新月の屋敷妖精と呪われた堅物騎士〜お飾り予定の契約婚だったはずが、思っていたのと違い、溺愛されました〜

藤谷 要

文字の大きさ
12 / 14

サミエル卿の屋敷

しおりを挟む
 それから彼との契約が実行され、ルーシェはひたすら忙しくなった。
 まず、家の建て替えを行うことになり、引っ越しの作業があった。
 すぐにサミエル卿の屋敷で家族三人は暮らすことになったのだ。一家に割り当てられた住まいは、敷地内にある小さな離れだ。立派な母家と比べたら小さいが、ルーシェの家よりは大きく、十人くらいは余裕で住めそうな感じだ。

『あたらしいおうち、すてきね!』
『わーい!』
『ひろーい!』

 三人の妖精たちもついてきてくれたので、嬉しそうに家の中を飛び回っている。

「よく来てくれたね。遠慮なく過ごしてほしい」
「ありがとうございます」

 ウィリアムは忙しいだろうにルーシェたちをわざわざ出迎えてくれた。

 いつも見かけた騎士の制服ではなく、私服なのか背広姿だ。見慣れなくて新鮮に感じる。
 表情も仕事中ではないせいか硬くなく、穏やかな目元をしている。まるで別人のようだ。

「何かいるものがあったらメイドに伝えてくれ」
「はい、お気遣い感謝いたします。サミエル卿も私に何かご要望があれば、是非教えてください」

 お飾りの妻になる予定だと聞いているので、どこまで彼の伴侶として振る舞えば良いのか、互いの認識確認を含んでの発言だった。

「では、さっそく言ってもいいか?」
「はい!」
「私のことはウィリアムと呼んでほしい」
(えっ?)

 彼の歩み寄りを感じるお願いに驚いたが、確かに婚約したのなら、名前呼びは自然だろう。
 彼の提案は最もだとルーシェは感じた。

「承知いたしましたウィリアム様。では私のこともルーシェとお呼びください」
「あぁ、もちろんだともルーシェ嬢。時間が合うときは、なるべく食事を一緒にとろう。そのときは私が離れに足を運ぶから」
「え、ええ。私はご一緒できて嬉しいですけど、ウィリアム様はお忙しいのに本当に大丈夫ですか?」

 お飾りの妻のはずなのにウィリアムの丁重な扱いにルーシェは戸惑っていた。

 もっと放置されると思っていたのだ。

「妻となるあなたのことを知るのは私にとって大事なことだ。お互いに良い関係を築いていこう」

 笑みまで浮かんでいる。本当にルーシェを怖い顔で追いかけてくるウィリアム本人だろうかと疑ってしまうくらい態度が違う。

(彼は本当に新月の屋敷妖精が私だって気づいていないのかもね。それにお飾りとはいえ、報連相は大事だから、普段からの意思疎通や相互理解を深めておくのが目的なのね)

 ルーシェはすぐにウィリアムの意図に気づいた。

「承知しましたわ。私もウィリアム様のことを教えてくださいね」
「あぁ、そう言ってもらえて嬉しい」

 ウィリアムは目元を細めて照れくさそうに笑う。その優しそうな雰囲気をルーシェは好ましく感じる。

(あれ? 私は本当にお飾りの妻になる予定なのよね?)

 ウィリアムが仕事で去ったあと、ルーシェはウィリアムの婚約者として相応しくなるために準備が始まった。

 メイド三人に囲まれて部屋に案内されたと思ったら、髪と肌の手入れから始まった。風呂で綺麗に体を洗われ、髪には不気味な色の液剤をたっぷりと塗られて漬けたあと、洗い流された。そのあと、いい匂いのするローションで肌をマッサージされ、揉み解された。
 数日経ったら、お肌はスベスベになり、栗色の髪もしっとりサラサラになっていた。こちらで用意してもらった新しいドレスに袖を通し、鏡の前に立ったルーシェは全くの別人のようになっていた。

「まぁ! ここまでお変わりになるなんて!」
「お美しいですわ!」

 メイドたちの大げさなお世辞にくすぐったい気分になる。
 大きな姿見の鏡が家にないルーシェは、自分の姿をまじまじとよく見た。
 緑の瞳をした若い女性が鏡の中にいて、驚いている顔でルーシェを見つめ返している。美形と評判の父によく似た顔をしている。

「ちょうどお屋敷に若様がいらっしゃいますのでお呼びしますね」
「いえ、そんな、わざわざお越しいただくなんてお忙しいウィリアム様に悪いですわ」

 ウィリアムは夜勤が多く、よく昼過ぎまで寝ていると聞いている。

 今はちょうど昼過ぎなので、都合が悪いと思ったのだ。

(夜勤と家では説明しているのかもしれないけど、本当は恋人に会いに行って疲れているのかも)

「毎日ルーシェ様のご様子を気になさっていたので問題ありませんわ」

 メイドに促されてやってきたウィリアムは、少しぼんやりとした顔をしているが、不機嫌ではない。
 むしろ、ふにゃりと緩んだ無防備な様子のままだ。

「すまない。寝起きなんだ。でも、呼んでもらえて嬉しい」

 目を細めて眩しそうに見つめる彼の口角が上がっている。

「あのっ、ウィリアム様、私の格好はいかがでしょうか?」

 優しい目でウィリアムに見つめられる。何も事情を知らなければ彼の色気に当てられそうだった。

 ドレスは若草色の生地を基調としていた。普段使い用だと思うが、ルーシェが今まで使用していた着衣よりも上質なものだ。襟の装飾や袖のフリルが華やかで、気分まで明るくなる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...