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~6~ アリーシャ視点
しおりを挟むジニア侯爵家嫡男、マルクス・ジニアを知ったのは王国学院に入学してからだった。
入学後しばらくすると「氷の公爵令息」がいるとの噂を耳にする。
氷とはなんだろう?と思ったが、氷のようにいつでも冷静沈着でめったに笑わない。
笑ったとしてもそれは社交辞令だから、本気になってはいけないと言う。
なるほどそういうことかと納得した。
でも、アルバート殿下や周りの友人達と一緒にいるマルクスは大きな声で笑う事はないが、それでもよく笑顔を見せる人だった。
冷静さも周りをよく見、常に誰にでも平等に接しようとするだけで、決して冷たいわけではない。
そんなことを知り始めたら、彼のことから目が離せなくなった。
学年も違うし接点など一つもないが、それでもこれが初恋なのだと知る。
彼を狙う令嬢は多くいるだろう、しかし、彼は学園在学中は勉学に集中するため婚約者をおくことはしない。候補者をおくこともしない。すべては学園卒業後であると公言していたようで、学園の中では彼の周りに令嬢方が群がることは一切なかった。
それならば、卒業のタイミングがチャンスであるとばかりにアリーシャは父親に懇願するのだった。
「お父様。私、心に決めた方がおります。」
かわいい末娘の突然の宣言にハミル侯爵は一瞬固まり、しばらくするとハラハラと涙を流し始める。
「アリーシャが、私のアリーシャが、そんな、、、結婚なんてまだ早すぎるよぉぉぉ。」
大の大人がさめざめと泣く姿を、他の家族は冷ややかな目で見る。
「お父様、すぐに結婚するわけではありませんし、お相手の気持ちもありますから。
私などでは無理な方だと重々承知しています。でも、せめて釣書だけでも見ていただいて、あの方の手から捨てていただきたんです。
初恋を引きずらないように、そうでないとこの先結婚はできないかもしれません。」
しおらしい娘のふりをして俯きながら父親にねだってみる。
心の中は言葉の通り、これから先誰に嫁ぐにしてもこの思いを引きずったままでは自分にも、そして相手にも失礼である。
初恋をキレイに忘れるためには玉砕するのもまた一つの方法だろうと、荒療治のつもりだったのだ。
父親であるハミル侯爵はそこまで思い慕う娘の意をくみ、縁談話を持ち掛けることにした。
学園在学中は一切の縁談話を受け付けないと公言しているらしいことから、学園卒業翌日の朝一番に公爵邸に侯爵自らが乗り込んだのだ。それも前触れも無しで。
本来ならば代理人が届ければ十分であるし、ましてや自分よりも高位貴族家に先ぶれも無しで朝一番に突撃などありえない。
が、娘可愛さゆえに後先のことも考えずに押しかけてしまったのだ。
ハミエル侯爵の強い後押しだけでは決してないが、それでも公爵の心に残るものはあったのだろう。
間もなく婚約の運びとなるのである。
それからというもの、まだ学生であるアリーシャは学業と同時に公爵夫人となるべく教育を受けることなる。
学園が休みの日に公爵邸に足を運び、公爵夫人や執事などから教示を受ける。
だが、マルクスは執務で忙しく顔を合わせることはない。
それでも定期的に会ってお茶を共にできるだけでアリーシャは嬉しかった。
忙しい身分のマルクスにわがままを言うことは我慢して、次に会える日を心待ちにするのであった。
そんなアリーシャに対して、その気持ちを知ってか知らずか?いや、知らないだろうその男は、こともあろうに自分の主に対して自分の婚約者を宛がうような真似をする。
「忙しい」からと言い残し自分に王太子殿下を接待するように告げる婚約者。
最初は本当に忙しいのか?と考えたが、どうやらそうではないらしい。
怒りと悲しみと絶望が心の中を交差するが、王太子殿下相手にそれをぶつけることも出来ずにひたすら淑女の皮を被ることに専念する。
王太子殿下との会話は楽しいものだった。時間はあっという間に過ぎていく。
でも、ここにいるのが想い人のマルクスでないことが切なかった。
護衛に帰宅を促されると、堪らず心の声が出てしまった。
「今日のこの場はマルクス様のご意思なのでしょうか?」
王太子殿下は慌てていたようだが、実は私の事を好ましく思っている。だから仲を取り持とうとしていると告げられる。
「は?」と淑女らしからぬ声が出そうになるが、寸でのところで我慢した。
いやいや、それはないでしょう?どういうこと?と、思っていたら、どうやら気に入ってもらっているのは本当のことらしい。もう笑って誤魔化すしかないわ。
段々と怒りがこみあげてきて王太子殿下相手に今にも掴みかかる勢いで、「自分の事を気に入ってくれているなら真剣に考えてみてくれ!」と叫んでしまった。
ああ、どうしよう!などと思うのは後の事。今はマルクスに対する怒りが頂点で冷静になれない。
王太子殿下と手紙のやり取りを取り付けると帰途に着く。
家に戻り冷静になってくると、自分の仕出かした数々が思い出され逃げ出したくなる。
でも、時間は戻らない。
そうだ、王太子殿下に手紙で相談しよう。
そう思い立つとすぐに便箋に想いをしたためる。
かくして二人の文通は始まるのだった。
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