デブ執事

saionji41

文字の大きさ
15 / 21

第15話 マラソンの神様

しおりを挟む
「のぞみちゃん!図書館いこ~」
希美の頭の上から今日も綿あめのような声が降り注いできた。
「図書館?何か読みたい本でもあるの?」
貂彩学園には図書室ではなく、図書館がある。大きな敷地に古いものから新しいものまで蔵書量は日本で1,2を争う。近年は本の電子化が進んでいて学習やレポート等の作成に関しては電子機器でアクセスすることが多いが、学園の方針で読書に関しては紙の本のみとしている。図書館のデータベースにはどこからでもアクセスできるので、紙の本を読みたいときくらいしか図書館には行かない。

琴音は満面の笑みで答える(いつも満面の笑みだが、)。
「うん、走れメロス読みたいの~」
「走れメロス?あなた前も読んでなかったっけ?」
「うーん、でも来週はマラソン大会あるでしょ?」
貂彩学園では、この時代になってもマラソン大会なるものをいまだに実施している。
健全なる精神は健全なる肉体に宿るという学園の方針で教師も参加の苦行が毎年催されている。もちろんただ走らされるだけでは生徒も教師も黙っていない。この大会には商品としてKatorelaのギフト券が上位入賞者に与えられ、制限時間にゴールできなかったものには学園内の清掃の罰が与えられる。なのでこの時期になると皆が様々な感情でそわそわし始める。

だが、なぜマラソン大会が近いという事実とメロスを読むことがつながるのだろうか?
希美は10年以上の付き合いの親友の意図が全く分からない。この子のことはいくら考えても無意味なことは理解しているので、すぐ理由を尋ねる。
「なんでマラソン大会が近いのとメロスが関係あるの?」
希美がそう訊ねると、琴美はなぜ空気がないと人は生きていけないのかと問われたような顔を浮かべる。
「え、希美ちゃん知らないの?メロスを読むと走っても疲れなくなるんだよ?」
そんなはずはない。どういう理屈なのか、まぁ聞いても無駄だ。彼女の辞書に理屈なんて言葉はない。ほかにも色々抜けている欠陥品の辞書だが。
「そうなんだ。じゃあ読まないとだね。行こうか。」
これが10年以上の付き合いで学んだ琴音に対する対応である。考えても時間の無駄なのだ。理屈が通用しない相手には反応しないこと。

琴音を連れて図書館にやって来ると、太宰修や夏目漱石・三島由紀夫ら近現代の作家の作品があるエリアには既に先客がいた。そして話の内容的に、我々の求めているものを手に取って話しているようだ。
確か彼は同じクラスの秋冬くん、と、もう一人は3組の笹本さんね。笹本さんは図書館でよく見かけるけど、秋冬くんは見たことがない。めずらしい組み合わせね。

「え、こいつ妹の結婚式があるのに王様に喧嘩売ったの?ばかじゃん。」
「彼にとって妹の結婚式に行けないことよりも、王様の圧政を見て見ぬ振りをすることの方が許せなかったのよ。あなたよりは賢いとは思うわ。」
「そっかー、すごいなメロスは。」

話的にまだ序盤であるが、走れメロスは短い作品なので彼らが読み終わるまで少し待とうかと目配せする。
「星の王子様っていろんな種類があるんだね~、ほら~こんなに。」
私の目配せはおばけフォークのように落ちてゆき、静かに消えていった。
「世界的な名作だからね、翻訳者によっても違ってくるわね。」
まだかかりそうだから、久しぶりに私も読んでみようかな。

ー数分後ー
ふぅ、やっぱり名作ね。何度読んでも新たな発見があって面白いわ。さぁ、そろそろメロスはセリヌンティウスに会えたかしら。

「え、ちょっと待って。セリヌンティウス優しすぎない?そりゃ疑うでしょ?借金のかたみたいにされたんだよ?」
「彼はメロスだからこそ決断したのよ。暴君の圧政に立ち向かう友のために。あなたにはそんな友達いないから分からないだろうけど。」
さっきから気になってたけど、秋冬くんは悪口言われてるのに気づいているのかしら?当の秋冬桜児は理解できない素振りで、そうなのか、と溜息を転がす。

「でもこれで走れメロスを読めたぞ!来週のマラソン大会は優勝だ!」
希美は、ひどく驚愕した。
まさか先程の理屈にこんなにも早く遭遇するとは。
しかし目の前でガッツポーズをしている秋冬桜児をみていると、不思議と不思議に感じない。彼もそちら側の人間だ。
と、そんなことを感案している場合ではない。読み終えたなら譲ってもらおう。
希美は不思議な組み合わせへと歩を進める。

「2人ともこんにちは。悪いのだけれど、その手にしている本を読みたいのだけれど、良いかしら?」
桜児は振り上げた拳を収め、手にしている本を眺めながら邪推の顔を浮かべる。
「良いけど、さては砂糖元もマラソン大会に向けて準備しようってことか?」
希美は差し出された本を手に取りながら、まさかと投げつける。

「私じゃなくて、琴音がね。」
そう言うと希美は後ろにいるであろう親友に声をかける。しかしどこにも見当たらない。
辺りを見まわすが、どこにも見当たらない。
「あなたのセリヌンティウスさんなら、アゲハ蝶を追いかけて外に行っちゃったよ。」
この空気に耐えかねた笹本さんがそう教えてくれた。
はぁ、どちらかと言うと私の方がセリヌンティウスなのよね。
希美は本を片手にゆっくりと去っていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...