敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要

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結婚式

 あっという間にときは流れて、私と侯爵の結婚式が行われた。
 場所は旧サルサン国の改築された王城だ。マトルヘル侯爵は陛下より領地を賜り、統治を任されたようだ。
 両国の国民に祝福されて、問題なく城で披露宴も催された。

 そこに国王の代理として出席したのは、側妃となったエミリーヌ様だ。同郷のよしみだろうか。
 立食形式の宴の最中、側妃は新郎のマトルヘル侯爵に近づき、甘えるように彼の腕に自分のものを絡ませる。

「どうせ聖女はお飾りの妻でしょう? 一年経って陛下のお渡りがなければ、私をあなたに下げ渡すように陛下に望んでくれませんか?」

 側妃は、私だけではなく他の者にも聞こえるように彼に声を掛けていた。
 それから挑発するような凄みのある笑みを私に向けてくる。
 確かに聖女との白い結婚では、後継ぎを望めない。だから、彼が他に女性を望んでも仕方がなかった。

「側妃殿下は酒を飲み過ぎたようですね」

 マトルヘル侯爵は困ったように苦笑するが、側妃の腕を振り払わない。彼女を奥に下がらせて休ませることもしなかった。

「この城に来られる機会は滅多にないと思いますので、どうぞ好きなだけご滞在ください」

 侯爵の言葉を聞いて、側妃はますます嬉しそうに彼の体にしなだれかかる。勝ち誇ったような笑みを私にも向けてくる。

 もしかしたら、侯爵も側妃の提案をまんざらでもない想いで聞いていたのかもしれない。

 この領地は元はサルサン国だ。その王女を妻の一人にすれば、治めやすいと考えてもおかしくはない。

 披露宴が終わったあと、私は冷めた気持ちで自室に戻った。





 そして、ついに来てしまった。——問題の初夜だ。

 実は、私は処女ではない。だから、万が一マトルヘル侯爵に体を求められては困るのだ。
 相手がレイでなければ、恐らく加護を失う。なぜなら、まだ彼が好きだから。

 女官は白い結婚だろうと言っていたけど、不安だったため、念のために侯爵ご本人に尋ねたことがあった。
 二回ほど結婚前に会う機会があったからだ。

「あの、この結婚は、形だけですよね?」

 すると、彼はにっこり笑顔を浮かべて保障してくれたのだ。

「大丈夫だ。心配はない」

 そうはっきりと。だから、待たずに寝てもいいよね?

 そう思ってポテリと寝台に倒れたときだ。

「旦那様がお越しです」

 えっ、来るの?

 隣の控室から使用人の声が聞こえてきた。慌てて体を起こして、品よく座りなおす。

 すぐにマトルヘル侯爵がやってきた。

 思わずじっと彼の顔を見入ってしまう。やっぱり似ている。恋人だったレイに。それだけで、ドキッと胸が高鳴ってしまう。別に本当に彼がいるわけじゃないのに。

 目の前にいる整った顔は、あのとき別れた彼がそのまま年を重ねたようだ。茶色の短い髪、ちょっと鋭い目つきをしたところ。珍しいグレーブルーの瞳。

 似ているけど、孤児だった彼が、こんな立派な貴族なわけがない。
 マトルヘル侯爵家の若き当主メイアス。それが彼の名前だ。
 以前会ったとき、彼は語っていた。「故郷で生まれ育ったから、出兵するまで国を出たことはない」と。

 彼も夜衣に身を包んでいた。ゆったりとした襟口の隙間から見えた胸元は、筋肉で引き締まっていて、男の色気を放っている。

 引きはがすように慌てて視線を外した。

「こ、侯爵様、お待ちち、しておりました」

 思わず噛んじゃった。
 私のドジな挨拶に彼は何も動じず短く相槌をうち、落ち着いた様子で隣に腰掛ける。
 それからすぐに私の腰に手を回す。彼の感触がするだけで、否応なしに緊張してしまう。

「あの、侯爵様。今日は何もしないはずでは?」

 すると、侯爵は目を細めて微笑んだ。

「私のことはメイアスと呼ぶように。夫婦になったのだから」

 そう話す声は、とても低くつややかで、彼にその気がないと思っているのに、ぞくぞくと背筋に電気が走ったような刺激があった。

「はっ、はい。メイアス様」

 メイアス様から漏れる色香にあてられそうになり、顔が熱くなる。ずっとレイ一筋だったのに、彼に似ているってだけで、こんな動揺するなんておかしい。

 もうちょっと落ち着かないと。そう反省したときだ。メイアス様の顔が近づいてきたと思ったら陰ができ、そのまま口同士が軽く触れ合っていた。驚いて距離をとろうと思ったら、さらに押し倒され――。

「ちょ、ちょっと待って! 私は聖女なんですよ!? あの、このまましちゃいますと、力を失ってしまいます! それは、国にとってまずいよね?」

 慌てて正論を言いながら、私に覆いかぶさろうとする彼を制止する。

「私は一言も白い結婚だと宣言はしていなかったはずだが? 妻の役目を果たしてもらおう」

 平然とした彼の返事に血の気が引いた。
 たしかに彼は大丈夫としか言っていなかったけど……。

「私、元は孤児なの。後ろ盾もないし、この結婚の意味がなくなっちゃいます!」
「大丈夫だ。もし力を失くしても見捨てたりはしない。安心したまえ」

 そんなとろけるような笑顔を向けられても――。
 私の決死の説得は、彼の口づけであっさりと封じられた。

 両手で必死に抵抗したが、その私の両腕は軽々と彼の左手で封じられた。

「抵抗は止めるんだ。初めてだから、できるだけ優しくしたい」

 私の反抗なんて、きっと彼にとって大したことではなかったのだろう。彼の態度には余裕があり、声は優しかったけど、恐怖を感じないわけなかった。

 だって私、処女じゃないし!

「どうしても、いたすのですね?」
「そうだよ」

 彼の熱を帯びた目は、飢えた獣のように私を見つめている。どうやら引き返す気はなさそうだ。

 女官はそんな愚かな真似をするわけないって言っていたけど、若い側妃の手を振り払わなかったくらいだし、メイアス様は私の見かけに篭絡された残念な一人だったようだ。

 自分で言うのもなんだけど、聖女だったのが残念と惜しまれるくらいの美貌と、魅惑的な肉体を兼ねそろえていた。
 まさに美の女神の加護を授かったと思えるくらいに。
 まことに不本意ながら。
 余計な虫がわんさか寄ってくるから、聖女でなかったら、とっくに男たちの慰みものになっていただろう。

 でも、彼には恩義がある。彼のおかげで、焼死から免れることができたから。

「分かりました。命の恩人であり、憎き国王を殺してくださったメイアス様になら、この身を捧げます」

 処女ではないとバレて不興を買っても、仕方がないと腹をくくることにした。
 元々差し違える覚悟で国王を殺そうとしていたのだから、最悪な事態になっても、結果として変わらないだろう。

 でも、かつて私を愛してくれた優しい彼を思い出して、一筋の涙が流れた。
 ごめんね。諦めるなって言ってくれたのに。
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