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第15話 マラソンの神様
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「のぞみちゃん!図書館いこ~」
希美の頭の上から今日も綿あめのような声が降り注いできた。
「図書館?何か読みたい本でもあるの?」
貂彩学園には図書室ではなく、図書館がある。大きな敷地に古いものから新しいものまで蔵書量は日本で1,2を争う。近年は本の電子化が進んでいて学習やレポート等の作成に関しては電子機器でアクセスすることが多いが、学園の方針で読書に関しては紙の本のみとしている。図書館のデータベースにはどこからでもアクセスできるので、紙の本を読みたいときくらいしか図書館には行かない。
琴音は満面の笑みで答える(いつも満面の笑みだが、)。
「うん、走れメロス読みたいの~」
「走れメロス?あなた前も読んでなかったっけ?」
「うーん、でも来週はマラソン大会あるでしょ?」
貂彩学園では、この時代になってもマラソン大会なるものをいまだに実施している。
健全なる精神は健全なる肉体に宿るという学園の方針で教師も参加の苦行が毎年催されている。もちろんただ走らされるだけでは生徒も教師も黙っていない。この大会には商品としてKatorelaのギフト券が上位入賞者に与えられ、制限時間にゴールできなかったものには学園内の清掃の罰が与えられる。なのでこの時期になると皆が様々な感情でそわそわし始める。
だが、なぜマラソン大会が近いという事実とメロスを読むことがつながるのだろうか?
希美は10年以上の付き合いの親友の意図が全く分からない。この子のことはいくら考えても無意味なことは理解しているので、すぐ理由を尋ねる。
「なんでマラソン大会が近いのとメロスが関係あるの?」
希美がそう訊ねると、琴美はなぜ空気がないと人は生きていけないのかと問われたような顔を浮かべる。
「え、希美ちゃん知らないの?メロスを読むと走っても疲れなくなるんだよ?」
そんなはずはない。どういう理屈なのか、まぁ聞いても無駄だ。彼女の辞書に理屈なんて言葉はない。ほかにも色々抜けている欠陥品の辞書だが。
「そうなんだ。じゃあ読まないとだね。行こうか。」
これが10年以上の付き合いで学んだ琴音に対する対応である。考えても時間の無駄なのだ。理屈が通用しない相手には反応しないこと。
琴音を連れて図書館にやって来ると、太宰修や夏目漱石・三島由紀夫ら近現代の作家の作品があるエリアには既に先客がいた。そして話の内容的に、我々の求めているものを手に取って話しているようだ。
確か彼は同じクラスの秋冬くん、と、もう一人は3組の笹本さんね。笹本さんは図書館でよく見かけるけど、秋冬くんは見たことがない。めずらしい組み合わせね。
「え、こいつ妹の結婚式があるのに王様に喧嘩売ったの?ばかじゃん。」
「彼にとって妹の結婚式に行けないことよりも、王様の圧政を見て見ぬ振りをすることの方が許せなかったのよ。あなたよりは賢いとは思うわ。」
「そっかー、すごいなメロスは。」
話的にまだ序盤であるが、走れメロスは短い作品なので彼らが読み終わるまで少し待とうかと目配せする。
「星の王子様っていろんな種類があるんだね~、ほら~こんなに。」
私の目配せはおばけフォークのように落ちてゆき、静かに消えていった。
「世界的な名作だからね、翻訳者によっても違ってくるわね。」
まだかかりそうだから、久しぶりに私も読んでみようかな。
ー数分後ー
ふぅ、やっぱり名作ね。何度読んでも新たな発見があって面白いわ。さぁ、そろそろメロスはセリヌンティウスに会えたかしら。
「え、ちょっと待って。セリヌンティウス優しすぎない?そりゃ疑うでしょ?借金のかたみたいにされたんだよ?」
「彼はメロスだからこそ決断したのよ。暴君の圧政に立ち向かう友のために。あなたにはそんな友達いないから分からないだろうけど。」
さっきから気になってたけど、秋冬くんは悪口言われてるのに気づいているのかしら?当の秋冬桜児は理解できない素振りで、そうなのか、と溜息を転がす。
「でもこれで走れメロスを読めたぞ!来週のマラソン大会は優勝だ!」
希美は、ひどく驚愕した。
まさか先程の理屈にこんなにも早く遭遇するとは。
しかし目の前でガッツポーズをしている秋冬桜児をみていると、不思議と不思議に感じない。彼もそちら側の人間だ。
と、そんなことを感案している場合ではない。読み終えたなら譲ってもらおう。
希美は不思議な組み合わせへと歩を進める。
「2人ともこんにちは。悪いのだけれど、その手にしている本を読みたいのだけれど、良いかしら?」
桜児は振り上げた拳を収め、手にしている本を眺めながら邪推の顔を浮かべる。
「良いけど、さては砂糖元もマラソン大会に向けて準備しようってことか?」
希美は差し出された本を手に取りながら、まさかと投げつける。
「私じゃなくて、琴音がね。」
そう言うと希美は後ろにいるであろう親友に声をかける。しかしどこにも見当たらない。
辺りを見まわすが、どこにも見当たらない。
「あなたのセリヌンティウスさんなら、アゲハ蝶を追いかけて外に行っちゃったよ。」
この空気に耐えかねた笹本さんがそう教えてくれた。
はぁ、どちらかと言うと私の方がセリヌンティウスなのよね。
希美は本を片手にゆっくりと去っていった。
希美の頭の上から今日も綿あめのような声が降り注いできた。
「図書館?何か読みたい本でもあるの?」
貂彩学園には図書室ではなく、図書館がある。大きな敷地に古いものから新しいものまで蔵書量は日本で1,2を争う。近年は本の電子化が進んでいて学習やレポート等の作成に関しては電子機器でアクセスすることが多いが、学園の方針で読書に関しては紙の本のみとしている。図書館のデータベースにはどこからでもアクセスできるので、紙の本を読みたいときくらいしか図書館には行かない。
琴音は満面の笑みで答える(いつも満面の笑みだが、)。
「うん、走れメロス読みたいの~」
「走れメロス?あなた前も読んでなかったっけ?」
「うーん、でも来週はマラソン大会あるでしょ?」
貂彩学園では、この時代になってもマラソン大会なるものをいまだに実施している。
健全なる精神は健全なる肉体に宿るという学園の方針で教師も参加の苦行が毎年催されている。もちろんただ走らされるだけでは生徒も教師も黙っていない。この大会には商品としてKatorelaのギフト券が上位入賞者に与えられ、制限時間にゴールできなかったものには学園内の清掃の罰が与えられる。なのでこの時期になると皆が様々な感情でそわそわし始める。
だが、なぜマラソン大会が近いという事実とメロスを読むことがつながるのだろうか?
希美は10年以上の付き合いの親友の意図が全く分からない。この子のことはいくら考えても無意味なことは理解しているので、すぐ理由を尋ねる。
「なんでマラソン大会が近いのとメロスが関係あるの?」
希美がそう訊ねると、琴美はなぜ空気がないと人は生きていけないのかと問われたような顔を浮かべる。
「え、希美ちゃん知らないの?メロスを読むと走っても疲れなくなるんだよ?」
そんなはずはない。どういう理屈なのか、まぁ聞いても無駄だ。彼女の辞書に理屈なんて言葉はない。ほかにも色々抜けている欠陥品の辞書だが。
「そうなんだ。じゃあ読まないとだね。行こうか。」
これが10年以上の付き合いで学んだ琴音に対する対応である。考えても時間の無駄なのだ。理屈が通用しない相手には反応しないこと。
琴音を連れて図書館にやって来ると、太宰修や夏目漱石・三島由紀夫ら近現代の作家の作品があるエリアには既に先客がいた。そして話の内容的に、我々の求めているものを手に取って話しているようだ。
確か彼は同じクラスの秋冬くん、と、もう一人は3組の笹本さんね。笹本さんは図書館でよく見かけるけど、秋冬くんは見たことがない。めずらしい組み合わせね。
「え、こいつ妹の結婚式があるのに王様に喧嘩売ったの?ばかじゃん。」
「彼にとって妹の結婚式に行けないことよりも、王様の圧政を見て見ぬ振りをすることの方が許せなかったのよ。あなたよりは賢いとは思うわ。」
「そっかー、すごいなメロスは。」
話的にまだ序盤であるが、走れメロスは短い作品なので彼らが読み終わるまで少し待とうかと目配せする。
「星の王子様っていろんな種類があるんだね~、ほら~こんなに。」
私の目配せはおばけフォークのように落ちてゆき、静かに消えていった。
「世界的な名作だからね、翻訳者によっても違ってくるわね。」
まだかかりそうだから、久しぶりに私も読んでみようかな。
ー数分後ー
ふぅ、やっぱり名作ね。何度読んでも新たな発見があって面白いわ。さぁ、そろそろメロスはセリヌンティウスに会えたかしら。
「え、ちょっと待って。セリヌンティウス優しすぎない?そりゃ疑うでしょ?借金のかたみたいにされたんだよ?」
「彼はメロスだからこそ決断したのよ。暴君の圧政に立ち向かう友のために。あなたにはそんな友達いないから分からないだろうけど。」
さっきから気になってたけど、秋冬くんは悪口言われてるのに気づいているのかしら?当の秋冬桜児は理解できない素振りで、そうなのか、と溜息を転がす。
「でもこれで走れメロスを読めたぞ!来週のマラソン大会は優勝だ!」
希美は、ひどく驚愕した。
まさか先程の理屈にこんなにも早く遭遇するとは。
しかし目の前でガッツポーズをしている秋冬桜児をみていると、不思議と不思議に感じない。彼もそちら側の人間だ。
と、そんなことを感案している場合ではない。読み終えたなら譲ってもらおう。
希美は不思議な組み合わせへと歩を進める。
「2人ともこんにちは。悪いのだけれど、その手にしている本を読みたいのだけれど、良いかしら?」
桜児は振り上げた拳を収め、手にしている本を眺めながら邪推の顔を浮かべる。
「良いけど、さては砂糖元もマラソン大会に向けて準備しようってことか?」
希美は差し出された本を手に取りながら、まさかと投げつける。
「私じゃなくて、琴音がね。」
そう言うと希美は後ろにいるであろう親友に声をかける。しかしどこにも見当たらない。
辺りを見まわすが、どこにも見当たらない。
「あなたのセリヌンティウスさんなら、アゲハ蝶を追いかけて外に行っちゃったよ。」
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