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第一章 人族の国
対等な関係
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夕食は大きなダイニングテーブルにエリザベートと俺の二人だけだったが、メイドが5人も控えていた。
料理は肉とスープとパンだった。
スープは意外と美味しかったが、肉は思った通り、塩とペッパーだけの淡白な味付けだった。パンは硬くてパサパサした感じだ。
前世でオーストラリアに留学していたとき、どこの店の料理もこんな感じの味付けだったので、醤油を持ち歩いていたことを思い出した。
調味料スキルを取っておいて本当によかった。和食の味付けをいつか実現させよう。
飯のことはさておき、今後のことだな。
女神に人類の救世主と言われてから、逃げたくても性格上逃げられなくて、プレッシャーに負けそうだ。
エリザベートも俺の活躍を期待して、家に招待しているはずだ。
早く優秀な上司に会って、どうすればいいか指示を仰ぎたい。というか、救世主役を丸投げしたい。
エリザベートの趣味や好みを聞きたいところだが、上司を見つけるための情報収集が最優先だ。
俺は口を開いた。
「あの、食事中に話をするのはマナー違反ですか?」
前世でも、食事中に話していい国とそうでない国でまちまちだった。聞いておくべきだろう。
「大丈夫よ。どうぞ」
「オークとの戦いですが、人族の軍隊を指揮しているのはどんな方々ですか」
「人族軍は各貴族の私兵の寄せ集めよ。各貴族がそれぞれ自分たちの軍を指揮しているわ」
「エリザベートの家も貴族ですよね?」
「そうよ。メイデン伯爵というの。私兵の規模は人族一よ」
すごい貴族じゃないか。こんな大豪邸に住んでいるのも納得出来な。
「どなたが指揮しているのですか?」
「母がトップで直属の親衛隊が5万、配下に10将軍と呼ばれる将軍がそれぞれ2万の兵を指揮しているわ。合計25万の兵をメイデン家だけで保持しているのよ。人族の兵の3分の1よ」
「え? お母さん?」
「そうなのよ。メイデン伯爵家は代々当主の妻が軍部の最高権力者に就任するのよ」
「兵士も女性なんですか?」
「半々よ。魔法使いと神官は女性がほとんどよ。魔力量は女性の方が多いからなの。10将軍も男女5人ずつよ」
そうか。魔法があるから、軍部の人員構成は思った以上に男女均等なんだな。
「ほかの貴族はどうなんですか」
「私兵を持っている貴族は20もなく、一番多い貴族でも5万よ。我が家が突出しているの」
「王家は兵を持っているのですか」
「持ってないわ。王家は象徴にしか過ぎず、政治にも軍事にもノータッチなの」
王家の扱いだけやけに近代的だな。それにしても、軍事バランス悪すぎだな。メイデン家が人族を支配することも夢ではないということか。
「そうですか。私をお母様に紹介していただけますか」
俺の上司最有力候補だな。
「了解よ」
「あと、魔法について教えてくれますか」
「いいわよ」
「エリザベートは魔法は使えますか?」
「ええ、使えるわよ」
「どんな魔法ですか?」
「死霊系の魔法が得意よ。デスとか。私はノウキのボディガードも兼ねているのよ」
顔に似合わず、恐ろしそうな魔法を使うなあ。
「私は魔法を使えますか?」
「え? 変な人ね。自分のことがわからないの? そうか、記憶喪失だったっけ。 ちょっと待ってね」
エリザベートが俺の額あたりをじっと見ている。
「ふう。私、鑑定の魔法があまり上手じゃないのよ。えーとね、使えるわよ。魔力も男性の割には多いと思うわ。多分だけど時空魔法が得意なようね。珍しいわよ」
そういえば、瞬間移動は訓練すればできるようになるって女神が言っていた。
「瞬間移動ができるようになるんですかね?」
「いいえ、さすがにそれは難しいと思うわ。確かに理論上は可能だけど、大賢者様でもできなかった魔法よ」
女神の口調からすると、瞬間移動はそんなに難しい魔法って感じではなかった。どっちにしても訓練は必要だ。
「そうですか。魔法の訓練を受けたいんですが、どなたか紹介してくれますか」
「時空魔法だとお姉さまが一番の使い手だけど、教える時間あるかしら。ダメもとで聞いてみるけど、お姉さまがダメとなると、ちょっと思い当たらないわ。メイデン家は母が死霊系で父が時空系なの。私は容姿も魔法も母似なのよ。姉は容姿は母似だけど、魔法は父に似たのよ」
「エリザベートの兄弟はお姉さんだけですか?」
「兄が2人いるわよ。2人とももう結婚していて、子供もいるわ。王都に住んでいるわよ」
何だか、家族とか意識させられると、守らなきゃいけないという責任感が出てきて、プレッシャーに押し潰されそうになる。
「あのエリザベート、私は軍事の天才でも何でもないです。女性の部下に絶対的な命令を出すスキルを持っていますが、私自身に才覚がないので、私が才覚のある人の下につく必要があります」
エリザベートは微笑んだ。この微笑む表情がとても綺麗だ。
「ふふ、そんなに何もかも背負わなくて大丈夫よ。私とお姉さまは人族のためにできることは何でもする覚悟でいるのよ。あなたを支援するのも、数ある戦略の1つなのよ。すべてをあなたにかけているわけではないわ」
エリザベートは俺の方を真っ直ぐに見て、話を続ける。真剣な眼差しも非常に美しい。
「最初見たときは、こんな奴、と思ったけど、周りから勝手に押し付けられた重責から逃げることなく、何らかの方策を見つけようとするあなたに好感を持ったわよ。パンツ見せてって言われたときはがっかりしたけど、気張らずに一緒に頑張りましょう」
「パンツの件は失礼しました。少し確認したかったことがあって、あんな失礼なことを申し上げました。今から考えれば、他のやり方があったように思います。ところで、エリザベート、上司と部下の関係を解消したいのです」
「え? なぜ? 私は役立たずかしら? 命令には従うけど、理由を教えてくれる?」
「いいえ、すごく役に立っています。そうではなくて、スキルで行動を強制するような関係ではなく、エリザベートとは、自然な関係でいたいのです」
俺は彼女に一目惚れしたらしい。エリザベートとは、正々堂々と関わって行きたいのだ。
「わかったわ。じゃあ、解消しましょう」
エリザベートは微笑んだ。うん、俺にしてはいい判断だったようだ。
「ところで、エリザベート。この肉ですが、今度、私に調理をまかせてもらえますか?」
「ええ、いいけど」
「私は軍事では役立たずだと思いますが、食では少しは役に立てると思います」
オーストラリアにホームステイしていたとき、あまりに淡白な料理の味付けに我慢できず、日本料理を紹介したいからキッチンを貸してくれ、と願い出たことを思い出した。結局、最後はホームステイの家族のご飯を何度か俺が作る羽目になった。
その日はワインを飲みながら、エリザベートとたわいのない話をして楽しんだ。
エリザベートはメイデン家では末っ子で、皆に愛されて育って来たが、我が儘なところがなく、正義感が強く、弱者にとても優しい。容姿だけではなく、心もとても綺麗な女の子であることがよくわかった。
会って一日も経っていないのに、俺はエリザベートに完全に心を掴まれてしまった。
料理は肉とスープとパンだった。
スープは意外と美味しかったが、肉は思った通り、塩とペッパーだけの淡白な味付けだった。パンは硬くてパサパサした感じだ。
前世でオーストラリアに留学していたとき、どこの店の料理もこんな感じの味付けだったので、醤油を持ち歩いていたことを思い出した。
調味料スキルを取っておいて本当によかった。和食の味付けをいつか実現させよう。
飯のことはさておき、今後のことだな。
女神に人類の救世主と言われてから、逃げたくても性格上逃げられなくて、プレッシャーに負けそうだ。
エリザベートも俺の活躍を期待して、家に招待しているはずだ。
早く優秀な上司に会って、どうすればいいか指示を仰ぎたい。というか、救世主役を丸投げしたい。
エリザベートの趣味や好みを聞きたいところだが、上司を見つけるための情報収集が最優先だ。
俺は口を開いた。
「あの、食事中に話をするのはマナー違反ですか?」
前世でも、食事中に話していい国とそうでない国でまちまちだった。聞いておくべきだろう。
「大丈夫よ。どうぞ」
「オークとの戦いですが、人族の軍隊を指揮しているのはどんな方々ですか」
「人族軍は各貴族の私兵の寄せ集めよ。各貴族がそれぞれ自分たちの軍を指揮しているわ」
「エリザベートの家も貴族ですよね?」
「そうよ。メイデン伯爵というの。私兵の規模は人族一よ」
すごい貴族じゃないか。こんな大豪邸に住んでいるのも納得出来な。
「どなたが指揮しているのですか?」
「母がトップで直属の親衛隊が5万、配下に10将軍と呼ばれる将軍がそれぞれ2万の兵を指揮しているわ。合計25万の兵をメイデン家だけで保持しているのよ。人族の兵の3分の1よ」
「え? お母さん?」
「そうなのよ。メイデン伯爵家は代々当主の妻が軍部の最高権力者に就任するのよ」
「兵士も女性なんですか?」
「半々よ。魔法使いと神官は女性がほとんどよ。魔力量は女性の方が多いからなの。10将軍も男女5人ずつよ」
そうか。魔法があるから、軍部の人員構成は思った以上に男女均等なんだな。
「ほかの貴族はどうなんですか」
「私兵を持っている貴族は20もなく、一番多い貴族でも5万よ。我が家が突出しているの」
「王家は兵を持っているのですか」
「持ってないわ。王家は象徴にしか過ぎず、政治にも軍事にもノータッチなの」
王家の扱いだけやけに近代的だな。それにしても、軍事バランス悪すぎだな。メイデン家が人族を支配することも夢ではないということか。
「そうですか。私をお母様に紹介していただけますか」
俺の上司最有力候補だな。
「了解よ」
「あと、魔法について教えてくれますか」
「いいわよ」
「エリザベートは魔法は使えますか?」
「ええ、使えるわよ」
「どんな魔法ですか?」
「死霊系の魔法が得意よ。デスとか。私はノウキのボディガードも兼ねているのよ」
顔に似合わず、恐ろしそうな魔法を使うなあ。
「私は魔法を使えますか?」
「え? 変な人ね。自分のことがわからないの? そうか、記憶喪失だったっけ。 ちょっと待ってね」
エリザベートが俺の額あたりをじっと見ている。
「ふう。私、鑑定の魔法があまり上手じゃないのよ。えーとね、使えるわよ。魔力も男性の割には多いと思うわ。多分だけど時空魔法が得意なようね。珍しいわよ」
そういえば、瞬間移動は訓練すればできるようになるって女神が言っていた。
「瞬間移動ができるようになるんですかね?」
「いいえ、さすがにそれは難しいと思うわ。確かに理論上は可能だけど、大賢者様でもできなかった魔法よ」
女神の口調からすると、瞬間移動はそんなに難しい魔法って感じではなかった。どっちにしても訓練は必要だ。
「そうですか。魔法の訓練を受けたいんですが、どなたか紹介してくれますか」
「時空魔法だとお姉さまが一番の使い手だけど、教える時間あるかしら。ダメもとで聞いてみるけど、お姉さまがダメとなると、ちょっと思い当たらないわ。メイデン家は母が死霊系で父が時空系なの。私は容姿も魔法も母似なのよ。姉は容姿は母似だけど、魔法は父に似たのよ」
「エリザベートの兄弟はお姉さんだけですか?」
「兄が2人いるわよ。2人とももう結婚していて、子供もいるわ。王都に住んでいるわよ」
何だか、家族とか意識させられると、守らなきゃいけないという責任感が出てきて、プレッシャーに押し潰されそうになる。
「あのエリザベート、私は軍事の天才でも何でもないです。女性の部下に絶対的な命令を出すスキルを持っていますが、私自身に才覚がないので、私が才覚のある人の下につく必要があります」
エリザベートは微笑んだ。この微笑む表情がとても綺麗だ。
「ふふ、そんなに何もかも背負わなくて大丈夫よ。私とお姉さまは人族のためにできることは何でもする覚悟でいるのよ。あなたを支援するのも、数ある戦略の1つなのよ。すべてをあなたにかけているわけではないわ」
エリザベートは俺の方を真っ直ぐに見て、話を続ける。真剣な眼差しも非常に美しい。
「最初見たときは、こんな奴、と思ったけど、周りから勝手に押し付けられた重責から逃げることなく、何らかの方策を見つけようとするあなたに好感を持ったわよ。パンツ見せてって言われたときはがっかりしたけど、気張らずに一緒に頑張りましょう」
「パンツの件は失礼しました。少し確認したかったことがあって、あんな失礼なことを申し上げました。今から考えれば、他のやり方があったように思います。ところで、エリザベート、上司と部下の関係を解消したいのです」
「え? なぜ? 私は役立たずかしら? 命令には従うけど、理由を教えてくれる?」
「いいえ、すごく役に立っています。そうではなくて、スキルで行動を強制するような関係ではなく、エリザベートとは、自然な関係でいたいのです」
俺は彼女に一目惚れしたらしい。エリザベートとは、正々堂々と関わって行きたいのだ。
「わかったわ。じゃあ、解消しましょう」
エリザベートは微笑んだ。うん、俺にしてはいい判断だったようだ。
「ところで、エリザベート。この肉ですが、今度、私に調理をまかせてもらえますか?」
「ええ、いいけど」
「私は軍事では役立たずだと思いますが、食では少しは役に立てると思います」
オーストラリアにホームステイしていたとき、あまりに淡白な料理の味付けに我慢できず、日本料理を紹介したいからキッチンを貸してくれ、と願い出たことを思い出した。結局、最後はホームステイの家族のご飯を何度か俺が作る羽目になった。
その日はワインを飲みながら、エリザベートとたわいのない話をして楽しんだ。
エリザベートはメイデン家では末っ子で、皆に愛されて育って来たが、我が儘なところがなく、正義感が強く、弱者にとても優しい。容姿だけではなく、心もとても綺麗な女の子であることがよくわかった。
会って一日も経っていないのに、俺はエリザベートに完全に心を掴まれてしまった。
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