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~4~ 昔のように
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身支度を整えエドワードを待っていると、約束の時間通りピッタリに彼は現れた。
家族と軽く挨拶をした後、いつものように手を取り馬車に乗る。
エドワードと会う時はいつも彼の考えたコースだった。そこにアグリシアの希望はひとかけらも含まれることはない。
「今日は湖に行こうと思う。今、ボート遊びが流行っているらしいんだ」
馬車に乗り、その日の予定を聞かされる。これもいつものこと。
そしてアグリシアはそれに否を唱えることはなく、素直に従うだけ。
だけど今は夢の中。自分の夢の中くらい好きにしたい。
「エドワード様。実は今日はあまり体調がすぐれないのです。ですから屋外ではなく、涼しい室内にしませんか?」
少しの笑みを乗せ、エドワードの顔色をうかがうように答えた。
「なに?」
ああ、またお小言が始まるのか?とうんざりしながら言葉を待ったが、エドワードの声が届かない。不思議に思い彼を見ると、何やら顎に手をあて考えこんでいる。
「あ、あの。エドワード様?」
「ん?ああ、すまない。そうか、具合が良くないのなら無理はしない方が良いと思う。
そうだな、では今日は王都の図書館にでも行こうか?あそこなら喫茶もあるし、静かに過ごすことができる。お前は本が好きだったろう?」
アグリシアは驚いた。いつもなら絶対にお小言が飛んでくるはずなのに、今日はない。それどころか、自分を労わる言葉まで口にしたのだから。
でも、考えて納得する。ここは自分の夢の世界、だからこんなに優しいのだと。
(いつもこんなに優しかったら良いのに)
二人を乗せた馬車は間もなく王都図書館に着いた。
アグリシアとエドワードは図書館でそれぞれ好きな本を選び、何故か並んで座り本を読み始めた。普通の婚約者同志なら当然のことなのだろうが、今までこんな事はなかったからアグリシアはどうしようかとソワソワする。
だが、そんな気持ちも面白い本を読み始めれば消えてしまう。隣にエドワードがいることも忘れ、夢中で本を読み始めた。
今、アグリシアが読んでいる本は、昔読んだことのある恋愛小説。
少しぶっきらぼうなヒーローが主人公の女性に片思いをし、お互いすれ違いながらも最後には両思いで結ばれる王道の恋愛小説。
大好きで何度も読んで、セリフを暗記したほどの小説。今、アグリシアはそのセリフを頭の中で繰り返している。
隣に座るエドワードの視線に気が付くこともないままに。
どれくらい時間が経ったのだろう? ゆっくりと視線を上げ、存在を忘れていた隣を見ると何故か目が合ってしまった。
「す、すみません。私ったら夢中になってしまって」
「いや、気にしなくていい。お前は昔から本を読むと夢中になっていたから。疲れたろう?下の喫茶でお茶にしよう」
エドワードは静かに席を立つとアグリシアの手を取り、喫茶へと向かった。
窓際の風のよく吹き抜ける席に座り、二人で紅茶とクッキーを頼んだ。
クッキーはサクサクでとても美味く、つい頬が緩んでしまう。
そんなアグリシアの顔を見て、エドワードは自分のクッキーをそっとアグリシアの前に差し出した。
「お前は甘い物が好きだから。具合も良くないのならあまり食べすぎるのもどうかと思うが、その様子では大丈夫だろう。これも食べるといい」
「え? それではエドワード様の分が無くなります。私は大丈夫ですから、召し上がってください。美味しいですよ」
「いや、お前の喜んで食べる姿を見ている方が良い。遠慮するな」
(なに? この人、誰? 誰よ?)
あまりの変わりように自分の夢の世界だという事も忘れて、アグリシアは驚き動揺を隠せない。こんな甘い事を言われたことなんて、今まで一度だってなかったアグリシアは頬を赤らめた。
思いのほか楽しい時間を過ごし、馬車に乗り帰路に着く。
こんな風に過ごすことが夢だったんだと気がついて、アグリシアは少しだけ満足していた。普通の婚約者同志がするような事をしたためしがないのだ。夢が一つかなったことに満足感を感じていた。
「今日はお前らしくなかったが、昔に戻ったようで楽しかった。以前はこんな風にちゃんと会話が出来ていた気がするんだ。今度はお前が好きなところに行こう。きっと、また楽しく過ごせると思う」
そう言ってエドワードは少しだけほほ笑んだように見えた。
アグリシアはそんな彼の顔を見て、自分まで笑顔になっていることに気が付く。
(本物の婚約者になったような気がするわ。なんだか嬉しい)
「じゃあ、また。学園で会えたら声をかけるから」
エドワードはアグリシアを送り届けると、手を振り帰って行った。
こんな普通の事が嬉しいなんて、なんて単純なんだろうと思いながら、初めの頃の淡い恋心を思い出していた。
(私、まだエドワード様のことが好きだったんだ)
自分の中の秘めた思いに気が付いたら、もう元に戻すことはできない。
夢の中ならもっと仲良くなれるかな? そう思いながら眠りに着くために寝台に潜り込む。それなのにこの場所に来ると、どこからか声が聞こえる。
『アグリシア、アグリシア』
どこか遠くで呼ばれているような。頭の中に直接問いかけられるような。
そんな感覚に陥るのだ。
どこかで聞いたことのあるような、でもこんなに強く心を揺さぶられるような声など聞いたことがない。
心を締め付けるような、切羽詰まったような声。
何かが心に引っかかり、不安にもさせられる。
その声を聞きたくなくて、アグリシアは頭からシーツを被り眠りについた。
家族と軽く挨拶をした後、いつものように手を取り馬車に乗る。
エドワードと会う時はいつも彼の考えたコースだった。そこにアグリシアの希望はひとかけらも含まれることはない。
「今日は湖に行こうと思う。今、ボート遊びが流行っているらしいんだ」
馬車に乗り、その日の予定を聞かされる。これもいつものこと。
そしてアグリシアはそれに否を唱えることはなく、素直に従うだけ。
だけど今は夢の中。自分の夢の中くらい好きにしたい。
「エドワード様。実は今日はあまり体調がすぐれないのです。ですから屋外ではなく、涼しい室内にしませんか?」
少しの笑みを乗せ、エドワードの顔色をうかがうように答えた。
「なに?」
ああ、またお小言が始まるのか?とうんざりしながら言葉を待ったが、エドワードの声が届かない。不思議に思い彼を見ると、何やら顎に手をあて考えこんでいる。
「あ、あの。エドワード様?」
「ん?ああ、すまない。そうか、具合が良くないのなら無理はしない方が良いと思う。
そうだな、では今日は王都の図書館にでも行こうか?あそこなら喫茶もあるし、静かに過ごすことができる。お前は本が好きだったろう?」
アグリシアは驚いた。いつもなら絶対にお小言が飛んでくるはずなのに、今日はない。それどころか、自分を労わる言葉まで口にしたのだから。
でも、考えて納得する。ここは自分の夢の世界、だからこんなに優しいのだと。
(いつもこんなに優しかったら良いのに)
二人を乗せた馬車は間もなく王都図書館に着いた。
アグリシアとエドワードは図書館でそれぞれ好きな本を選び、何故か並んで座り本を読み始めた。普通の婚約者同志なら当然のことなのだろうが、今までこんな事はなかったからアグリシアはどうしようかとソワソワする。
だが、そんな気持ちも面白い本を読み始めれば消えてしまう。隣にエドワードがいることも忘れ、夢中で本を読み始めた。
今、アグリシアが読んでいる本は、昔読んだことのある恋愛小説。
少しぶっきらぼうなヒーローが主人公の女性に片思いをし、お互いすれ違いながらも最後には両思いで結ばれる王道の恋愛小説。
大好きで何度も読んで、セリフを暗記したほどの小説。今、アグリシアはそのセリフを頭の中で繰り返している。
隣に座るエドワードの視線に気が付くこともないままに。
どれくらい時間が経ったのだろう? ゆっくりと視線を上げ、存在を忘れていた隣を見ると何故か目が合ってしまった。
「す、すみません。私ったら夢中になってしまって」
「いや、気にしなくていい。お前は昔から本を読むと夢中になっていたから。疲れたろう?下の喫茶でお茶にしよう」
エドワードは静かに席を立つとアグリシアの手を取り、喫茶へと向かった。
窓際の風のよく吹き抜ける席に座り、二人で紅茶とクッキーを頼んだ。
クッキーはサクサクでとても美味く、つい頬が緩んでしまう。
そんなアグリシアの顔を見て、エドワードは自分のクッキーをそっとアグリシアの前に差し出した。
「お前は甘い物が好きだから。具合も良くないのならあまり食べすぎるのもどうかと思うが、その様子では大丈夫だろう。これも食べるといい」
「え? それではエドワード様の分が無くなります。私は大丈夫ですから、召し上がってください。美味しいですよ」
「いや、お前の喜んで食べる姿を見ている方が良い。遠慮するな」
(なに? この人、誰? 誰よ?)
あまりの変わりように自分の夢の世界だという事も忘れて、アグリシアは驚き動揺を隠せない。こんな甘い事を言われたことなんて、今まで一度だってなかったアグリシアは頬を赤らめた。
思いのほか楽しい時間を過ごし、馬車に乗り帰路に着く。
こんな風に過ごすことが夢だったんだと気がついて、アグリシアは少しだけ満足していた。普通の婚約者同志がするような事をしたためしがないのだ。夢が一つかなったことに満足感を感じていた。
「今日はお前らしくなかったが、昔に戻ったようで楽しかった。以前はこんな風にちゃんと会話が出来ていた気がするんだ。今度はお前が好きなところに行こう。きっと、また楽しく過ごせると思う」
そう言ってエドワードは少しだけほほ笑んだように見えた。
アグリシアはそんな彼の顔を見て、自分まで笑顔になっていることに気が付く。
(本物の婚約者になったような気がするわ。なんだか嬉しい)
「じゃあ、また。学園で会えたら声をかけるから」
エドワードはアグリシアを送り届けると、手を振り帰って行った。
こんな普通の事が嬉しいなんて、なんて単純なんだろうと思いながら、初めの頃の淡い恋心を思い出していた。
(私、まだエドワード様のことが好きだったんだ)
自分の中の秘めた思いに気が付いたら、もう元に戻すことはできない。
夢の中ならもっと仲良くなれるかな? そう思いながら眠りに着くために寝台に潜り込む。それなのにこの場所に来ると、どこからか声が聞こえる。
『アグリシア、アグリシア』
どこか遠くで呼ばれているような。頭の中に直接問いかけられるような。
そんな感覚に陥るのだ。
どこかで聞いたことのあるような、でもこんなに強く心を揺さぶられるような声など聞いたことがない。
心を締め付けるような、切羽詰まったような声。
何かが心に引っかかり、不安にもさせられる。
その声を聞きたくなくて、アグリシアは頭からシーツを被り眠りについた。
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