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第四十九話 波切り
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真っ白な霧の中に黒い鎧武者が舞い上がった。身長五メートルの巨躯は、重力に引かれるまま沼の中に突っ込んだ。
その瞬間、沼の水面から「ボッチャン」という擬音が可視化するほど派手な音が鳴った。それに遅れて、噴水のような水飛沫が上がった。水面に幾重もの波紋が広がっていく。
波紋の中点には、元凶である鎧武者が横たわっていた。
沼に嵌まった鎧武者。その状況で、ご機嫌になれる人間は、全人類中では少数派だろう。鎧武者の機嫌も、それなりに悪い。その想いは、鎧武者の腹に納まる中学三年生男子の脳内に響き渡っていた。
((これは無いぞ))
鎧武者、NTM01ムラマサは、搭乗者である名取耀平に文句を垂れた。それに対して耀平は即答した。
「ごめんて」
耀平は軽く頭を下げた。その行為は、耀平の左肩に腰掛けた小妖精の目(視覚センサー)には「奇行」として映っていた。
「何を言っとるんだ? それより――」
小妖精、耀蔵(AI)は首を傾げた。
そもそも、ムラマサの声は耀平にしか届いていないのだ。耀平の行為は、耀蔵(AI)には意味不明だ。
しかし、耀蔵(AI)に耀平の意図を詮索する機能も無ければ、その気も無い。そもそも、「今」は他所事にかまけている場合ではなかった。
「敵さんがこっちを見とるぞい」
敵さん。耀平達が嵌った沼の傍に、金ピカ重装騎士が立っていた。
NTMH05フラガラック。
敵であるフラガラックの武器は、右手に嵌めた「ギガトンパンチ」という巨手。その握力は、ツクモスの腕さえも容易に引き千切るほど。
実際、フラガラックの右手の中には、引き千切ったばかりの鎧武者の左腕が収まっている。
その事実は、耀平達の窮地を意味していた。
一回戦に続いて、ムラマサは隻腕になってしまった。残る右腕を失えば、ムラマサ(耀平)は敗北する。その可能性を想像して、耀平は直ぐ様ムラマサを起こした。
幸いにして、沼の深さはムラマサの太腿までしかなかった。その事実は、耀平達にとっては幸運と言える。しかし、窮地から脱している訳ではない。
ムラマサの脚は「沼」という枷に囚われている。
対してフラガラックは地上に立っている。しかも、右手のギガトンパンチの中には大口径ライフルを握ったムラマサの左腕が有った。
その事実は、耀平の額と背中に冷汗を滴らせていた。
撃ち合いになったら――負ける。
耀平は直ぐ様ムラマサの向きを司る操縦桿を後退の方向に倒した。続け様に移動用のペダルを踏んで、更に沼の奥へと向かった。
ムラマサの後退に合わせて、周囲の霧が漆黒の巨躯を隠していく。その様子は、フラガラックの視覚センサーに捉えられていた。
「逃がすかっ」
フラガラックの腹の中でブラン・マックールが声を上げた。その直後、フラガラックは右手を一振りした。
フラガラックの右手(ギガトンパンチ)からムラマサの左腕が飛び出した。それも、ライフルが握られたままの状態で。
ブランは、自分から有利な撃ち合いを捨てていた。
そもそも、ブランはムラマサの武器を使う気も無ければ、打ち合いで決着をつける気も無かった。
決着は、この俺の手で付けんと気が済まん。
ブランはムラマサを追って沼に入った。
ブランとしては、地の底まで追いかけるつもりだった。しかし、その覚悟は必要なかった。
ムラマサは、沼の中心付近で脚を止めていた。
ムラマサがいる場所は、どうやら他より水深が増している様子。漆黒の下半身は、完全に沼の中に嵌っている。少なくとも、ブランの目にはそのように映っている。
その事実を直感した瞬間、ブランの端正な口が吊り上がった。
「容赦無く、行かせて貰う」
ブランは前進を念じた。フラガラックは即応で前進。その野太い太腿で泥濘を引き裂きながら、ムラマサとの距離を詰めていく。
彼我の距離は一メートルを切った。それでも、ムラマサは下半身を沈めたまま動かない。その眼前に、金ピカ重装騎士が立ちはだかった。
このとき、フラガラックは太腿から下を沼に嵌めた状態である。
そう、実際の沼の深度はツクモスの太腿までしかなかった。
ムラマサが深く沈んでいるように見えたのは、沼の中でしゃがんでいたからだ。
ムラマサは腰を屈めながら、右手に打刀を握っていた。
耀平は「ブランが撃ち合いをしない」と直感した瞬間、右手の装備をライフルから打刀に切り替えていた。それを下段に構えて、沼の中に武器を隠した。
「こういう構え。古い時代劇に有ったよね」
耀平は肩に座る耀蔵(AI)に声を掛けた。すると、耀蔵(AI)は即答した。
「何とか狼の、『水鴎流、波切りの太刀』じゃな」
「そう、それ」
耀平の脳内に、とある時代劇の決闘シーンが閃いた。
水鴎流、波切りの太刀。
水面下に打刀を隠した構え。その状態のまま、相手が間合いに入るのを待つ。そこに踏み込まれた瞬間、水上に向かって斬り上げ、続け様に大上段から切り下す。
相手を謀るが故に、邪道ではある。それと分かっていれば、対策も有る。しかし、ブランの脳内に波切りの太刀は無かった。
耀平は、脳内で技の軌道をなぞっていた。その最中、耀平の脳内にムラマサの声が響き渡った。
((なるほど。そういう技なのか))
ムラマサの言葉に、耀平は「ギョッ」と擬音を出しながら目を開いた。思わず反応し掛けた。しかし、他所事にかまけている場合ではなかった。
耀平の視界に映った金ピカ騎士が、打刀の間合いに入っていた。その事実を直感した瞬間、耀平は神速で動いた。
このとき、フラガラックはムラマサの右肩に右手を伸ばしていた。それを遮るように、ムラマサは立ち上がりながら逆袈裟に打刀を振り上げた。
目には目を。歯には歯を。奇策には奇策っ!
フラガラックの右腕(肘先)に打刀の刃先が奔った。
その直後、巨大な右手が空中を舞った。その事実は、ブランの視界にハッキリ映っていた。
「くそっ!?」
ブランは目を大きく開きながら、距離を取ろうと後退を念じた。フラガラックは、即応で後退した。その反応速度は、第一世代型(ムラマサ)を超越している。
しかし――逃げ切れなかった。
このとき、ムラマサは耀平のイメージ通りに波切りの太刀を実行していた。
ブランが後退を念じた刹那、ムラマサは既に打刀を最上段に構えていた。フラガラックが後退するより先に、それを振り下ろした。
打刀の刃先が、フラガラックの左肩に当たった。それを直感する間も無く、ムラマサは打刀を振り抜いた。それと殆ど同時に、フラガラックは後退した。
フラガラックは後退し続けた。その最中、左肩の付け根がズレた。
フラガラックが移動するほどに、左肩のズレは大きくなった。最終的に、左肩が腕毎外れて――そのまま沼の中に沈んだ。
その事実は、耀平の目にも、ブランの目にも、ハッキリ映っていた。
その事実の意味が、白い靄の中に響き渡った。
「そこまで。勝者、J3M108――名取耀平」
その瞬間、沼の水面から「ボッチャン」という擬音が可視化するほど派手な音が鳴った。それに遅れて、噴水のような水飛沫が上がった。水面に幾重もの波紋が広がっていく。
波紋の中点には、元凶である鎧武者が横たわっていた。
沼に嵌まった鎧武者。その状況で、ご機嫌になれる人間は、全人類中では少数派だろう。鎧武者の機嫌も、それなりに悪い。その想いは、鎧武者の腹に納まる中学三年生男子の脳内に響き渡っていた。
((これは無いぞ))
鎧武者、NTM01ムラマサは、搭乗者である名取耀平に文句を垂れた。それに対して耀平は即答した。
「ごめんて」
耀平は軽く頭を下げた。その行為は、耀平の左肩に腰掛けた小妖精の目(視覚センサー)には「奇行」として映っていた。
「何を言っとるんだ? それより――」
小妖精、耀蔵(AI)は首を傾げた。
そもそも、ムラマサの声は耀平にしか届いていないのだ。耀平の行為は、耀蔵(AI)には意味不明だ。
しかし、耀蔵(AI)に耀平の意図を詮索する機能も無ければ、その気も無い。そもそも、「今」は他所事にかまけている場合ではなかった。
「敵さんがこっちを見とるぞい」
敵さん。耀平達が嵌った沼の傍に、金ピカ重装騎士が立っていた。
NTMH05フラガラック。
敵であるフラガラックの武器は、右手に嵌めた「ギガトンパンチ」という巨手。その握力は、ツクモスの腕さえも容易に引き千切るほど。
実際、フラガラックの右手の中には、引き千切ったばかりの鎧武者の左腕が収まっている。
その事実は、耀平達の窮地を意味していた。
一回戦に続いて、ムラマサは隻腕になってしまった。残る右腕を失えば、ムラマサ(耀平)は敗北する。その可能性を想像して、耀平は直ぐ様ムラマサを起こした。
幸いにして、沼の深さはムラマサの太腿までしかなかった。その事実は、耀平達にとっては幸運と言える。しかし、窮地から脱している訳ではない。
ムラマサの脚は「沼」という枷に囚われている。
対してフラガラックは地上に立っている。しかも、右手のギガトンパンチの中には大口径ライフルを握ったムラマサの左腕が有った。
その事実は、耀平の額と背中に冷汗を滴らせていた。
撃ち合いになったら――負ける。
耀平は直ぐ様ムラマサの向きを司る操縦桿を後退の方向に倒した。続け様に移動用のペダルを踏んで、更に沼の奥へと向かった。
ムラマサの後退に合わせて、周囲の霧が漆黒の巨躯を隠していく。その様子は、フラガラックの視覚センサーに捉えられていた。
「逃がすかっ」
フラガラックの腹の中でブラン・マックールが声を上げた。その直後、フラガラックは右手を一振りした。
フラガラックの右手(ギガトンパンチ)からムラマサの左腕が飛び出した。それも、ライフルが握られたままの状態で。
ブランは、自分から有利な撃ち合いを捨てていた。
そもそも、ブランはムラマサの武器を使う気も無ければ、打ち合いで決着をつける気も無かった。
決着は、この俺の手で付けんと気が済まん。
ブランはムラマサを追って沼に入った。
ブランとしては、地の底まで追いかけるつもりだった。しかし、その覚悟は必要なかった。
ムラマサは、沼の中心付近で脚を止めていた。
ムラマサがいる場所は、どうやら他より水深が増している様子。漆黒の下半身は、完全に沼の中に嵌っている。少なくとも、ブランの目にはそのように映っている。
その事実を直感した瞬間、ブランの端正な口が吊り上がった。
「容赦無く、行かせて貰う」
ブランは前進を念じた。フラガラックは即応で前進。その野太い太腿で泥濘を引き裂きながら、ムラマサとの距離を詰めていく。
彼我の距離は一メートルを切った。それでも、ムラマサは下半身を沈めたまま動かない。その眼前に、金ピカ重装騎士が立ちはだかった。
このとき、フラガラックは太腿から下を沼に嵌めた状態である。
そう、実際の沼の深度はツクモスの太腿までしかなかった。
ムラマサが深く沈んでいるように見えたのは、沼の中でしゃがんでいたからだ。
ムラマサは腰を屈めながら、右手に打刀を握っていた。
耀平は「ブランが撃ち合いをしない」と直感した瞬間、右手の装備をライフルから打刀に切り替えていた。それを下段に構えて、沼の中に武器を隠した。
「こういう構え。古い時代劇に有ったよね」
耀平は肩に座る耀蔵(AI)に声を掛けた。すると、耀蔵(AI)は即答した。
「何とか狼の、『水鴎流、波切りの太刀』じゃな」
「そう、それ」
耀平の脳内に、とある時代劇の決闘シーンが閃いた。
水鴎流、波切りの太刀。
水面下に打刀を隠した構え。その状態のまま、相手が間合いに入るのを待つ。そこに踏み込まれた瞬間、水上に向かって斬り上げ、続け様に大上段から切り下す。
相手を謀るが故に、邪道ではある。それと分かっていれば、対策も有る。しかし、ブランの脳内に波切りの太刀は無かった。
耀平は、脳内で技の軌道をなぞっていた。その最中、耀平の脳内にムラマサの声が響き渡った。
((なるほど。そういう技なのか))
ムラマサの言葉に、耀平は「ギョッ」と擬音を出しながら目を開いた。思わず反応し掛けた。しかし、他所事にかまけている場合ではなかった。
耀平の視界に映った金ピカ騎士が、打刀の間合いに入っていた。その事実を直感した瞬間、耀平は神速で動いた。
このとき、フラガラックはムラマサの右肩に右手を伸ばしていた。それを遮るように、ムラマサは立ち上がりながら逆袈裟に打刀を振り上げた。
目には目を。歯には歯を。奇策には奇策っ!
フラガラックの右腕(肘先)に打刀の刃先が奔った。
その直後、巨大な右手が空中を舞った。その事実は、ブランの視界にハッキリ映っていた。
「くそっ!?」
ブランは目を大きく開きながら、距離を取ろうと後退を念じた。フラガラックは、即応で後退した。その反応速度は、第一世代型(ムラマサ)を超越している。
しかし――逃げ切れなかった。
このとき、ムラマサは耀平のイメージ通りに波切りの太刀を実行していた。
ブランが後退を念じた刹那、ムラマサは既に打刀を最上段に構えていた。フラガラックが後退するより先に、それを振り下ろした。
打刀の刃先が、フラガラックの左肩に当たった。それを直感する間も無く、ムラマサは打刀を振り抜いた。それと殆ど同時に、フラガラックは後退した。
フラガラックは後退し続けた。その最中、左肩の付け根がズレた。
フラガラックが移動するほどに、左肩のズレは大きくなった。最終的に、左肩が腕毎外れて――そのまま沼の中に沈んだ。
その事実は、耀平の目にも、ブランの目にも、ハッキリ映っていた。
その事実の意味が、白い靄の中に響き渡った。
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