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サミエル卿の屋敷
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それから彼との契約が実行され、ルーシェはひたすら忙しくなった。
まず、家の建て替えを行うことになり、引っ越しの作業があった。
すぐにサミエル卿の屋敷で家族三人は暮らすことになったのだ。一家に割り当てられた住まいは、敷地内にある小さな離れだ。立派な母家と比べたら小さいが、ルーシェの家よりは大きく、十人くらいは余裕で住めそうな感じだ。
『あたらしいおうち、すてきね!』
『わーい!』
『ひろーい!』
三人の妖精たちもついてきてくれたので、嬉しそうに家の中を飛び回っている。
「よく来てくれたね。遠慮なく過ごしてほしい」
「ありがとうございます」
ウィリアムは忙しいだろうにルーシェたちをわざわざ出迎えてくれた。
いつも見かけた騎士の制服ではなく、私服なのか背広姿だ。見慣れなくて新鮮に感じる。
表情も仕事中ではないせいか硬くなく、穏やかな目元をしている。まるで別人のようだ。
「何かいるものがあったらメイドに伝えてくれ」
「はい、お気遣い感謝いたします。サミエル卿も私に何かご要望があれば、是非教えてください」
お飾りの妻になる予定だと聞いているので、どこまで彼の伴侶として振る舞えば良いのか、互いの認識確認を含んでの発言だった。
「では、さっそく言ってもいいか?」
「はい!」
「私のことはウィリアムと呼んでほしい」
(えっ?)
彼の歩み寄りを感じるお願いに驚いたが、確かに婚約したのなら、名前呼びは自然だろう。
彼の提案は最もだとルーシェは感じた。
「承知いたしましたウィリアム様。では私のこともルーシェとお呼びください」
「あぁ、もちろんだともルーシェ嬢。時間が合うときは、なるべく食事を一緒にとろう。そのときは私が離れに足を運ぶから」
「え、ええ。私はご一緒できて嬉しいですけど、ウィリアム様はお忙しいのに本当に大丈夫ですか?」
お飾りの妻のはずなのにウィリアムの丁重な扱いにルーシェは戸惑っていた。
もっと放置されると思っていたのだ。
「妻となるあなたのことを知るのは私にとって大事なことだ。お互いに良い関係を築いていこう」
笑みまで浮かんでいる。本当にルーシェを怖い顔で追いかけてくるウィリアム本人だろうかと疑ってしまうくらい態度が違う。
(彼は本当に新月の屋敷妖精が私だって気づいていないのかもね。それにお飾りとはいえ、報連相は大事だから、普段からの意思疎通や相互理解を深めておくのが目的なのね)
ルーシェはすぐにウィリアムの意図に気づいた。
「承知しましたわ。私もウィリアム様のことを教えてくださいね」
「あぁ、そう言ってもらえて嬉しい」
ウィリアムは目元を細めて照れくさそうに笑う。その優しそうな雰囲気をルーシェは好ましく感じる。
(あれ? 私は本当にお飾りの妻になる予定なのよね?)
ウィリアムが仕事で去ったあと、ルーシェはウィリアムの婚約者として相応しくなるために準備が始まった。
メイド三人に囲まれて部屋に案内されたと思ったら、髪と肌の手入れから始まった。風呂で綺麗に体を洗われ、髪には不気味な色の液剤をたっぷりと塗られて漬けたあと、洗い流された。そのあと、いい匂いのするローションで肌をマッサージされ、揉み解された。
数日経ったら、お肌はスベスベになり、栗色の髪もしっとりサラサラになっていた。こちらで用意してもらった新しいドレスに袖を通し、鏡の前に立ったルーシェは全くの別人のようになっていた。
「まぁ! ここまでお変わりになるなんて!」
「お美しいですわ!」
メイドたちの大げさなお世辞にくすぐったい気分になる。
大きな姿見の鏡が家にないルーシェは、自分の姿をまじまじとよく見た。
緑の瞳をした若い女性が鏡の中にいて、驚いている顔でルーシェを見つめ返している。美形と評判の父によく似た顔をしている。
「ちょうどお屋敷に若様がいらっしゃいますのでお呼びしますね」
「いえ、そんな、わざわざお越しいただくなんてお忙しいウィリアム様に悪いですわ」
ウィリアムは夜勤が多く、よく昼過ぎまで寝ていると聞いている。
今はちょうど昼過ぎなので、都合が悪いと思ったのだ。
(夜勤と家では説明しているのかもしれないけど、本当は恋人に会いに行って疲れているのかも)
「毎日ルーシェ様のご様子を気になさっていたので問題ありませんわ」
メイドに促されてやってきたウィリアムは、少しぼんやりとした顔をしているが、不機嫌ではない。
むしろ、ふにゃりと緩んだ無防備な様子のままだ。
「すまない。寝起きなんだ。でも、呼んでもらえて嬉しい」
目を細めて眩しそうに見つめる彼の口角が上がっている。
「あのっ、ウィリアム様、私の格好はいかがでしょうか?」
優しい目でウィリアムに見つめられる。何も事情を知らなければ彼の色気に当てられそうだった。
ドレスは若草色の生地を基調としていた。普段使い用だと思うが、ルーシェが今まで使用していた着衣よりも上質なものだ。襟の装飾や袖のフリルが華やかで、気分まで明るくなる。
まず、家の建て替えを行うことになり、引っ越しの作業があった。
すぐにサミエル卿の屋敷で家族三人は暮らすことになったのだ。一家に割り当てられた住まいは、敷地内にある小さな離れだ。立派な母家と比べたら小さいが、ルーシェの家よりは大きく、十人くらいは余裕で住めそうな感じだ。
『あたらしいおうち、すてきね!』
『わーい!』
『ひろーい!』
三人の妖精たちもついてきてくれたので、嬉しそうに家の中を飛び回っている。
「よく来てくれたね。遠慮なく過ごしてほしい」
「ありがとうございます」
ウィリアムは忙しいだろうにルーシェたちをわざわざ出迎えてくれた。
いつも見かけた騎士の制服ではなく、私服なのか背広姿だ。見慣れなくて新鮮に感じる。
表情も仕事中ではないせいか硬くなく、穏やかな目元をしている。まるで別人のようだ。
「何かいるものがあったらメイドに伝えてくれ」
「はい、お気遣い感謝いたします。サミエル卿も私に何かご要望があれば、是非教えてください」
お飾りの妻になる予定だと聞いているので、どこまで彼の伴侶として振る舞えば良いのか、互いの認識確認を含んでの発言だった。
「では、さっそく言ってもいいか?」
「はい!」
「私のことはウィリアムと呼んでほしい」
(えっ?)
彼の歩み寄りを感じるお願いに驚いたが、確かに婚約したのなら、名前呼びは自然だろう。
彼の提案は最もだとルーシェは感じた。
「承知いたしましたウィリアム様。では私のこともルーシェとお呼びください」
「あぁ、もちろんだともルーシェ嬢。時間が合うときは、なるべく食事を一緒にとろう。そのときは私が離れに足を運ぶから」
「え、ええ。私はご一緒できて嬉しいですけど、ウィリアム様はお忙しいのに本当に大丈夫ですか?」
お飾りの妻のはずなのにウィリアムの丁重な扱いにルーシェは戸惑っていた。
もっと放置されると思っていたのだ。
「妻となるあなたのことを知るのは私にとって大事なことだ。お互いに良い関係を築いていこう」
笑みまで浮かんでいる。本当にルーシェを怖い顔で追いかけてくるウィリアム本人だろうかと疑ってしまうくらい態度が違う。
(彼は本当に新月の屋敷妖精が私だって気づいていないのかもね。それにお飾りとはいえ、報連相は大事だから、普段からの意思疎通や相互理解を深めておくのが目的なのね)
ルーシェはすぐにウィリアムの意図に気づいた。
「承知しましたわ。私もウィリアム様のことを教えてくださいね」
「あぁ、そう言ってもらえて嬉しい」
ウィリアムは目元を細めて照れくさそうに笑う。その優しそうな雰囲気をルーシェは好ましく感じる。
(あれ? 私は本当にお飾りの妻になる予定なのよね?)
ウィリアムが仕事で去ったあと、ルーシェはウィリアムの婚約者として相応しくなるために準備が始まった。
メイド三人に囲まれて部屋に案内されたと思ったら、髪と肌の手入れから始まった。風呂で綺麗に体を洗われ、髪には不気味な色の液剤をたっぷりと塗られて漬けたあと、洗い流された。そのあと、いい匂いのするローションで肌をマッサージされ、揉み解された。
数日経ったら、お肌はスベスベになり、栗色の髪もしっとりサラサラになっていた。こちらで用意してもらった新しいドレスに袖を通し、鏡の前に立ったルーシェは全くの別人のようになっていた。
「まぁ! ここまでお変わりになるなんて!」
「お美しいですわ!」
メイドたちの大げさなお世辞にくすぐったい気分になる。
大きな姿見の鏡が家にないルーシェは、自分の姿をまじまじとよく見た。
緑の瞳をした若い女性が鏡の中にいて、驚いている顔でルーシェを見つめ返している。美形と評判の父によく似た顔をしている。
「ちょうどお屋敷に若様がいらっしゃいますのでお呼びしますね」
「いえ、そんな、わざわざお越しいただくなんてお忙しいウィリアム様に悪いですわ」
ウィリアムは夜勤が多く、よく昼過ぎまで寝ていると聞いている。
今はちょうど昼過ぎなので、都合が悪いと思ったのだ。
(夜勤と家では説明しているのかもしれないけど、本当は恋人に会いに行って疲れているのかも)
「毎日ルーシェ様のご様子を気になさっていたので問題ありませんわ」
メイドに促されてやってきたウィリアムは、少しぼんやりとした顔をしているが、不機嫌ではない。
むしろ、ふにゃりと緩んだ無防備な様子のままだ。
「すまない。寝起きなんだ。でも、呼んでもらえて嬉しい」
目を細めて眩しそうに見つめる彼の口角が上がっている。
「あのっ、ウィリアム様、私の格好はいかがでしょうか?」
優しい目でウィリアムに見つめられる。何も事情を知らなければ彼の色気に当てられそうだった。
ドレスは若草色の生地を基調としていた。普段使い用だと思うが、ルーシェが今まで使用していた着衣よりも上質なものだ。襟の装飾や袖のフリルが華やかで、気分まで明るくなる。
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