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祝辞

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 祝辞をくださった青年会議所専務理事さんのおっしゃった通りに、聡一郎さんは誠実で、何事にも順序を重んじる人です。私たちは付き合いはじめてから一年以上も経つのに、まだキスすらしていません。時々、偶然に手が触れ合うだけでもドキドキしています。私は本当に聡一郎さんのことが大好きですから、なにもしなくても、肉体的な接触がほとんどなくても、ただ会えるだけでも幸せですし、愛されて大事にされていると感じるだけで充分なのです。
 美沙子さん、ごめんなさい。のろけちゃいましたね。あなたになら、わかっていただけるでしょう? 私と同じで、聡一郎さんを大好きになって、結婚までできた女の人なのですから。
 感激のあまりに、時間が過ぎるのがとても早く感じます。慌ただしくお色直しを繰り返したせいもあるのでしょうが。普段は食いしん坊の私なのに、今日は胸が一杯で、すごく緊張までして、お腹が空く余裕すらありません。一人二万二千円の豪華な和洋折衷のコース料理の品々が次から次に運ばれてきては、手をつけないうちに持ち去られていくのを眺めつつ、聡一郎さんと結婚できた幸せだけを噛み締めています。
 そう、私は幸せ者です。どういう訳か、お義父様お義母様からも、すごく歓迎されているのです。お二人はそろって衣装合わせのときに同行してくださって、ちんちくりんの私のために、あれも似合う、これも可愛い、あれも捨てがたい、これは絶対はずせない、とおっしゃりながら、とても熱心に選んでくださいました。その結果、四回もお色直しをさせていただいたのです。
 結婚式では、お義母様から譲っていただいた白無垢綿帽子。披露宴では、色打掛、花嫁振袖、ウエディングドレス、カラードレス。花嫁衣裳を、なんと五つも着てしまいました。
 着せ替え人形になったみたいで楽しかったけど、さすがに疲れました。聡一郎さんイチオシの露出を抑えたカラードレス姿になって、やっと一息つけています。平服に一番近いし、大好きなオレンジ色を目にしていると落ち着きます。重いかつらや大きな髪飾りから開放されたので、祝辞をくださる方に頭を下げたり、聞きながら頷いたりするのもずいぶん楽になりました。
 モーニング姿になった聡一郎さんも、惚れ直しちゃうくらいに、いつにもまして素敵です。衣装合わせのときに試着したフロックコートやタキシードもよく似合っていたけれど、やっぱりオーソドックスな黒のモーニングコートにグレーのズボン姿の方が、聡一郎さんの品のよさや清潔感を引き立たせます。おそろいの格好になった淳一郎君も、言わずもがなですよ、美沙子さん。
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