新月の屋敷妖精と呪われた堅物騎士〜お飾り予定の契約婚だったはずが、思っていたのと違い、溺愛されました〜

藤谷 要

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ダンスの練習

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「うん、初めて踊るにしては、なかなか筋がいい」

 数日後の午前、ウィリアムとダンスの練習をしていたら、ルーシェは思いがけず彼に褒められていた。

 場所は離れの玄関ホールだ。ちょっとした少人数のパーティーを開けるほど、玄関前の空間は二階まで開放的な吹き抜けで広かった。

「お忙しい中、お越しいただき、本当にありがとうございます。お恥ずかしいことに貴族社会に慣れていないので、ウィリアム様にもご協力して頂けて大変助かります」
「私との結婚のために励んでくれているんだ。礼を言うのは私のほうだ」

 ルーシェが手紙でお願いしたら、彼は隙間時間を作ってくれ、そのタイミングでダンスの練習がてきるように時間を調整したのだ。

 今は先生の手拍子で、女性パートの動きをルーシェ一人で習っている最中だ。動きのパターンさえ覚えて間違えなければ、なんとかなりそうだった。

「それじゃあ、今度はペアで踊ってみようか」
「そうですわね。足の動きは覚られたみたいなので、次に進んでもいいですわね」

 先生の許可が出たので、ルーシェは彼に手を握られ、腰に手を回される。お互いの距離が近いので、否応なしに緊張してしまう。

 恥ずかしくて彼の顔を見上げられない。
 先生の手拍子で、練習が始まる。彼の方に意識が向いてしまって、頭が真っ白になりそうだった。

「あっ、ごめんなさい」

 混乱気味になり、ステップを間違えてウィリアムの足を踏んでいた。

「大丈夫だ。慣れも大事だから、このまま続けて頑張ろう」

 相手は真面目な態度なので、気を取り直してダンスに集中する。

「はい、お願いします」

 本番で間違えてウィリアムに恥をかかせる訳にはいかない。
 ルーシェは気合の入った返事をして、ひたすら彼と踊った。
 彼の助言どおりだった。密着している状況に感覚が麻痺してきたのか、慣れてきたらしく、最初よりは気持ちが落ち着いてきた。

 踊りに集中できるようになり、最後はスムーズに動けるようになっていた。

 ナーナたち三人の妖精たちも周りで一緒に楽しそうに飛びながら真似して踊っている。

「だいぶ良くなったね」

 踊りながら話す彼の口元に笑みが浮かんでいる。

「ウィリアム様のおかげです、ありがとうございます」

 見上げると彼と目が合い、よりいっそう嬉しそうに彼の目が細まる。
 そのまるで愛おしそうなものを見るような表情にルーシェの胸の鼓動がひときわ激しくなる。

「あとは慣れだよ。また時間を調整するから一緒に練習しよう」
「はい、楽しみにしてます」

 練習が終わったので、彼から離れようかと思ったが、彼の手がまだルーシェの手を握り、腰に回されたままだった。
 彼はまるで固まったように動かない。まっすぐルーシェを見下ろしたままだ。

「ウィリアム様?」

 戸惑って名を呼ぶと、彼はハッと我に返ったように動き出し、ルーシェからゆっくり離れる。まるで名残惜しいように。

「あぁ、すまない。少しぼうっとしていたようだ」

 ウィリアムは恥ずかしそうに目を伏せる。

(ウィリアム様、お疲れなのね。今回、無理をさせてしまったんだわ)

「あのっ、今日は本当にありがとうございます。でも、やはりお疲れのウィリアム様にご負担をおかけしたくないので次回からは一人で練習しますね」
「いや、今のは疲れていたのではなく、見惚れていた、……わけでもない」

 ウィリアムは目線を逸らすと、赤くなった顔を押さえて気まずそうだ。

(今のはどういう意味かしら?)

 一瞬、良い意味で受け取りそうになって照れてしまいそうだったが、最後は否定形だったので、すぐに我に返った。
 お飾りの妻を相手にはそんな好意的な台詞は言わないだろうとすぐに冷静になった。

「あのっ、何かおかしなところがあったでしょうか? 髪型でも崩れました?」
「いや、そんなことはない。ずっと可愛らしいまま、……いや、そうではなく」
「……ウィリアム様、大丈夫ですか?」

 ウィリアムの様子がおかしくて思わず尋ねていた。彼は動揺した顔で今度は自分の口を咄嗟に押さえる。

「すまない。今日はこれで失礼する」

 ウィリアムは逃げるように去っていく。

(一体、今のは何かしら?)

 ルーシェは首を捻りながら遠ざかる彼の後ろ姿を眺めていた。
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