泊まりで出張が入ったから、帰ってくるまで一人でお留守番頼むね」
「そうなの? タケルさんと会えないなんて、寂しいな……」

「あはは、1日泊まるだけだから。その後、休日にどこかデートにでも行こうか?」
「あっ、うん♪ デートしたい♪」

「どこがいい?」
「日和はねぇ~……」

 彼女は楽しそうに色々な場所を話した。
 そんな彼女の楽しげな笑顔を見ていると、とても温かい気持ちになる。

 冷蔵庫に入る前、僕は彼女に一つお願いをしたんだ。
 肌には長く触れていられない。だから、せめて彼女の綺麗な長い髪に、少しでも長く触れていてもいいかと。

 彼女は一言「うん」と言ってくれた。
 僕は彼女の冷たい髪を、右手で上からゆっくりとやさしく撫でる。

 すると、不思議なことに、僕が撫でたところから、髪の色が寒色系から、はっきりとした暖色系へと変わっていった。
 それはまるで、霞んでいた虹が徐々に綺麗に姿を現すかのようだった。

 その光景を見た彼女は、目を輝かせ嬉しそうに、少しふっくらとした頬に笑窪えくぼを作る。

「うわぁ~、綺麗~。まるでタケルさんが私の髪に『魔法』をかけたみたい。うふふっ」


 彼女はこんな僕を頼ってくれている。
 ちょっと前まで、死のうとしていた人間が、彼女のおかげで居場所を見つけられたんだと思う。

 そして、彼女自身も自分の存在をどう理解していいのか、分からずにいるはず。
 だから、僕は彼女を守る。

 僕と彼女の『ふたりきりのこの場所』を……。


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