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第一章 人族の国

魔法の訓練

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翌日、午前中にエリザベートは姉の聖女に会って、俺の魔法の訓練のための時間が取れるかどうかを確認してくれている。

俺の方は調味料の作成に着手した。まず、メイド長のリリアナさんにお願いして、厨房に案内してもらった。

料理長はアンナさんというふくよかな40代ぐらいのおばさんだった。まずはどんな調味料があるのかを説明してもらった。

砂糖、塩、胡椒、ヴィネガー、オリーブ油、オイスターソース、ハーブ、唐辛子、ナツメグ、その他さまざまな調味料や香辛料があった。

思った以上に種類が豊富だったが、やはり当たり前だが醤油はなかった。

「アンナさん、醤油って知ってますか?」

「聞いたことないねえ。どんな調味料なんだい?」

「大豆を発酵させて作るんですが、濃い茶色の液体で塩っ辛いけど旨味と風味があるんです」

「大豆から作るのかい? そういう調味料はないはずだ」

「では作りましょう。リリアナさん、醤油作りをしたいので、何人かメイドの方をお借りできますか?」

エリザベートの計らいで、メイドは本日付で全員が俺の部下になったので、遠慮なく使わせてもらう。

「かしこまりました。すぐに手配します」

俺は午前中いっぱいを調理器具や食材について、アンナさんに付きっきりで説明してもらった。

忙しい時間を割いてくれたお礼に、俺が昼食を作ることにした。

ハンバーグである。肉を包丁でミンチにして、塩、胡椒、ナツメグを入れ、パン粉と玉ねぎのみじん切りを混ぜて練り上げる。

ハンバーグの肉汁に赤ワインとトマトをペースト状にして加え、塩と砂糖で味付けを調整したデミグラスソースを作成し、ハンバーグにかけ、アンナさんと一緒に食べた。

「何だいこれは!? 美味しいよ、若旦那」

俺は使用人たちからは若旦那と呼ばれるようになっていた。

「ハンバーグっていいます。作り方は簡単ですので覚えましたよね。今度、エリザベートにも出してあげましょう」

「ああ、若旦那はどこで修行したんだ?」

「思い出せないんですよ。でも、作り方は覚えてました」

もう記憶喪失で誤魔化すしかない。

ハンバーグは予想以上の味だった。

「いい匂いがするわね。何処かと思ったらこんな所にいたのね」

ハンバーグを食べ終わったころ、エリザベートが、彼女によく似た雰囲気の美しい人を同伴して厨房に入って来た。

エリザベートのおっとり版だ。恐らく姉の聖女だろう。もう連れてきたのか。

「マリエールお嬢様、エリザベートお嬢様」

使用人たちがおじきをする。俺も軽く会釈した。

「マリエールです。ノウキさん、初めまして」

マリエールはにっこりと微笑んで、貴族風のスカートを少しあげる優雅な挨拶をした。

「ノウキです。初めまして。すいません、挨拶の仕方を知らなくて、失礼します」

習っておけばよかった。

「いいえ、事情は聞いておりますので、お気になさらず」

どこまで事情を知っているのだろう。とりあえず俺も微笑んでおいた。

「お姉さま、ここでは何ですので、テラスでお茶でもいただきながらお話ししましょうよ」

エリザベートは姉にべったりだ。

「そうね、リリアナ、お茶の用意をお願いね」

そう言って、マリエールは俺にこちらへと囁いて、エリザベートと一緒にテラスの方に歩き出した。

テラスでアフタヌーンティーを飲みながら、改めて姉妹を見ていると、おっとりと優しい感じのマリエールと、勝ち気で負けん気の強うそうなエリザベートと、雰囲気こそ違えど、顔のパーツが非常によく似ていて、さすが姉妹だと思わせる。

「ノウキさん、時空魔法の訓練は私でよろしければ、毎日お付き合いさせて頂きます」

開口一番、マリエールは俺の願いを聞き入れてくれた。

お祈りとか大丈夫なのだろうか。

「聖女様のお仕事は大丈夫なのでしょうか」

「ええ、朝夕のお祈りを神殿で行っておりますので、こうやって屋敷まで毎日通うようにいたします」

「え? 毎日だなんて大変では?」

「うふふ。神託により、ノウキさんが時空魔法をマスターするまで協力せよ、とのことなのです。正々堂々と実家に帰って来られて、嬉しくてたまりませんのよ」

マリエールは本当に嬉しそうだ。

「分かりました。ご厚意に甘えさせて頂きます」

「お茶の後、早速稽古を始めましょう」



報告しよう。マリエールは鬼軍曹だった。

着替えてくると言って、マリエールは運動着で現れた。この世界の運動着は、剣道の道着と袴のような格好なのだが、袴の通気性をよくするためか、大胆なスリットが数カ所入っていて、結構足の付け根ぐらいのところまで見えるのだ。道着の裾で大事なところは隠れているのだが、明らかにノーパンなので、とても気になってしまう。

はっきり言おう。全く集中できん。

その上、天然なんだろうと思うが、こっちのペースにお構いなく次から次に体術、魔術を繰り出すように指導してくるので、ずっと全力疾走させられている感じだった。

魔法は精神力と思っていたのだが、体力も無茶苦茶使う。慣れて来るともっと楽になるのだそうだが、魔法を放出するには球を投げるような運動が必要だし、魔力の流れをスムーズにするための体操や、単純に持久力を上げるための走り込みなど、まるで体育会系の部活のようだった。

で、今日の成果だが、特に俺自身に変わったところはなく、正直よく分からない。

まずは魔力が体を無意識の状態で自然に循環するようにならないと、話にならないそうだ。

「それではまた、明日参ります」

俺と同じ運動量のはずなのに、マリエールは涼しい顔でお付きの人と一緒に帰って行った。

俺はマリエールにろくに挨拶することもできず、しばらく立ち上がれそうもなかった。

「随分としごかれたわね」

エリザベートが仰向けで寝転がっている俺に近づいて来た。

「はい、冷たいタオル」

「あ、ありがとう」

タオルを顔にかけた。ひんやりして気持ちいい。

「ノウキは頑張るわね」

顔にタオルをかけているため、エリザベートの声だけ聞こえてくる。

「私に出来ることは全力で頑張りますよ。後悔したくないのでね」

「なぜそんなに頑張るの?」

一目惚れしたなんて言えないよなあ。

「期待されたら応えたいから。君たち姉妹の数ある戦略の一つだとしても、全力で応えたいです」

「そういう意味で言ったわけでは……」

「はい、知っています。私の精神的負担を軽くするためですよね。でも、私はその気持ちに甘えずに頑張りたいです。貴方たち姉妹に喜んでもらえるように」

「……ありがとう、ノウキ」

「どういたしまして、エリザベート」
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