世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第2章

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 春休みが終わって授業も通常の時間割通りに行われるようになった。ある日の放課後、俺は誰もいない教室で適当にギターを弾いていた。中学のころからギターをやっていたこともあって高校で軽音楽部に入ったがどうもしっくり来ず、こうして一人でギターを弾いているほうが楽しかった。
「なんていう曲なの?」
 俺は手を止めて入口を見た。アキだった。
「『夜王子と月の姫』」
 ふうん、とアキは言い、俺が座っている机のそばの椅子に座った。
「弾いてよ」
 俺は頷いてギターを弾いた。

   世界の終わり来ても 僕らは離れ離れじゃない
   世界の終わり来ても きっと君を迎えに行くよ

 ディズニーランドに行ったあの日から、俺とアキは付き合うことになった。パレードが終わり人がはけていって、きらびやかな噴水が見えた。そろそろ閉園という時間になってハルたちとも合流しなきゃなと思ったが、その前に俺はアキに告白をした。アキから返事をもらって、なんとなく照れくさくて、お互いに笑っているとハルから電話が来た。
「ちゃんと告った?」ハルの第一声はそれだった。
「おかげさまで」俺は言った。
 アキとは、それから始業式まではメールや電話でやりとりをした。恋人ができたのはこれが初めてだったからいちいち恥ずかしくなってしまい必要以上に冷静さを装わないと日がなにやけていそうで怖かった。学校が始まると、こうして放課後にアキが俺のいる教室にきて一緒に過ごすようになった。
 ギターを弾きながら、これが青春なのかと幸せを噛み締めるように思った。いままで誰かの前でギターを弾くなんて、というより誰かが聴いてくれるなんて、そんなことはなかったから弾いていていつもよりも楽しかった。
 曲が終わってアキを見た。本を読んでいた。
「聴いてないじゃん」
「聴いてたよ」
「本読んでたじゃん」
「聴きながら、ね。わたし、こうやって読むのが好きなの」
 そう言うとアキはまた本を読み始めた。仕方なく俺はまたギターを弾き始めた。
 窓からは風と一緒に、校庭で練習をしている運動部の声が聞こえてくる。弾きながらだんだんと陽が沈んでいくのが見えた。その光がアキの横顔を撫でるように照らした。アキがふと、本を閉じてこちらを見た。目と目が合う。彼女は照れくさそうに笑った。俺も笑っていた。俺はギターを置いて立ち上がって窓の外を見た。すぐにアキも横に来た。鼻歌を歌っている。
「なにを歌ってるの?」
「『せつない胸に風が吹いてた』。サザンオールスターズの曲」
「サザンかあ。渋くない?」
「お父さんが好きなの」
 校庭を眺めながら、俺はそっとアキの手を握った。ほんの少し、驚いたように、びくんと手が動いた。そして、すぐに優しく握り返してくれた。吹奏楽部の練習している音が、かすかに聞こえてくる。
 アキを見ると、彼女は俺を見ていた。また二人で笑った。
「これ……」俺は顔を離したあともアキの唇を見つめていた。「なんて曲だろう」
「『ラプソディ・イン・ブルー』」
 アキは前髪を耳にかけた。
「詳しいんだね」
「そうでもないよ」
 俺はくしゃみをした。気づけばさっきよりも寒くなってきていた。
「帰ろうか」
 アキは頷くと手をつないできた。
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