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懐妊
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ノースハンプの暮らしは快適だった。
マルソー領との境界に川が流れているが、その川を見下ろすノースハンプ城が私たちの居城だった。
マルソー領に接しているため、領地経営のために何人かを借りて、税収業務を依頼したところ、たったそれだけで税収が二倍になった。
「マルソー家ってすごいな。治水や開墾もお願い出来るかな」
「お父様にお願いしておくね」
しばらくすると、マークは領地の防衛もマルソー家に委託したいと言い出した。
「マルソー家の練兵を見学したんだが、防衛に特化した訓練で、非常に効率的だったよ。兵器も見たこともない変わったものだし、君の実家は一体なんなんだ?」
「昔から地道に土地を耕して、領地を守ることだけに専念してコツコツやって来たみたいよ。その部分のノウハウがすごいみたいね」
領地経営をマルソー家に委託すると、私とマークはすることがなくなってしまった。
「こうなったら、思いっきり遊びましょう」
「いいのかな」
最初のうちは政務をしないことへの罪悪感のようなものがあったが、二週間ほどするとすっかりなくなり、私とマークは、馬に乗って草原を駆け巡ったり、湖まで遠出したり、悠々自適な暮らしを堪能し始めた。
「エイミー、一段と綺麗になったんじゃないか?」
「ふふふ、楽しくて仕方ないもの。よく食べ、よく運動して、よく寝る。これにまさる美容法はないでしょう」
こんな幸せな暮らしが半年ほど続いた。
「僕はもうこのままこうしてエイミーとずっと一緒にいられたら、それで満足だよ」
マークは大草原で仰向けになっていて、私は膝枕をしてあげていた。
「マーク、一人増えそうよ」
マークのサラサラの髪を触りながら、私はマークに妊娠していることを告げた。
「え? それって」
「そうよ、お父さん」
マークはとび上がって、変な踊りをし始めた。
「何? その踊り?」
「ノルランドのバンザイダンスさ。嬉しさを全身で表す方法を僕はこれしか知らないんだよ」
「や、やめて……。あなたを格好悪いと初めて思ったわ」
「そ、そうか? でも、僕はやめないぞ。だって、嬉しすぎるからっ!」
「ちょっと面白ろすぎるからやめてくれる? あははは」
両手を上げ下げしながら、腰を引いて踊るマークを見て、私は笑いが止まらなかった。
私は幸せだった。
私は知らなかった。
私の幸せはトーマスの犠牲の上に成り立っていたことを。
***
東宮殿の執務室にトーマスは鎖でつながれていた。
「フローラ、いい加減、ここから出してくれないか」
「いいえ、殿下。お父様も言っています。早く子を成せと。お子が出来れば出られます。殿下は寝ているだけでいいですから。私が愛してあげますから」
トーマスは監禁され、昼は政務、夜はフローラの相手を強制的にさせられていた。
「湖の城にはいつまで経っても連れて行ってくださらないし、挙げ句の果てはメイドに手を出すなんて。もう殿下には期待しません。大好きな殿下との愛の証が出来れば、殿下がいくら私を邪険にしようと、殿下との繋がりを感じられるわ」
メイドに手など出してはいない。過労で倒れていたところを、介抱してもらっていただけだ。
すぐにメイドはいなくなったが、どうなったのかは分からなかった。
トーマスの近習はグロリア伯爵の息のかかったものだけになっているため、皇太子が監禁されている事実は、表沙汰になることはなかった。
そして、フローラ執念の懐妊は、奇しくもエイミーと同時期だった。
マルソー領との境界に川が流れているが、その川を見下ろすノースハンプ城が私たちの居城だった。
マルソー領に接しているため、領地経営のために何人かを借りて、税収業務を依頼したところ、たったそれだけで税収が二倍になった。
「マルソー家ってすごいな。治水や開墾もお願い出来るかな」
「お父様にお願いしておくね」
しばらくすると、マークは領地の防衛もマルソー家に委託したいと言い出した。
「マルソー家の練兵を見学したんだが、防衛に特化した訓練で、非常に効率的だったよ。兵器も見たこともない変わったものだし、君の実家は一体なんなんだ?」
「昔から地道に土地を耕して、領地を守ることだけに専念してコツコツやって来たみたいよ。その部分のノウハウがすごいみたいね」
領地経営をマルソー家に委託すると、私とマークはすることがなくなってしまった。
「こうなったら、思いっきり遊びましょう」
「いいのかな」
最初のうちは政務をしないことへの罪悪感のようなものがあったが、二週間ほどするとすっかりなくなり、私とマークは、馬に乗って草原を駆け巡ったり、湖まで遠出したり、悠々自適な暮らしを堪能し始めた。
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「ふふふ、楽しくて仕方ないもの。よく食べ、よく運動して、よく寝る。これにまさる美容法はないでしょう」
こんな幸せな暮らしが半年ほど続いた。
「僕はもうこのままこうしてエイミーとずっと一緒にいられたら、それで満足だよ」
マークは大草原で仰向けになっていて、私は膝枕をしてあげていた。
「マーク、一人増えそうよ」
マークのサラサラの髪を触りながら、私はマークに妊娠していることを告げた。
「え? それって」
「そうよ、お父さん」
マークはとび上がって、変な踊りをし始めた。
「何? その踊り?」
「ノルランドのバンザイダンスさ。嬉しさを全身で表す方法を僕はこれしか知らないんだよ」
「や、やめて……。あなたを格好悪いと初めて思ったわ」
「そ、そうか? でも、僕はやめないぞ。だって、嬉しすぎるからっ!」
「ちょっと面白ろすぎるからやめてくれる? あははは」
両手を上げ下げしながら、腰を引いて踊るマークを見て、私は笑いが止まらなかった。
私は幸せだった。
私は知らなかった。
私の幸せはトーマスの犠牲の上に成り立っていたことを。
***
東宮殿の執務室にトーマスは鎖でつながれていた。
「フローラ、いい加減、ここから出してくれないか」
「いいえ、殿下。お父様も言っています。早く子を成せと。お子が出来れば出られます。殿下は寝ているだけでいいですから。私が愛してあげますから」
トーマスは監禁され、昼は政務、夜はフローラの相手を強制的にさせられていた。
「湖の城にはいつまで経っても連れて行ってくださらないし、挙げ句の果てはメイドに手を出すなんて。もう殿下には期待しません。大好きな殿下との愛の証が出来れば、殿下がいくら私を邪険にしようと、殿下との繋がりを感じられるわ」
メイドに手など出してはいない。過労で倒れていたところを、介抱してもらっていただけだ。
すぐにメイドはいなくなったが、どうなったのかは分からなかった。
トーマスの近習はグロリア伯爵の息のかかったものだけになっているため、皇太子が監禁されている事実は、表沙汰になることはなかった。
そして、フローラ執念の懐妊は、奇しくもエイミーと同時期だった。
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