魔法使いの漂流者

三幸奨励

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絶海孤島編

第12話 ダンジョン攻略③

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広い。

扉を抜けた瞬間、まず広さに圧倒された。
天井が見えない。壁が遠い。ダンジョンの中とは思えない空間だった。

中央に、それはいた。

高さ六メートルを超える、岩でできた人型の魔物。
ゴーレムだ。
全身が、この島の岩と同じ色をしている。関節部分だけが赤く発光していて、そこだけが生きているように見えた。

動いていない。
目を閉じている。

「……眠っているのか」

「違う」とシロが低く言った。「起きている。感知している」

「でも動かない」

「こちらが動くのを待っている」

全員が静止した。

扉が、背後で閉じた。

重い音が、空間に響いた。

『石人型魔物——ストーンゴーレムです。全身が硬質の岩で構成されています。通常の攻撃はほぼ無効。関節部の発光箇所が魔力の流通経路と思われます』

「関節部か」

「火球では届かないな」とファルが静かに言った。「あの硬さだと、弾かれる」

「《慧眼》で確認します」

六メートルの巨体を《慧眼》で読む。
全身、岩。密度が高い。確かに通常の火球では通らない。

関節部の赤い発光。
そこだけ、岩の密度が違う。隙間がある。でも小さい。

「関節部は弱い。ただし、ピンポイントで当てる必要がある。外側から強引に叩いても駄目です」

「どのくらいの精度が要る」

「……かなり正確に。しかも、動いている最中に」

ファルが少し息を吐いた。

「難しい条件だ」

「それと——岩の内部に魔力の流れがある。関節から関節へと循環している。一箇所を壊しても、他の関節がカバーする可能性があります」

「全部同時に壊すのか」

「か、循環を止める方法があれば」

「循環を止める」とレイスが後方で言った。「どこかに起点がある。心臓部みたいな場所が」

「《慧眼》では見えない。内部まで読めていない」

「胸の中央だ」とドナンが言った。

全員がドナンを見た。

「どうして分かるんですか」

「石の積み方だ。全身の岩が、胸の中央から外側に向かって組まれている。起点はそこだ」

「……建築家の目だ」とレイスが言った。静かに驚いていた。

「鍛冶師の目だ」とドナンが言った。「構造を見れば分かる」

「胸の中央を壊せれば、循環が止まる。そこが本当の弱点だ」とカルドが言った。

「ただし、胸は岩が最も厚い部分のはずだ」とドナンが言った。「外から叩いても届かない」

「どうする」

誰も、すぐには答えなかった。

ゴーレムが、目を開いた。

赤い目。
発光している。

「来る」とシロが言った。



動いた瞬間、地面が揺れた。

一歩の重さが違う。

「散れ!」とファルが言った。

全員が左右に跳んだ。

ゴーレムの腕が振り下ろされた。
地面に亀裂が入った。

「……腕一本でこれか」

「胸を狙うには近づかないといけない」とファルが言った。「近づく方法を考えながら戦う。今は攻撃を捌くことに集中しろ」

「了解」

シロが前に出た。
ゴーレムの注意を引きつける。

ゴーレムがシロを追う。
その間に、ファルが関節部分に剣を当てた。

金属音がした。

「……通らない」

「関節でも通らないですか」

「深さが足りない。もっと集中させないと」

《魔力圧縮》で火球を絞る。
関節部に向けて放つ。

命中。

ゴーレムが少し揺らいだ。
でも、止まらない。

「効いてはいる。ただ、足りない」

「どのくらい必要ですか」

「今の三倍は威力が要る」

三倍。
《魔力圧縮》の限界まで絞っても、今の二倍が精一杯だ。

ゴーレムがシロに腕を振った。

シロが横に跳ぶ。
でも間に合いきれず、かすった。

「シロ!」

「問題ない」

シロが着地して、また動く。
でも、動きが少し鈍くなった。

「ドナン、右関節」

「分かってる」

ドナンが右側から棒を関節に突き刺す。
金属が岩を削る音がした。

「……少し入った。隙間がある」

「続けて削れますか」

「時間がかかる。その間、引きつけ続けられるか」

「やります」

《高速移動》でゴーレムの正面に出た。
火球を顔面に叩き込む。

ゴーレムがこちらを向いた。

「私に来い——」

腕が振られた。

回避が間に合わない——

ドナンが横から飛び込んで、腕の軌道をずらした。

衝撃がドナンに行った。

「ドナンさん!」

「問題ない」とドナンが言った。でも、膝をついていた。「続けろ」

「無理をしないでください」

「問題ないと言った」

立ち上がった。
顔色が変わっていない。本当に問題ないのかもしれなかった。

ゴーレムが再び動く。

レイスが後方から叫んだ。

「左足の関節、ドナンが削った右側と連動している。左足を攻撃すると右肩が一瞬不安定になる」

「どういうことですか」

「魔力の循環が繋がっている。片方を崩すと、連動した部位が揺らぐ」

「……左足を崩せば、右肩の関節に隙ができる」

「そうだ。試してみる価値がある」

「シロ、左足を頼む。僕は右肩を狙う」

「分かった」

シロが左足の関節に牙を当てた。

ゴーレムがよろけた。

右肩の関節が、一瞬大きく発光した。

今だ——

《魔力圧縮》で絞った火球を右肩に叩き込む。

爆発。

ゴーレムが大きく揺れた。

「……効いた!」

「繋がりが崩れた」とレイスが言った。「ただし、すぐに回復する。同じことをもう何度かやる必要がある」

「何度も同じ手が通じますか」

「分からない。ただ——」

ゴーレムが体勢を立て直した。

今度は違う動きをした。

腕を引き絞って、ためている。

「大きい攻撃が来る」

「逃げろ!」とファルが叫んだ。

全員が散った。

ゴーレムの腕が地面を叩いた。

衝撃波が床を走った。

全員がはじき飛ばされた。

「……っ」

壁に叩きつけられた。
痛い。立てる。でも足がふらついている。

「全員、無事か」

「無事だ」とファルが言った。

「何とか」とレイスが言った。

「ああ」とドナンが言った。

シロが「生きている」と言った。

ゴーレムが、ゆっくりとこちらを向いた。

さっきより、発光が増している。

「……怒ったか」

「強化している」とシロが言った。「攻撃を受けて、魔力の循環が速くなっている」

「つまり、時間を使うほど強くなる」

「そうだ」

「急ぎましょう。同じ手でも、もう一度試します」

「通じるか」とファルが聞いた。

「通じなければ別の方法を考えます。でも、今一番確実なのはこれだ」

ゴーレムが再び動いた。

今度は、標的を変えた。

レイスを狙っていた。

後方にいたレイスが一番遠い。
でも、ゴーレムの速さが上がっている。

「レイスさん、右に——」

間に合わない。

「カルド!」とシロが叫んだ。

《高速移動》で割り込んだ。

ゴーレムの腕が、直撃した。

衝撃が全身に走った。
視界が飛ぶ。

「——ぐっ」

飛ばされた。
壁に激突した。

骨が折れた感覚がした。

動けない。

ゴーレムが、こちらを向いた。

もう一度、腕を振り上げている。

逃げられない。

暗転。



「——っ!」

同じ場所。

同じ空間。

レイスが無事だ。シロもファルもドナンも、全員が今の動きで距離を取っている。

「カルド」とシロが言った。

「戻ってきた。大丈夫」

『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』

光が浮かぶ。

『ゴーレム装甲理解:岩石系への攻撃精度向上』
『岩礫生成:地面の岩石を魔力で束ねて射出する』
『衝撃吸収:受けた衝撃の一部を魔力に変換する』

「《岩礫生成》」

地面を見る。
この空間の床も、壁も、全部岩だ。
素材は無限にある。

頭の中に感覚が流れ込む。
地面の岩を魔力で束ねる。引き剥がして、圧縮して、射出する。

そこに《魔力圧縮》を合わせる。
岩を束ねる段階で、すでに密度を上げる。圧縮した岩礫を、さらに圧縮しながら放つ。

火球より遅い。でも、密度が全然違う。
硬いものに、硬いものを当てる。

光が消えた。

「火球は通らない。岩を使う」

「岩を」とファルが言った。

「《岩礫生成》を取得した。この床の岩を束ねて圧縮して飛ばせる。《魔力圧縮》と合わせれば、今まで以上の威力が出せるはずだ」

「胸の中央に届くか」

「試します。ただ——胸に届くには近づかないといけない。腕の間を抜ける必要がある」

ファルが少し間を置いた。

「近づく隙を作る。シロ、ドナン、関節への攻撃を続けてゴーレムの注意を分散させろ。私が腕の間を切り開く。カルド、そこに入れ」

「了解」

「ただし、一発で決めろ。二発目はない」

「分かった」

ゴーレムが動いた。

シロが左足の関節に飛びかかった。
ドナンが右腕の関節を削る。

ゴーレムの動きが乱れた。

ファルが正面から踏み込んだ。

四本の腕が、ファルに向かう。

一本、捌く。
二本目を流す。
三本目は——受けた。

「ファルさん!」

「行け!」

血が出ていた。でも、ファルは腕を振り払って前に立ち続けた。

腕の間に、一瞬隙ができた。

《高速移動》で飛び込んだ。

胸の中央、目の前だ。

地面の岩を魔力で引き剥がす。
束ねる。
圧縮する——さらに圧縮する。

手のひらの中で、岩が縮まっていく。
小さく、密度が高く、硬く。

「《岩礫生成》——《魔力圧縮》」

放った。

轟音。

胸の中央に、圧縮された岩礫が突き刺さった。

ゴーレムが揺れた。

胸の岩に亀裂が入った。

裂けた。

赤い発光が、一気に膨れ上がった。

「離れろ!」とファルが叫んだ。

《高速移動》で後退する。

爆発が起きた。

ゴーレムの胸から、魔力が暴発した。

四方に衝撃が走った。

全員がはじき飛ばされた。



静寂。

砂埃が収まっていく。

ゴーレムが、崩れていた。

岩が、ばらばらに散らばっている。
発光は消えていた。

誰も動かなかった。

しばらく経って、シロが「……終わったか」と言った。

「終わった」

全員が、その場に倒れ込むように座った。

「……全員、無事か」

「生きてる」とシロが言った。

「何とか」とレイスが言った。

ドナンが「ああ」と言って、床に座り込んだ。

ファルが腕を押さえていた。

「ファルさん、傷が」

「浅い。動ける」

「後で処置しましょう」

「分かってる」

しばらく、誰も何も言わなかった。

ゴーレムの残骸が、静かに転がっている。

「……カルド」とレイスが言った。

「はい」

「最後の攻撃。《岩礫生成》か」

「そうです。《死に戻り》のあとに取得した」

「地面の岩を束ねて圧縮した。それを《魔力圧縮》でさらに絞り込んだ。合ってるか」

「合ってます」

「……」レイスが少し息を吐いた。「理解が、速くなっているな」

「どういうことですか」

「以前は死んでからスキルを取得して、そこで初めて使えるようになっていた。今は取得した瞬間に、どう使うかまで見えていた。目の前で戦いながら」

言われて、気づいた。

確かに。《岩礫生成》を取得した瞬間に、《魔力圧縮》との組み合わせが見えていた。

「……積み重なってるのかもしれない。スキルが増えると、新しいスキルとの繋がりも見えやすくなる」

「職人と同じだ」とドナンが言った。「技が増えると、技の組み合わせが見えてくる」

「ドナンさんらしい例えですね」

「事実だ」

ファルが「立てるか」と言った。

「立てます」

「出口を探す。この空間に、もう一つ扉があるはずだ」

「どうして分かるんですか」

「ダンジョンのボスを倒すと、出口が現れる。これは探索者の間では常識だ」

全員で空間を見回した。

ゴーレムがいた中央から、奥の壁に何かが見えた。

近づくと、扉だった。

さっきの扉より小さい。でも、同じ石積みの作りだ。表面に、石板と同じ文字が刻まれている。

「……この扉の向こうに何があるんでしょう」

「出口だ」とファルが言った。「ただ——」

ファルが文字を確認した。

「……案内人、この文字は」

『解析します』

少し待った。

『「試された者よ、上に還れ。問いは続く」』

「上に還れ」

「上に還れば出口か」とシロが言った。

「問いは続く」とレイスが静かに繰り返した。「クリアで終わりじゃない、ということか」

「このダンジョンは通過点だ」と僕は言った。「何かのための、入口だ」

「何かとは」

「山の頂。石板に書いてあった。山の頂に至る者に問いかける者がいる、と」

全員が少し黙った。

ドナンが扉に手をかけた。

「行こう。立ち止まっていても答えは出ない」

扉が開いた。

光が差し込んだ。

出口の光だった。



地上に出た瞬間、空気が変わった。

外の空気だ。
ダンジョンの中とは全然違う。

全員で、深く息を吸った。

「……生きてる」

「当然だ」とファルが言った。

でも、ファルも空を見上げていた。
夕暮れだった。
オレンジ色の光が、森の上に広がっている。

「もうこんな時間か」とレイスが言った。

「一日中いたんですね」

「それだけ深かった」

シロが鼻を鳴らした。

「レイス、匂いが変だ。傷か」

「少し擦り傷が……」

「後で見る」

「ありがとう、シロ」

拠点に向かいながら、全員でゆっくり歩いた。

途中、ファルが言った。

「カルド」

「はい」

「二度死んだな」

「……はい」

「怖かったか」

少し考えた。

「怖かったです。ボスに飛び込むとき、間に合わないと思った。でも、レイスさんが見えたので」

ファルが何も言わなかった。

「ファルさんも怖かったですか」

「……そういうことを聞くな」

「気になりました」

「気にするな」

でも、ファルの歩き方が少し変わった気がした。
怒っているわけじゃない。

シロが「怖かった」と短く言った。

「シロが」

「お前が飛び込むのが見えた。止める間がなかった。怖かった」

思わず足が止まった。

「シロが怖かったって、初めて聞いた」

「怖くないわけがない」とシロが言った。「お前が消えるかもしれないと思った」

「死に戻りがあるから」

「その確信が、私にはない」

その一言が、しばらく頭の中に残った。

シロにとって、僕の死は確認できない。
いなくなるかもしれないという感覚を抱えながら、ずっと一緒にいてくれていたのか。

「……ありがとう、シロ」

シロが鼻を鳴らした。

拠点が見えてきた。

火の光がある。ドナンとレイスが先に戻って、すでに準備を始めてくれていたらしい。

「今日は疲れた」とレイスが言った。

「お疲れ様でした」

「ゆっくり休む。報告は明日でいい」

「そうしましょう」

全員で火を囲んだ。

ダンジョンの中では見えなかったものが、火の光の中でよく見えた。
ファルの腕に巻いた布。ドナンの服の破れ。レイスの手の擦り傷。シロの毛並みのひとかたまりが抜けている。

全員、傷ついている。

でも、全員いる。

「……今日、ありがとうございました」

誰も「どういたしまして」とは言わなかった。

ファルが「次は死ぬな」と言った。
ドナンが「ああ」と言った。
レイスが「次回はもっと準備する」と言った。
シロが「次も行くのか」と言った。

「多分」

「……そうか」

シロが火を見た。

「なら、また行く」

それだけだった。

夜が深まる。

川の音が続いている。

カルドは地図を広げた。
ダンジョンの内部構造を書き加える。各層の特徴。石板の場所。ゴーレムのいた空間。出口の扉。

そして、石板に書いてあった言葉。

「試された者よ、上に還れ。問いは続く」

問いは続く。

上とは、どこを指すのか。

山の頂に、問いかける者がいる。

ゆっくりと地図を折りたたんだ。

そのとき、《波長理解》が揺れた。

東だ。

昨夜より、近い。

昨夜より、大きい。

でも——

「……これ、新しい反応だ」

今まで感じていた「観察している」ような波長ではない。

もっと、直接的な感覚だ。

『未識別反応の性質が変化しました。観察から、接触試行に移行している可能性があります』

接触試行。

「……向こうから来ようとしているってこと?」

『断定できません。ただ、波長のパターンがダンジョンの石板で記録した文字パターンと一致する部分があります』

石板と、同じパターン。

「つまり、石板を作った存在と——同じか、繋がっている」

『可能性があります』

カルドは東の方向を見た。
暗い森。その向こう。

来ようとしている。

怖いかと問われれば、怖い。
でも、嫌な感じはしない。

「……案内人、これは敵だと思うか」

しばらく間があった。

『……分かりません。ただ、これまでずっと観察し続けていて、今日ダンジョンをクリアしたことで何かが変わった、というのは確かです』

試された者よ、上に還れ。

「……試しに合格したから、次に進んでいいってことかな」

『分かりません。ただ、カルド様がそう感じるなら、そうかもしれません』

珍しく、案内人が断言しなかった。

「明日、みんなに話す」

『了解しました』

火が揺れた。

川の音が続いていた。

東の気配は、夜通し続いた。
今夜は、昨夜より確実に近かった。
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