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序章
規律
しおりを挟む静室は、まだ新しい香の匂いがしていた。
沈景真は、畳の上に正座している。
額の傷は簡単に処置され、白い布が当てられていた。
洛玄は、向かいに立つ。
ここから先は、
迎え入れる者としての役目ではない。
師としての最初の言葉だ。
「清嵐宗では、情を戒める」
沈景真は、顔を上げる。
「情は、修行を乱す。判断を鈍らせ、道を誤らせる」
洛玄の声は、淡々としていた。
「だから、捨てろ」
その言葉は、命令だった。
沈景真は、すぐには返事をしなかった。
視線を落とし、わずかに考える。
洛玄は、その沈黙を見て、内心で小さく息を詰める。
(……迷うな)
迷いは、ここでは弱さと見なされる。
やがて沈景真は、静かに口を開いた。
『……修行は、本当に厳しいのですね』
「そうだ」
即答だった。
「情を持てば必ず、どこかで立ち止まる」
沈景真は、一度だけ、まばたきをする。
それから、はっきりと答えた。
『構いません』
洛玄の眉が、わずかに動く。
『しかし、情を捨ててしまったら僕は僕でいられなくなる気がします』
その言葉は、反抗ではなかった。
言い訳でもない。
事実を述べただけの声だった。
洛玄は、胸の奥で何かが軋むのを感じた。
(……違う)
それは、清嵐宗の教えに対する正しい返答ではない。
だが――
人としては、正しすぎる。
「……その弱さを、修行で削る」
洛玄はそう言った。
沈景真は、深く一礼する。
『はい』
疑問も、恐れもそこにはなかった。
洛玄は、視線を逸らす。
(削る、だと……)
その言葉を自分が口にしたことが、妙に重く残った。
沈景真は、まだ知らない。
この宗門で言う「削る」が、どこまでを意味するのか。
そして洛玄もまた、まだ知らなかった。
――この少年は、削れば強くなるのではない。
削りすぎれば、消えてしまう存在だということを。
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