王太子殿下にお譲りします

蒼あかり

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アルバートがアリーシャの肩を両手で抱え、自分に引き込むようにした姿を窓から見下ろした俺は、何も考えられないまま執務室を抜け出し走り出していた。
階段を駆け下り、渡り廊下を走り、たどりついたその先にルドルフがいた。

「?」ルドルフの疑問を纏った顔を駆け抜け、二人の目の前まで来ると、俺は何も言わずにアリーシャの手を掴み歩きだしていた。

「マルクス様?」驚いたように俺の顔を見上げ、アルバートの顔と交互に見ているらしい。

「マルクス様、あの?殿下は?え?」

「いいから!」

強い口調で言うと、あとは無言でついてくる。
いつもなら彼女の歩調に合わせて歩くのに、今日は俺の歩調で、しかも少し小走りなスピードに彼女はついてくるのがやっとだろう。
だが、少しでも早くこの場から離れたい。
アルバートの視界の中からアリーシャを遠ざけたい。その一心だった。

傍らで護衛として立っているルドルフが苦笑いを浮かべていた。

「後で責任はとる」

「なんの責任だよ。そんなもん初めからねえよ。バーカ。」

そう言って歩き出す彼は、アルバートの元に行ったのだろう。
俺は一度も振り向かずに歩き続けた。

アリーシャの手を強く握りしめたまま無言で歩き、人気のない温室まで来る。
夕方でうす暗くなったそこは電気も付いていなく、窓から赤い日が差す。

「マルクス様?一体どうしたのですか?」

温室に付くとアリーシャが息を切らせながら問うてくる。
うっすらと汗を滲ませた額に、掴んだ手とは反対の手でそっと指を添わせると、ビクリと目をつぶる。

そうか、そう言えば、婚約者でありながらこんな触れ合いすらも皆無だったと、改めて思いだす。
これでは簡単に愛想を付かされても文句は言えないと苦笑する。

「マルクス様?」

いぶかし気に俺の瞳を覗き込むように見上げてくる瞳。
彼女の瞳はこんなにも情熱的で愁いを帯びていたのかと、確かめるようにじっと見つめる。
すると、「あ、あの?どうかされたのですか?」と、顔を赤くしたアリーシャの方から目をそらし、いまだ握りしめている彼女の手首を逃れよう引いてくる。
ああ、まだ手を掴んだままだった。と思い出すが、なんとなく離してやることができなかった。

アリーシャと向かい合い、ふと彼女の肩に意識が向くと先ほどアルバートがの手が置かれたことを思い出し、かぁーっと頭に血が上るのがわかった。
俺は、何かを考える間もなく咄嗟に彼女を抱きしめていた。

「っ!!」

アリーシャの声にならない叫びが、、、聞こえないことにする。

驚いて固まったままのアリーシャを抱きしめたまま、

「アリーシャ。すまない。君を離してやれない。アルバートにも、誰にも渡せない。」

彼女の頭に顔を埋め、強く抱きしめる。

「マ、マルクス、さま?何のことですか?」

え?なんのこと?
アリーシャの肩に手を置き、身体を離すと

「君は僕と距離をおきたいと・・・その、僕に呆れたのでは?」

「え?私が?そんな、決してそのようなことはありません。むしろ私の方がマルクス様にはふさわしくないと思われたのかと。」

真っ赤な顔をして必死の形相で訴えてくる顔が可愛くて、思わず吹き出してしまった。

「!!なんで?」

アリーシャは益々顔を赤らめ、手で顔を覆い逃げようとするが、離れないように肩においた手に力を込める。

「アリーシャには謝ることから始めないといけない。」

そう言うと、今までの自分の行動を説明し理解を求めた。
前から、殿下がアリーシャを気に入っていたこと。
殿下が望むのであればアリーシャとの婚約を解消し、殿下に差し出すことも視野に入れていたこと。
元々政略的な婚約であったとの認識から、アリーシャの気持ちをまったく考えていなかったことも。しかし、少し距離をおきたいと言われたときに言い表せない衝動にかられ、それからは自分でもわからない気持ちで仕事にも支障をきたすようになってしまったこと。
さっき、庭園で殿下がアリーシャの肩を掴んだ様子を窓から見て、思わず駆け出してしまい、何も考えずにここまで連れてきてしまった。

そして、今気が付いた・・・

「俺は君を、、、アリーシャ・ハミルを愛している。」

見上げるその瞳が涙であふれ、瞬きとともに雫がひとつこぼれた。

「私の方が、ずっと前からマルクス様をお慕いしております。」

恥ずかしそうに笑みを浮かべながら、彼女が俺の胸に体を預けるように顔を沈める。
俺は彼女の肩から背中に手を回し、力を込めて抱きしめた。

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