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第1章
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ジェイを出て帰り道、人通りの少ない住宅街を歩いていると、いきなり後頭部に衝撃を受けた。たまらずうずくまり、頭を押さえる。殴られたと気づいたのはそのあとだった。視界に四本の足が見える。そのうちの二本が膝を折り、視線を合わせようとした。ふいに髪の毛を掴まれ、無理矢理に視線を上げさせられた。男が二人だった。二人ともやせ型で、黒いテーラードジャケットを着ていた。
「いいか」突っ立ってるほうが冷たい声で言った。「あの女のことは忘れろ」
「ギターのことも、だ」俺の髪の毛を掴んでいるほうが言った。「最初からなにも起きていないし、これからも起きない」
声が出なかった。出たとしても、叫んで助けを呼べばいいのか、怒鳴って二人を怯ませればいいのか、どうすればいいのかはわからなかった。だけど二人は俺の返事など待たずにそれだけ言うと立ち去っていった。
ハルが言うには、昨日は女の客は来ておらず俺はハンバーガーを食ったあとはキューバリバーを三杯飲んで帰ったとのことだった。つまり記憶が飛ぶほど飲んではいない。ベッドで全裸になっていたことは、もちろんハルに言ってもわかるはずはなかった。ついでにジョニー・ウォーカーについても訊いてみた。「猫を殺す男のことか?」とハルは言ったが、俺はたぶん違うと答えた。
まだ後頭部が痛む。脈を打つたびに鈍い痛みが走る。俺は立ち上がって歩き出した。
なんなんだよと俺は一人、呟く。やり場のない感情が俺の心を埋め尽くしている。わけがわからない。
アパートに着くと俺はさっきのこともあってか少しナーバスになっているようだった。チラチラと周りを窺って誰もいないことを確認してから静かに鍵を開けて中へ入った。
部屋の明かりをつけると俺はベッドへと横になった。全体、なにが起こったのだろうか。ぼうっと天井を見ていても答えが浮かぶはずはなかった。起き上がってアコースティックギターを手に取る。心を落ち着かせてゆっくりと弾く。『ティアーズ・イン・ヘヴン』『チェンジ・ザ・ワールド』『ベルボトム・ブルース』とクラプトンを立て続けに弾き、それから俺たちのバンドの曲も弾いた。なんの気なしにビリー・ジョエルの『ディス・イズ・ザ・タイム』を弾き始めると、部屋に流れる張り詰めた空気が静かに、そして確実に柔らかになっていくのを感じた。昔、付き合っていた彼女が好きだったなと思い出した。そしてその記憶の波は俺の身体を包み込むようにして、とめどなく溢れていった。
「いいか」突っ立ってるほうが冷たい声で言った。「あの女のことは忘れろ」
「ギターのことも、だ」俺の髪の毛を掴んでいるほうが言った。「最初からなにも起きていないし、これからも起きない」
声が出なかった。出たとしても、叫んで助けを呼べばいいのか、怒鳴って二人を怯ませればいいのか、どうすればいいのかはわからなかった。だけど二人は俺の返事など待たずにそれだけ言うと立ち去っていった。
ハルが言うには、昨日は女の客は来ておらず俺はハンバーガーを食ったあとはキューバリバーを三杯飲んで帰ったとのことだった。つまり記憶が飛ぶほど飲んではいない。ベッドで全裸になっていたことは、もちろんハルに言ってもわかるはずはなかった。ついでにジョニー・ウォーカーについても訊いてみた。「猫を殺す男のことか?」とハルは言ったが、俺はたぶん違うと答えた。
まだ後頭部が痛む。脈を打つたびに鈍い痛みが走る。俺は立ち上がって歩き出した。
なんなんだよと俺は一人、呟く。やり場のない感情が俺の心を埋め尽くしている。わけがわからない。
アパートに着くと俺はさっきのこともあってか少しナーバスになっているようだった。チラチラと周りを窺って誰もいないことを確認してから静かに鍵を開けて中へ入った。
部屋の明かりをつけると俺はベッドへと横になった。全体、なにが起こったのだろうか。ぼうっと天井を見ていても答えが浮かぶはずはなかった。起き上がってアコースティックギターを手に取る。心を落ち着かせてゆっくりと弾く。『ティアーズ・イン・ヘヴン』『チェンジ・ザ・ワールド』『ベルボトム・ブルース』とクラプトンを立て続けに弾き、それから俺たちのバンドの曲も弾いた。なんの気なしにビリー・ジョエルの『ディス・イズ・ザ・タイム』を弾き始めると、部屋に流れる張り詰めた空気が静かに、そして確実に柔らかになっていくのを感じた。昔、付き合っていた彼女が好きだったなと思い出した。そしてその記憶の波は俺の身体を包み込むようにして、とめどなく溢れていった。
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