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絶海孤島編
第12話 ダンジョン攻略③
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広い。
扉を抜けた瞬間、まず広さに圧倒された。
天井が見えない。壁が遠い。ダンジョンの中とは思えない空間だった。
中央に、それはいた。
高さ六メートルを超える、岩でできた人型の魔物。
ゴーレムだ。
全身が、この島の岩と同じ色をしている。関節部分だけが赤く発光していて、そこだけが生きているように見えた。
動いていない。
目を閉じている。
「……眠っているのか」
「違う」とシロが低く言った。「起きている。感知している」
「でも動かない」
「こちらが動くのを待っている」
全員が静止した。
扉が、背後で閉じた。
重い音が、空間に響いた。
『石人型魔物——ストーンゴーレムです。全身が硬質の岩で構成されています。通常の攻撃はほぼ無効。関節部の発光箇所が魔力の流通経路と思われます』
「関節部か」
「火球では届かないな」とファルが静かに言った。「あの硬さだと、弾かれる」
「《慧眼》で確認します」
六メートルの巨体を《慧眼》で読む。
全身、岩。密度が高い。確かに通常の火球では通らない。
関節部の赤い発光。
そこだけ、岩の密度が違う。隙間がある。でも小さい。
「関節部は弱い。ただし、ピンポイントで当てる必要がある。外側から強引に叩いても駄目です」
「どのくらいの精度が要る」
「……かなり正確に。しかも、動いている最中に」
ファルが少し息を吐いた。
「難しい条件だ」
「それと——岩の内部に魔力の流れがある。関節から関節へと循環している。一箇所を壊しても、他の関節がカバーする可能性があります」
「全部同時に壊すのか」
「か、循環を止める方法があれば」
「循環を止める」とレイスが後方で言った。「どこかに起点がある。心臓部みたいな場所が」
「《慧眼》では見えない。内部まで読めていない」
「胸の中央だ」とドナンが言った。
全員がドナンを見た。
「どうして分かるんですか」
「石の積み方だ。全身の岩が、胸の中央から外側に向かって組まれている。起点はそこだ」
「……建築家の目だ」とレイスが言った。静かに驚いていた。
「鍛冶師の目だ」とドナンが言った。「構造を見れば分かる」
「胸の中央を壊せれば、循環が止まる。そこが本当の弱点だ」とカルドが言った。
「ただし、胸は岩が最も厚い部分のはずだ」とドナンが言った。「外から叩いても届かない」
「どうする」
誰も、すぐには答えなかった。
ゴーレムが、目を開いた。
赤い目。
発光している。
「来る」とシロが言った。
*
動いた瞬間、地面が揺れた。
一歩の重さが違う。
「散れ!」とファルが言った。
全員が左右に跳んだ。
ゴーレムの腕が振り下ろされた。
地面に亀裂が入った。
「……腕一本でこれか」
「胸を狙うには近づかないといけない」とファルが言った。「近づく方法を考えながら戦う。今は攻撃を捌くことに集中しろ」
「了解」
シロが前に出た。
ゴーレムの注意を引きつける。
ゴーレムがシロを追う。
その間に、ファルが関節部分に剣を当てた。
金属音がした。
「……通らない」
「関節でも通らないですか」
「深さが足りない。もっと集中させないと」
《魔力圧縮》で火球を絞る。
関節部に向けて放つ。
命中。
ゴーレムが少し揺らいだ。
でも、止まらない。
「効いてはいる。ただ、足りない」
「どのくらい必要ですか」
「今の三倍は威力が要る」
三倍。
《魔力圧縮》の限界まで絞っても、今の二倍が精一杯だ。
ゴーレムがシロに腕を振った。
シロが横に跳ぶ。
でも間に合いきれず、かすった。
「シロ!」
「問題ない」
シロが着地して、また動く。
でも、動きが少し鈍くなった。
「ドナン、右関節」
「分かってる」
ドナンが右側から棒を関節に突き刺す。
金属が岩を削る音がした。
「……少し入った。隙間がある」
「続けて削れますか」
「時間がかかる。その間、引きつけ続けられるか」
「やります」
《高速移動》でゴーレムの正面に出た。
火球を顔面に叩き込む。
ゴーレムがこちらを向いた。
「私に来い——」
腕が振られた。
回避が間に合わない——
ドナンが横から飛び込んで、腕の軌道をずらした。
衝撃がドナンに行った。
「ドナンさん!」
「問題ない」とドナンが言った。でも、膝をついていた。「続けろ」
「無理をしないでください」
「問題ないと言った」
立ち上がった。
顔色が変わっていない。本当に問題ないのかもしれなかった。
ゴーレムが再び動く。
レイスが後方から叫んだ。
「左足の関節、ドナンが削った右側と連動している。左足を攻撃すると右肩が一瞬不安定になる」
「どういうことですか」
「魔力の循環が繋がっている。片方を崩すと、連動した部位が揺らぐ」
「……左足を崩せば、右肩の関節に隙ができる」
「そうだ。試してみる価値がある」
「シロ、左足を頼む。僕は右肩を狙う」
「分かった」
シロが左足の関節に牙を当てた。
ゴーレムがよろけた。
右肩の関節が、一瞬大きく発光した。
今だ——
《魔力圧縮》で絞った火球を右肩に叩き込む。
爆発。
ゴーレムが大きく揺れた。
「……効いた!」
「繋がりが崩れた」とレイスが言った。「ただし、すぐに回復する。同じことをもう何度かやる必要がある」
「何度も同じ手が通じますか」
「分からない。ただ——」
ゴーレムが体勢を立て直した。
今度は違う動きをした。
腕を引き絞って、ためている。
「大きい攻撃が来る」
「逃げろ!」とファルが叫んだ。
全員が散った。
ゴーレムの腕が地面を叩いた。
衝撃波が床を走った。
全員がはじき飛ばされた。
「……っ」
壁に叩きつけられた。
痛い。立てる。でも足がふらついている。
「全員、無事か」
「無事だ」とファルが言った。
「何とか」とレイスが言った。
「ああ」とドナンが言った。
シロが「生きている」と言った。
ゴーレムが、ゆっくりとこちらを向いた。
さっきより、発光が増している。
「……怒ったか」
「強化している」とシロが言った。「攻撃を受けて、魔力の循環が速くなっている」
「つまり、時間を使うほど強くなる」
「そうだ」
「急ぎましょう。同じ手でも、もう一度試します」
「通じるか」とファルが聞いた。
「通じなければ別の方法を考えます。でも、今一番確実なのはこれだ」
ゴーレムが再び動いた。
今度は、標的を変えた。
レイスを狙っていた。
後方にいたレイスが一番遠い。
でも、ゴーレムの速さが上がっている。
「レイスさん、右に——」
間に合わない。
「カルド!」とシロが叫んだ。
《高速移動》で割り込んだ。
ゴーレムの腕が、直撃した。
衝撃が全身に走った。
視界が飛ぶ。
「——ぐっ」
飛ばされた。
壁に激突した。
骨が折れた感覚がした。
動けない。
ゴーレムが、こちらを向いた。
もう一度、腕を振り上げている。
逃げられない。
暗転。
*
「——っ!」
同じ場所。
同じ空間。
レイスが無事だ。シロもファルもドナンも、全員が今の動きで距離を取っている。
「カルド」とシロが言った。
「戻ってきた。大丈夫」
『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
光が浮かぶ。
『ゴーレム装甲理解:岩石系への攻撃精度向上』
『岩礫生成:地面の岩石を魔力で束ねて射出する』
『衝撃吸収:受けた衝撃の一部を魔力に変換する』
「《岩礫生成》」
地面を見る。
この空間の床も、壁も、全部岩だ。
素材は無限にある。
頭の中に感覚が流れ込む。
地面の岩を魔力で束ねる。引き剥がして、圧縮して、射出する。
そこに《魔力圧縮》を合わせる。
岩を束ねる段階で、すでに密度を上げる。圧縮した岩礫を、さらに圧縮しながら放つ。
火球より遅い。でも、密度が全然違う。
硬いものに、硬いものを当てる。
光が消えた。
「火球は通らない。岩を使う」
「岩を」とファルが言った。
「《岩礫生成》を取得した。この床の岩を束ねて圧縮して飛ばせる。《魔力圧縮》と合わせれば、今まで以上の威力が出せるはずだ」
「胸の中央に届くか」
「試します。ただ——胸に届くには近づかないといけない。腕の間を抜ける必要がある」
ファルが少し間を置いた。
「近づく隙を作る。シロ、ドナン、関節への攻撃を続けてゴーレムの注意を分散させろ。私が腕の間を切り開く。カルド、そこに入れ」
「了解」
「ただし、一発で決めろ。二発目はない」
「分かった」
ゴーレムが動いた。
シロが左足の関節に飛びかかった。
ドナンが右腕の関節を削る。
ゴーレムの動きが乱れた。
ファルが正面から踏み込んだ。
四本の腕が、ファルに向かう。
一本、捌く。
二本目を流す。
三本目は——受けた。
「ファルさん!」
「行け!」
血が出ていた。でも、ファルは腕を振り払って前に立ち続けた。
腕の間に、一瞬隙ができた。
《高速移動》で飛び込んだ。
胸の中央、目の前だ。
地面の岩を魔力で引き剥がす。
束ねる。
圧縮する——さらに圧縮する。
手のひらの中で、岩が縮まっていく。
小さく、密度が高く、硬く。
「《岩礫生成》——《魔力圧縮》」
放った。
轟音。
胸の中央に、圧縮された岩礫が突き刺さった。
ゴーレムが揺れた。
胸の岩に亀裂が入った。
裂けた。
赤い発光が、一気に膨れ上がった。
「離れろ!」とファルが叫んだ。
《高速移動》で後退する。
爆発が起きた。
ゴーレムの胸から、魔力が暴発した。
四方に衝撃が走った。
全員がはじき飛ばされた。
*
静寂。
砂埃が収まっていく。
ゴーレムが、崩れていた。
岩が、ばらばらに散らばっている。
発光は消えていた。
誰も動かなかった。
しばらく経って、シロが「……終わったか」と言った。
「終わった」
全員が、その場に倒れ込むように座った。
「……全員、無事か」
「生きてる」とシロが言った。
「何とか」とレイスが言った。
ドナンが「ああ」と言って、床に座り込んだ。
ファルが腕を押さえていた。
「ファルさん、傷が」
「浅い。動ける」
「後で処置しましょう」
「分かってる」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ゴーレムの残骸が、静かに転がっている。
「……カルド」とレイスが言った。
「はい」
「最後の攻撃。《岩礫生成》か」
「そうです。《死に戻り》のあとに取得した」
「地面の岩を束ねて圧縮した。それを《魔力圧縮》でさらに絞り込んだ。合ってるか」
「合ってます」
「……」レイスが少し息を吐いた。「理解が、速くなっているな」
「どういうことですか」
「以前は死んでからスキルを取得して、そこで初めて使えるようになっていた。今は取得した瞬間に、どう使うかまで見えていた。目の前で戦いながら」
言われて、気づいた。
確かに。《岩礫生成》を取得した瞬間に、《魔力圧縮》との組み合わせが見えていた。
「……積み重なってるのかもしれない。スキルが増えると、新しいスキルとの繋がりも見えやすくなる」
「職人と同じだ」とドナンが言った。「技が増えると、技の組み合わせが見えてくる」
「ドナンさんらしい例えですね」
「事実だ」
ファルが「立てるか」と言った。
「立てます」
「出口を探す。この空間に、もう一つ扉があるはずだ」
「どうして分かるんですか」
「ダンジョンのボスを倒すと、出口が現れる。これは探索者の間では常識だ」
全員で空間を見回した。
ゴーレムがいた中央から、奥の壁に何かが見えた。
近づくと、扉だった。
さっきの扉より小さい。でも、同じ石積みの作りだ。表面に、石板と同じ文字が刻まれている。
「……この扉の向こうに何があるんでしょう」
「出口だ」とファルが言った。「ただ——」
ファルが文字を確認した。
「……案内人、この文字は」
『解析します』
少し待った。
『「試された者よ、上に還れ。問いは続く」』
「上に還れ」
「上に還れば出口か」とシロが言った。
「問いは続く」とレイスが静かに繰り返した。「クリアで終わりじゃない、ということか」
「このダンジョンは通過点だ」と僕は言った。「何かのための、入口だ」
「何かとは」
「山の頂。石板に書いてあった。山の頂に至る者に問いかける者がいる、と」
全員が少し黙った。
ドナンが扉に手をかけた。
「行こう。立ち止まっていても答えは出ない」
扉が開いた。
光が差し込んだ。
出口の光だった。
*
地上に出た瞬間、空気が変わった。
外の空気だ。
ダンジョンの中とは全然違う。
全員で、深く息を吸った。
「……生きてる」
「当然だ」とファルが言った。
でも、ファルも空を見上げていた。
夕暮れだった。
オレンジ色の光が、森の上に広がっている。
「もうこんな時間か」とレイスが言った。
「一日中いたんですね」
「それだけ深かった」
シロが鼻を鳴らした。
「レイス、匂いが変だ。傷か」
「少し擦り傷が……」
「後で見る」
「ありがとう、シロ」
拠点に向かいながら、全員でゆっくり歩いた。
途中、ファルが言った。
「カルド」
「はい」
「二度死んだな」
「……はい」
「怖かったか」
少し考えた。
「怖かったです。ボスに飛び込むとき、間に合わないと思った。でも、レイスさんが見えたので」
ファルが何も言わなかった。
「ファルさんも怖かったですか」
「……そういうことを聞くな」
「気になりました」
「気にするな」
でも、ファルの歩き方が少し変わった気がした。
怒っているわけじゃない。
シロが「怖かった」と短く言った。
「シロが」
「お前が飛び込むのが見えた。止める間がなかった。怖かった」
思わず足が止まった。
「シロが怖かったって、初めて聞いた」
「怖くないわけがない」とシロが言った。「お前が消えるかもしれないと思った」
「死に戻りがあるから」
「その確信が、私にはない」
その一言が、しばらく頭の中に残った。
シロにとって、僕の死は確認できない。
いなくなるかもしれないという感覚を抱えながら、ずっと一緒にいてくれていたのか。
「……ありがとう、シロ」
シロが鼻を鳴らした。
拠点が見えてきた。
火の光がある。ドナンとレイスが先に戻って、すでに準備を始めてくれていたらしい。
「今日は疲れた」とレイスが言った。
「お疲れ様でした」
「ゆっくり休む。報告は明日でいい」
「そうしましょう」
全員で火を囲んだ。
ダンジョンの中では見えなかったものが、火の光の中でよく見えた。
ファルの腕に巻いた布。ドナンの服の破れ。レイスの手の擦り傷。シロの毛並みのひとかたまりが抜けている。
全員、傷ついている。
でも、全員いる。
「……今日、ありがとうございました」
誰も「どういたしまして」とは言わなかった。
ファルが「次は死ぬな」と言った。
ドナンが「ああ」と言った。
レイスが「次回はもっと準備する」と言った。
シロが「次も行くのか」と言った。
「多分」
「……そうか」
シロが火を見た。
「なら、また行く」
それだけだった。
夜が深まる。
川の音が続いている。
カルドは地図を広げた。
ダンジョンの内部構造を書き加える。各層の特徴。石板の場所。ゴーレムのいた空間。出口の扉。
そして、石板に書いてあった言葉。
「試された者よ、上に還れ。問いは続く」
問いは続く。
上とは、どこを指すのか。
山の頂に、問いかける者がいる。
ゆっくりと地図を折りたたんだ。
そのとき、《波長理解》が揺れた。
東だ。
昨夜より、近い。
昨夜より、大きい。
でも——
「……これ、新しい反応だ」
今まで感じていた「観察している」ような波長ではない。
もっと、直接的な感覚だ。
『未識別反応の性質が変化しました。観察から、接触試行に移行している可能性があります』
接触試行。
「……向こうから来ようとしているってこと?」
『断定できません。ただ、波長のパターンがダンジョンの石板で記録した文字パターンと一致する部分があります』
石板と、同じパターン。
「つまり、石板を作った存在と——同じか、繋がっている」
『可能性があります』
カルドは東の方向を見た。
暗い森。その向こう。
来ようとしている。
怖いかと問われれば、怖い。
でも、嫌な感じはしない。
「……案内人、これは敵だと思うか」
しばらく間があった。
『……分かりません。ただ、これまでずっと観察し続けていて、今日ダンジョンをクリアしたことで何かが変わった、というのは確かです』
試された者よ、上に還れ。
「……試しに合格したから、次に進んでいいってことかな」
『分かりません。ただ、カルド様がそう感じるなら、そうかもしれません』
珍しく、案内人が断言しなかった。
「明日、みんなに話す」
『了解しました』
火が揺れた。
川の音が続いていた。
東の気配は、夜通し続いた。
今夜は、昨夜より確実に近かった。
扉を抜けた瞬間、まず広さに圧倒された。
天井が見えない。壁が遠い。ダンジョンの中とは思えない空間だった。
中央に、それはいた。
高さ六メートルを超える、岩でできた人型の魔物。
ゴーレムだ。
全身が、この島の岩と同じ色をしている。関節部分だけが赤く発光していて、そこだけが生きているように見えた。
動いていない。
目を閉じている。
「……眠っているのか」
「違う」とシロが低く言った。「起きている。感知している」
「でも動かない」
「こちらが動くのを待っている」
全員が静止した。
扉が、背後で閉じた。
重い音が、空間に響いた。
『石人型魔物——ストーンゴーレムです。全身が硬質の岩で構成されています。通常の攻撃はほぼ無効。関節部の発光箇所が魔力の流通経路と思われます』
「関節部か」
「火球では届かないな」とファルが静かに言った。「あの硬さだと、弾かれる」
「《慧眼》で確認します」
六メートルの巨体を《慧眼》で読む。
全身、岩。密度が高い。確かに通常の火球では通らない。
関節部の赤い発光。
そこだけ、岩の密度が違う。隙間がある。でも小さい。
「関節部は弱い。ただし、ピンポイントで当てる必要がある。外側から強引に叩いても駄目です」
「どのくらいの精度が要る」
「……かなり正確に。しかも、動いている最中に」
ファルが少し息を吐いた。
「難しい条件だ」
「それと——岩の内部に魔力の流れがある。関節から関節へと循環している。一箇所を壊しても、他の関節がカバーする可能性があります」
「全部同時に壊すのか」
「か、循環を止める方法があれば」
「循環を止める」とレイスが後方で言った。「どこかに起点がある。心臓部みたいな場所が」
「《慧眼》では見えない。内部まで読めていない」
「胸の中央だ」とドナンが言った。
全員がドナンを見た。
「どうして分かるんですか」
「石の積み方だ。全身の岩が、胸の中央から外側に向かって組まれている。起点はそこだ」
「……建築家の目だ」とレイスが言った。静かに驚いていた。
「鍛冶師の目だ」とドナンが言った。「構造を見れば分かる」
「胸の中央を壊せれば、循環が止まる。そこが本当の弱点だ」とカルドが言った。
「ただし、胸は岩が最も厚い部分のはずだ」とドナンが言った。「外から叩いても届かない」
「どうする」
誰も、すぐには答えなかった。
ゴーレムが、目を開いた。
赤い目。
発光している。
「来る」とシロが言った。
*
動いた瞬間、地面が揺れた。
一歩の重さが違う。
「散れ!」とファルが言った。
全員が左右に跳んだ。
ゴーレムの腕が振り下ろされた。
地面に亀裂が入った。
「……腕一本でこれか」
「胸を狙うには近づかないといけない」とファルが言った。「近づく方法を考えながら戦う。今は攻撃を捌くことに集中しろ」
「了解」
シロが前に出た。
ゴーレムの注意を引きつける。
ゴーレムがシロを追う。
その間に、ファルが関節部分に剣を当てた。
金属音がした。
「……通らない」
「関節でも通らないですか」
「深さが足りない。もっと集中させないと」
《魔力圧縮》で火球を絞る。
関節部に向けて放つ。
命中。
ゴーレムが少し揺らいだ。
でも、止まらない。
「効いてはいる。ただ、足りない」
「どのくらい必要ですか」
「今の三倍は威力が要る」
三倍。
《魔力圧縮》の限界まで絞っても、今の二倍が精一杯だ。
ゴーレムがシロに腕を振った。
シロが横に跳ぶ。
でも間に合いきれず、かすった。
「シロ!」
「問題ない」
シロが着地して、また動く。
でも、動きが少し鈍くなった。
「ドナン、右関節」
「分かってる」
ドナンが右側から棒を関節に突き刺す。
金属が岩を削る音がした。
「……少し入った。隙間がある」
「続けて削れますか」
「時間がかかる。その間、引きつけ続けられるか」
「やります」
《高速移動》でゴーレムの正面に出た。
火球を顔面に叩き込む。
ゴーレムがこちらを向いた。
「私に来い——」
腕が振られた。
回避が間に合わない——
ドナンが横から飛び込んで、腕の軌道をずらした。
衝撃がドナンに行った。
「ドナンさん!」
「問題ない」とドナンが言った。でも、膝をついていた。「続けろ」
「無理をしないでください」
「問題ないと言った」
立ち上がった。
顔色が変わっていない。本当に問題ないのかもしれなかった。
ゴーレムが再び動く。
レイスが後方から叫んだ。
「左足の関節、ドナンが削った右側と連動している。左足を攻撃すると右肩が一瞬不安定になる」
「どういうことですか」
「魔力の循環が繋がっている。片方を崩すと、連動した部位が揺らぐ」
「……左足を崩せば、右肩の関節に隙ができる」
「そうだ。試してみる価値がある」
「シロ、左足を頼む。僕は右肩を狙う」
「分かった」
シロが左足の関節に牙を当てた。
ゴーレムがよろけた。
右肩の関節が、一瞬大きく発光した。
今だ——
《魔力圧縮》で絞った火球を右肩に叩き込む。
爆発。
ゴーレムが大きく揺れた。
「……効いた!」
「繋がりが崩れた」とレイスが言った。「ただし、すぐに回復する。同じことをもう何度かやる必要がある」
「何度も同じ手が通じますか」
「分からない。ただ——」
ゴーレムが体勢を立て直した。
今度は違う動きをした。
腕を引き絞って、ためている。
「大きい攻撃が来る」
「逃げろ!」とファルが叫んだ。
全員が散った。
ゴーレムの腕が地面を叩いた。
衝撃波が床を走った。
全員がはじき飛ばされた。
「……っ」
壁に叩きつけられた。
痛い。立てる。でも足がふらついている。
「全員、無事か」
「無事だ」とファルが言った。
「何とか」とレイスが言った。
「ああ」とドナンが言った。
シロが「生きている」と言った。
ゴーレムが、ゆっくりとこちらを向いた。
さっきより、発光が増している。
「……怒ったか」
「強化している」とシロが言った。「攻撃を受けて、魔力の循環が速くなっている」
「つまり、時間を使うほど強くなる」
「そうだ」
「急ぎましょう。同じ手でも、もう一度試します」
「通じるか」とファルが聞いた。
「通じなければ別の方法を考えます。でも、今一番確実なのはこれだ」
ゴーレムが再び動いた。
今度は、標的を変えた。
レイスを狙っていた。
後方にいたレイスが一番遠い。
でも、ゴーレムの速さが上がっている。
「レイスさん、右に——」
間に合わない。
「カルド!」とシロが叫んだ。
《高速移動》で割り込んだ。
ゴーレムの腕が、直撃した。
衝撃が全身に走った。
視界が飛ぶ。
「——ぐっ」
飛ばされた。
壁に激突した。
骨が折れた感覚がした。
動けない。
ゴーレムが、こちらを向いた。
もう一度、腕を振り上げている。
逃げられない。
暗転。
*
「——っ!」
同じ場所。
同じ空間。
レイスが無事だ。シロもファルもドナンも、全員が今の動きで距離を取っている。
「カルド」とシロが言った。
「戻ってきた。大丈夫」
『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
光が浮かぶ。
『ゴーレム装甲理解:岩石系への攻撃精度向上』
『岩礫生成:地面の岩石を魔力で束ねて射出する』
『衝撃吸収:受けた衝撃の一部を魔力に変換する』
「《岩礫生成》」
地面を見る。
この空間の床も、壁も、全部岩だ。
素材は無限にある。
頭の中に感覚が流れ込む。
地面の岩を魔力で束ねる。引き剥がして、圧縮して、射出する。
そこに《魔力圧縮》を合わせる。
岩を束ねる段階で、すでに密度を上げる。圧縮した岩礫を、さらに圧縮しながら放つ。
火球より遅い。でも、密度が全然違う。
硬いものに、硬いものを当てる。
光が消えた。
「火球は通らない。岩を使う」
「岩を」とファルが言った。
「《岩礫生成》を取得した。この床の岩を束ねて圧縮して飛ばせる。《魔力圧縮》と合わせれば、今まで以上の威力が出せるはずだ」
「胸の中央に届くか」
「試します。ただ——胸に届くには近づかないといけない。腕の間を抜ける必要がある」
ファルが少し間を置いた。
「近づく隙を作る。シロ、ドナン、関節への攻撃を続けてゴーレムの注意を分散させろ。私が腕の間を切り開く。カルド、そこに入れ」
「了解」
「ただし、一発で決めろ。二発目はない」
「分かった」
ゴーレムが動いた。
シロが左足の関節に飛びかかった。
ドナンが右腕の関節を削る。
ゴーレムの動きが乱れた。
ファルが正面から踏み込んだ。
四本の腕が、ファルに向かう。
一本、捌く。
二本目を流す。
三本目は——受けた。
「ファルさん!」
「行け!」
血が出ていた。でも、ファルは腕を振り払って前に立ち続けた。
腕の間に、一瞬隙ができた。
《高速移動》で飛び込んだ。
胸の中央、目の前だ。
地面の岩を魔力で引き剥がす。
束ねる。
圧縮する——さらに圧縮する。
手のひらの中で、岩が縮まっていく。
小さく、密度が高く、硬く。
「《岩礫生成》——《魔力圧縮》」
放った。
轟音。
胸の中央に、圧縮された岩礫が突き刺さった。
ゴーレムが揺れた。
胸の岩に亀裂が入った。
裂けた。
赤い発光が、一気に膨れ上がった。
「離れろ!」とファルが叫んだ。
《高速移動》で後退する。
爆発が起きた。
ゴーレムの胸から、魔力が暴発した。
四方に衝撃が走った。
全員がはじき飛ばされた。
*
静寂。
砂埃が収まっていく。
ゴーレムが、崩れていた。
岩が、ばらばらに散らばっている。
発光は消えていた。
誰も動かなかった。
しばらく経って、シロが「……終わったか」と言った。
「終わった」
全員が、その場に倒れ込むように座った。
「……全員、無事か」
「生きてる」とシロが言った。
「何とか」とレイスが言った。
ドナンが「ああ」と言って、床に座り込んだ。
ファルが腕を押さえていた。
「ファルさん、傷が」
「浅い。動ける」
「後で処置しましょう」
「分かってる」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ゴーレムの残骸が、静かに転がっている。
「……カルド」とレイスが言った。
「はい」
「最後の攻撃。《岩礫生成》か」
「そうです。《死に戻り》のあとに取得した」
「地面の岩を束ねて圧縮した。それを《魔力圧縮》でさらに絞り込んだ。合ってるか」
「合ってます」
「……」レイスが少し息を吐いた。「理解が、速くなっているな」
「どういうことですか」
「以前は死んでからスキルを取得して、そこで初めて使えるようになっていた。今は取得した瞬間に、どう使うかまで見えていた。目の前で戦いながら」
言われて、気づいた。
確かに。《岩礫生成》を取得した瞬間に、《魔力圧縮》との組み合わせが見えていた。
「……積み重なってるのかもしれない。スキルが増えると、新しいスキルとの繋がりも見えやすくなる」
「職人と同じだ」とドナンが言った。「技が増えると、技の組み合わせが見えてくる」
「ドナンさんらしい例えですね」
「事実だ」
ファルが「立てるか」と言った。
「立てます」
「出口を探す。この空間に、もう一つ扉があるはずだ」
「どうして分かるんですか」
「ダンジョンのボスを倒すと、出口が現れる。これは探索者の間では常識だ」
全員で空間を見回した。
ゴーレムがいた中央から、奥の壁に何かが見えた。
近づくと、扉だった。
さっきの扉より小さい。でも、同じ石積みの作りだ。表面に、石板と同じ文字が刻まれている。
「……この扉の向こうに何があるんでしょう」
「出口だ」とファルが言った。「ただ——」
ファルが文字を確認した。
「……案内人、この文字は」
『解析します』
少し待った。
『「試された者よ、上に還れ。問いは続く」』
「上に還れ」
「上に還れば出口か」とシロが言った。
「問いは続く」とレイスが静かに繰り返した。「クリアで終わりじゃない、ということか」
「このダンジョンは通過点だ」と僕は言った。「何かのための、入口だ」
「何かとは」
「山の頂。石板に書いてあった。山の頂に至る者に問いかける者がいる、と」
全員が少し黙った。
ドナンが扉に手をかけた。
「行こう。立ち止まっていても答えは出ない」
扉が開いた。
光が差し込んだ。
出口の光だった。
*
地上に出た瞬間、空気が変わった。
外の空気だ。
ダンジョンの中とは全然違う。
全員で、深く息を吸った。
「……生きてる」
「当然だ」とファルが言った。
でも、ファルも空を見上げていた。
夕暮れだった。
オレンジ色の光が、森の上に広がっている。
「もうこんな時間か」とレイスが言った。
「一日中いたんですね」
「それだけ深かった」
シロが鼻を鳴らした。
「レイス、匂いが変だ。傷か」
「少し擦り傷が……」
「後で見る」
「ありがとう、シロ」
拠点に向かいながら、全員でゆっくり歩いた。
途中、ファルが言った。
「カルド」
「はい」
「二度死んだな」
「……はい」
「怖かったか」
少し考えた。
「怖かったです。ボスに飛び込むとき、間に合わないと思った。でも、レイスさんが見えたので」
ファルが何も言わなかった。
「ファルさんも怖かったですか」
「……そういうことを聞くな」
「気になりました」
「気にするな」
でも、ファルの歩き方が少し変わった気がした。
怒っているわけじゃない。
シロが「怖かった」と短く言った。
「シロが」
「お前が飛び込むのが見えた。止める間がなかった。怖かった」
思わず足が止まった。
「シロが怖かったって、初めて聞いた」
「怖くないわけがない」とシロが言った。「お前が消えるかもしれないと思った」
「死に戻りがあるから」
「その確信が、私にはない」
その一言が、しばらく頭の中に残った。
シロにとって、僕の死は確認できない。
いなくなるかもしれないという感覚を抱えながら、ずっと一緒にいてくれていたのか。
「……ありがとう、シロ」
シロが鼻を鳴らした。
拠点が見えてきた。
火の光がある。ドナンとレイスが先に戻って、すでに準備を始めてくれていたらしい。
「今日は疲れた」とレイスが言った。
「お疲れ様でした」
「ゆっくり休む。報告は明日でいい」
「そうしましょう」
全員で火を囲んだ。
ダンジョンの中では見えなかったものが、火の光の中でよく見えた。
ファルの腕に巻いた布。ドナンの服の破れ。レイスの手の擦り傷。シロの毛並みのひとかたまりが抜けている。
全員、傷ついている。
でも、全員いる。
「……今日、ありがとうございました」
誰も「どういたしまして」とは言わなかった。
ファルが「次は死ぬな」と言った。
ドナンが「ああ」と言った。
レイスが「次回はもっと準備する」と言った。
シロが「次も行くのか」と言った。
「多分」
「……そうか」
シロが火を見た。
「なら、また行く」
それだけだった。
夜が深まる。
川の音が続いている。
カルドは地図を広げた。
ダンジョンの内部構造を書き加える。各層の特徴。石板の場所。ゴーレムのいた空間。出口の扉。
そして、石板に書いてあった言葉。
「試された者よ、上に還れ。問いは続く」
問いは続く。
上とは、どこを指すのか。
山の頂に、問いかける者がいる。
ゆっくりと地図を折りたたんだ。
そのとき、《波長理解》が揺れた。
東だ。
昨夜より、近い。
昨夜より、大きい。
でも——
「……これ、新しい反応だ」
今まで感じていた「観察している」ような波長ではない。
もっと、直接的な感覚だ。
『未識別反応の性質が変化しました。観察から、接触試行に移行している可能性があります』
接触試行。
「……向こうから来ようとしているってこと?」
『断定できません。ただ、波長のパターンがダンジョンの石板で記録した文字パターンと一致する部分があります』
石板と、同じパターン。
「つまり、石板を作った存在と——同じか、繋がっている」
『可能性があります』
カルドは東の方向を見た。
暗い森。その向こう。
来ようとしている。
怖いかと問われれば、怖い。
でも、嫌な感じはしない。
「……案内人、これは敵だと思うか」
しばらく間があった。
『……分かりません。ただ、これまでずっと観察し続けていて、今日ダンジョンをクリアしたことで何かが変わった、というのは確かです』
試された者よ、上に還れ。
「……試しに合格したから、次に進んでいいってことかな」
『分かりません。ただ、カルド様がそう感じるなら、そうかもしれません』
珍しく、案内人が断言しなかった。
「明日、みんなに話す」
『了解しました』
火が揺れた。
川の音が続いていた。
東の気配は、夜通し続いた。
今夜は、昨夜より確実に近かった。
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