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第二章 オークの国

奇襲前夜

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森の近くにベース基地があり、カトリーヌ将軍の第一軍の精鋭5百が現在ここに駐屯していた。ノウキたちの奇襲を後方支援するためである。

日が沈んでまだ間もない時間に、ノウキたち三人はカトリーヌに偵察結果を報告した。

「殺人ダニか。ひょっとするとオークだけ死ぬという可能性はないか?」

カトリーヌが大きな瞳をノウキに向けてきた。口調が上官モードになっている。

(カトリーヌさん、まつげ長いなあ)

と思いながら、ノウキは答えた。

「可能性はあると思います。人の遺体も多くありましたが、死因はわかりませんので」

「そうか、奇襲はかなりオーク国の中まで入らないと無理か。しかも、そのダニ発生地帯を通らなければならないということだな」

ダニ地帯の通過は大丈夫だ。メイドメイジは全員が飛翔魔法「フライ」を会得している。マリエールもエリザベートも使える。使えないのはノウキだけだった。

エリザベートが説明した。

「フライで移動すれば、問題ないように思います」

カトリーヌが大きく頷く。

「さすがね。全員がフライを使えるとは」

実はノウキは使えなくて、フライが必要なときは、いつもマリエールとエリザベートに両脇を支えてもらっていることは伏せておこう。

ちなみに「両脇を支えろ」は、エッチな命令とみなされる。胸の感触を楽しむのが目的と判定されるらしい。それ以来、ノウキは身体的接触が発生する命令は怖くて出せなくなった。でも、確かに感触は極上だ。

マリエールが何だか締まらない顔をしているノウキを横目に見て、カトリーヌに話しかけた。

「もう一度、ノウキと私で、襲撃ポイントを探索して来ます」

カトリーヌは子供の頃から大の聖女ファンで、未だにマリエールのことを聖女様と呼び、特別扱いしている。マリエールは恐縮して、何度も止めて欲しいと懇願しているが、直してくれなかった。

カトリーヌは聖女向けの口調で話す。

「聖女様、恐らくオークは軍隊をいったん退却させたのでしょう。ただ、オークの食糧事情は何ら好転しておりませんので、必ず人族区への侵略を再開するはずです」

オークが狙っているのは人族区に広がる広大な森の森林資源だ。食料となる魔物や植物が豊富で、オークの食糧事業が大きく改善するためだ。

正気に戻ったノウキが会話に加わった。

「オークにとっては許しがたい発言かと思いますが、広範囲魔法でオークを大虐殺して、人口を減らしたうえで、開墾技術を教えて、田畑を増やし、植林して森を増やすように指導すれば、侵入してこなくなると思います」

ノウキの理論にカトリーヌは苦笑する。

「逆に我々がオークにそう言われたら、どういう気持ちになる?」

ノウキが肩をすくめて答える。

「えっらそうに。返り討ちにしてやる、ってなります」

カトリーヌはまじめな顔になった。

「まあ、そうなるな。でも、やる。そうしないとやられるからな」

ノウキは事前に三人で練った案を話すかどうか迷っていたが、エリザベートから肘で催促され、話すことにした。

「殺人ダニが大量発生しているうちは、敵の防御もおろそかになりますので、いっそのこと、首都を攻撃しようかと思います」

カトリーヌはノウキに厳しい目を向けた。

「民間人を巻き込むのか?」

「ターゲットは軍事施設に限定します」

カトリーヌはノウキの目を見て、任せることにした。気負いも何なく、その辺を掃除してくるような目だった。

「よろしい。責任は私が取る。大佐に全て任せるから、好きにやってみろ」

「ありがとうございます。マリエール、早速拠点の確認に行きましょう」

「了解。まずは水濠まで転移するわよ」

ノウキとマリエールは姿を消した。

エリザベートはノウキたちとの事前の打ち合わせ通り、メイドメイジを連れて森に進軍するつもりだ。カトリーヌに敬礼して、エリザベートも司令室を出た。

「エリザベート嬢も辛いわねえ。聖女様とノウキはいつも一緒。自分は別行動が多い。ああ、甘酸っぱいわあ。青春よねえ」

一人で興奮するカトリーヌであった。
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