世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第1章

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 スタジオの受付でメンバーにリッケンバッカーを無くしたことを告げると二人とも唖然としていた。どうすんだよ来週はワンマンライブがあるんだぞと。
 ムジカを出てジョニー・ウォーカーと別れてから、一旦家に帰ってシャワーを浴びるといい具合にスタジオへ行く時間になった。とりあえず今日はスタジオでギターを借りることにして、エフェクターが入ったケースだけ持って向かった。
 スタジオまでは電車でいつも行っている。昼過ぎだったから人は少なかった。俺は端の座席に座った。やれやれと無意識的にため息が漏れた。まさかギターを盗まれるとはな。
 ジョニー・ウォーカー。あいつは探偵かなにかなのか。事情を話しているときも、聞いているのかいないのか、手応えらしいものは感じられなかった。本当にこいつに任せて大丈夫だろうかと思ったが、そうする以外に手立てもない。手がかりらしい手がかりも、心当たりも、なにもなかった。奴は「こりゃ難儀だな」と笑ったがそれでも見つけてくると言った。蛇の道は蛇というやつなのか。
 スタジオのある駅に着いた。改札を抜けて少し歩いた先にある。メンバーはすでに揃っていた。エフェクターケースしか持っていない俺をメンバー二人が怪訝な表情で見た。俺は適当にごまかそうかとも思ったがまだ少し時間があるし、俺たちの前に使っている人たちを煙草を吸って待っている間に、リッケンバッカーを盗まれたとメンバーに明かした。
 どうするんだよとメンバーは動揺していた。時間が来て中に入るときも機材を準備しているときも言っていた。どうするんだよと言われても俺にはどうしようもできない。とりあえず始めようと言い、その日の練習がスタートした。
 ギターが違うからやっぱり感覚的にいつもどおりとはいかなかったが、それはそれで新鮮で楽しかった。……こんなこと言ったらメンバーに怒られるだろうが。
 ワンマンに向けての曲も固まりつつあり、ギターが違うことを別にすれば上々の仕上がりだった。ここ数年、ライブの企画を打ち続けてきて段々と集客できるようになり、ついに先月インディーズのレーベルからアルバムを初めて出し、来週のワンマンはレコ発ということで行われる。場所は昨日と同じで、そこはキッド・スターダストや空のような目など、名だたるバンドが拠点にしていたハコだった。
 キッド・スターダストは昨日メジャーでアルバムを出した。俺たちのバンド、バック・ドア・マンもその勢いにあやかりたいところだった。
 そんな大切な時期に、愛用のギターを無くすとは。二人は国庫でギターを買おうかと言ってくれた。国庫とはライブや物販の売り上げを貯めている口座のことで、バンド活動の必要経費をそこから出している。しかし俺は断った。そしてどうにか来週までに見つけると約束をして納得してもらったものの、頼みの綱はあのジョニー・ウォーカーという男だけだから、見つけるなんてのはその場しのぎの発言にすぎなかった。
 練習を終えて俺はジェイへ行った。ハルはカウンターの奥で酒を飲みながら本を読んでいた。俺に気づくと、本を置いてコロナビールを出した。ライムを瓶の中に押し込んでビールを飲んだ。
「なあ」俺はハルに声をかけた。「昨日、俺、ハンバーガーを食ったあとどうした?」
 ハルは怪訝な表情を浮かべた。それから、煙草に火をつけた。
「記憶が無いんだよ」俺は言った。
 マジかよと言うと頭を掻いた。そのとき入口の扉が開いた。
「カレーうどんある?」俺の後ろで男の声がした。
「ねえよ」
 扉が閉まる音。なんなんだ、ハルは煙草を一口吸った。俺は煙草を出そうとポケットをまさぐった。箱の中はカラだった。
「ラッキーストライクある?」
 ハルはカウンターの下からラッキーストライクを出して、俺に渡した。
「……いつもどおりだったと思うけどな。ここじゃあんまり飲んでなかったし」
 俺は煙草を取り出して火をつけた。コロナビールを飲み干すと、俺は昨日のことをハルに話した。
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