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第三王子の左遷
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数日後、マークがノースハンプ候に封ぜられた。
ノースハンプは北の辺境だ。
南はマルソー家の所領の最北端と接し、北はマークが人質に出されていたノルランド帝国と国境を接している。
広大な草原が広がる放牧地帯で面積は非常に大きいが、実質的には左遷と見るものが多く、皇太子と第三王子の不仲が噂された。
私は昼食のときにマークに聞いてみた。
「マーク、これってどういうこと? この前、王妃様から、王国の遠いところで行ってみたいところはあるかって聞かれたのよ」
「それで、ノースハンプに行ってみたいって言ったんだろ?」
「ええ、あの大草原を思いっきり走りたい、と思ったんだけど、住みたいとまでは思わないわよ」
「第二段階なんだ」
「第二段階?」
「そうなんだ。どういう理由か分からないけど、フローラが君を敵認定したと兄さんが判断したんだ。このまま王都にいると、君が傷つけられてしまう可能性が高いんだよ」
「どういうこと?」
「グロリア伯爵はね、政敵を排除するためには手段を選ばないんだ。娘のフローラも手先になってよく働くんだよ」
「え?」
「彼女は情報収集担当なんだ。男女問わず、彼女の魅力に惑わされて、よく喋るんだ」
「それって、ひょっとして、湖の城に来たのは……」
「君と友だちになるためだよ」
「そうだったの!? あんな子供の頃からグロリア伯爵のために……」
「そんな難しい話ではないよ。お父さんから、あの子の友だちになってあげなさいって言われたら、頑張るでしょ?」
「それはそうね。フローラに悪意はなかったのかな?」
「フローラは悪意の塊だよ。ただ、うまく悪意を隠すし、利用価値のある人には好かれるように振る舞うのも上手い」
「そういえば、学園で私がいいなって思った男子たちは全部盗られたわ」
「うーん、その男子たちが気になるけど、フローラにかかれば、学生なんてイチコロだと思うよ。彼女は人を落とす専門家なんだ」
「トーマスは大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。フローラが兄さんを好きなのは本当みたいなんだよ」
「でも、トーマスは……」
「うん。兄さんも僕もフローラのことは大嫌いさ」
「マークもフローラのことを知っているの?」
「よく知っているよ。会ったのは婚約披露宴のときが初めてだけどね」
「あなたたちとフローラって、どういう関係なの?」
「グロリア伯爵はフローラが産まれたとき、兄さんの婚約者にするよう陛下に願い出たんだ。陛下は本人たちの意思が大事って断ったんだけど、グロリア伯爵が粘って、フローラが十歳になったら、本人たちを会わせて、二人が好き合ったら婚約させる、ってことになったんだ」
「それで陛下とトーマスが湖に来たのね」
「そうなんだよ。実はエイミーがいなかったら、まだフローラのことがよく分かっていなかった兄さんは、フローラを好きになっていたかもしれないんだ」
「そうなの?」
「フローラは病弱で守ってあげたくなっただろう?」
「ええ」
「あれは薬を使った演技なんだよ」
「え? 実際によく熱を出していたけど、あれは薬なの?」
「そうだよ。兄さんの庇護欲をつつくための作戦さ。ところが、君が全部ぶち壊したんだよ。君がおせっかいで、元気で、明るいから、兄さんがフローラの渾身の演技に集中出来なかったんだよ。何度話を聞いても可笑しくて可笑しくて、ホント、大好きだよ、エイミー」
「あまり嬉しくないんだけど……。そういえば、フローラは私のこと『泥棒貴族』って……」
「兄さんを取られたけど、マルソー家に食い込む必要があるので、それぐらいで済んでたんだよ。兄さんを振ったのもよかった。邪魔者になるとグロリア家から殺されるからね」
「殺しにくるの!? それにしても、マーク、随分詳しいけど、どうしてなの?」
「グロリア家は王家の敵だからさ。僕は人質に出されていたけど、グロリア家から標的にされないようにする目的もあったんだ。兄さんの王位を脅かす筆頭だからね」
「じゃあ、今回の左遷は、私たちを守るためなのね」
「その通り。いくらグロリア家でも、王族を殺すのはリスクがあるから、遠くに行けば、あえて殺しには来ないさ」
「あの、ひょっとしてトーマスは……」
「兄さんは今もエイミーのことが大好きさ。でも、エイミーは僕を選んでくれた。兄さんは引いて君を守る道を選んだんだよ。僕は兄さんの分も含めて、二人分君を愛すよ」
私はトーマスが婚約披露宴で一瞬見せたあの悲しげな瞳を思い出した。
でも、同情したら、トーマスに失礼ね。
「私もトーマスのために二人分愛されてあげるわ」
「何だよ、それ……」
ノースハンプは北の辺境だ。
南はマルソー家の所領の最北端と接し、北はマークが人質に出されていたノルランド帝国と国境を接している。
広大な草原が広がる放牧地帯で面積は非常に大きいが、実質的には左遷と見るものが多く、皇太子と第三王子の不仲が噂された。
私は昼食のときにマークに聞いてみた。
「マーク、これってどういうこと? この前、王妃様から、王国の遠いところで行ってみたいところはあるかって聞かれたのよ」
「それで、ノースハンプに行ってみたいって言ったんだろ?」
「ええ、あの大草原を思いっきり走りたい、と思ったんだけど、住みたいとまでは思わないわよ」
「第二段階なんだ」
「第二段階?」
「そうなんだ。どういう理由か分からないけど、フローラが君を敵認定したと兄さんが判断したんだ。このまま王都にいると、君が傷つけられてしまう可能性が高いんだよ」
「どういうこと?」
「グロリア伯爵はね、政敵を排除するためには手段を選ばないんだ。娘のフローラも手先になってよく働くんだよ」
「え?」
「彼女は情報収集担当なんだ。男女問わず、彼女の魅力に惑わされて、よく喋るんだ」
「それって、ひょっとして、湖の城に来たのは……」
「君と友だちになるためだよ」
「そうだったの!? あんな子供の頃からグロリア伯爵のために……」
「そんな難しい話ではないよ。お父さんから、あの子の友だちになってあげなさいって言われたら、頑張るでしょ?」
「それはそうね。フローラに悪意はなかったのかな?」
「フローラは悪意の塊だよ。ただ、うまく悪意を隠すし、利用価値のある人には好かれるように振る舞うのも上手い」
「そういえば、学園で私がいいなって思った男子たちは全部盗られたわ」
「うーん、その男子たちが気になるけど、フローラにかかれば、学生なんてイチコロだと思うよ。彼女は人を落とす専門家なんだ」
「トーマスは大丈夫なの?」
「大丈夫だと思う。フローラが兄さんを好きなのは本当みたいなんだよ」
「でも、トーマスは……」
「うん。兄さんも僕もフローラのことは大嫌いさ」
「マークもフローラのことを知っているの?」
「よく知っているよ。会ったのは婚約披露宴のときが初めてだけどね」
「あなたたちとフローラって、どういう関係なの?」
「グロリア伯爵はフローラが産まれたとき、兄さんの婚約者にするよう陛下に願い出たんだ。陛下は本人たちの意思が大事って断ったんだけど、グロリア伯爵が粘って、フローラが十歳になったら、本人たちを会わせて、二人が好き合ったら婚約させる、ってことになったんだ」
「それで陛下とトーマスが湖に来たのね」
「そうなんだよ。実はエイミーがいなかったら、まだフローラのことがよく分かっていなかった兄さんは、フローラを好きになっていたかもしれないんだ」
「そうなの?」
「フローラは病弱で守ってあげたくなっただろう?」
「ええ」
「あれは薬を使った演技なんだよ」
「え? 実際によく熱を出していたけど、あれは薬なの?」
「そうだよ。兄さんの庇護欲をつつくための作戦さ。ところが、君が全部ぶち壊したんだよ。君がおせっかいで、元気で、明るいから、兄さんがフローラの渾身の演技に集中出来なかったんだよ。何度話を聞いても可笑しくて可笑しくて、ホント、大好きだよ、エイミー」
「あまり嬉しくないんだけど……。そういえば、フローラは私のこと『泥棒貴族』って……」
「兄さんを取られたけど、マルソー家に食い込む必要があるので、それぐらいで済んでたんだよ。兄さんを振ったのもよかった。邪魔者になるとグロリア家から殺されるからね」
「殺しにくるの!? それにしても、マーク、随分詳しいけど、どうしてなの?」
「グロリア家は王家の敵だからさ。僕は人質に出されていたけど、グロリア家から標的にされないようにする目的もあったんだ。兄さんの王位を脅かす筆頭だからね」
「じゃあ、今回の左遷は、私たちを守るためなのね」
「その通り。いくらグロリア家でも、王族を殺すのはリスクがあるから、遠くに行けば、あえて殺しには来ないさ」
「あの、ひょっとしてトーマスは……」
「兄さんは今もエイミーのことが大好きさ。でも、エイミーは僕を選んでくれた。兄さんは引いて君を守る道を選んだんだよ。僕は兄さんの分も含めて、二人分君を愛すよ」
私はトーマスが婚約披露宴で一瞬見せたあの悲しげな瞳を思い出した。
でも、同情したら、トーマスに失礼ね。
「私もトーマスのために二人分愛されてあげるわ」
「何だよ、それ……」
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