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第13章
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駅を出るとジョニー・ウォーカーは地下道へ向かった。そのままファジーへ行くものだとばかり思っていたが、黙って奴についていった。
「『愛するものが死んだ時は、自殺しなきゃあなりません』」
地下道の入口では目羅博士が『春日狂想』を叫んでいた。愛するものが死んだ時には、それよりほかに方法がない。
ジョニー・ウォーカーは壁の落書きを見ていた。情報収集か、俺が見てもわからないから奴を待っているあいだに俺は目羅博士に声をかけた。
「『一段と 高きところより凡人の 愛みてわらう 我が悪魔心』」
そう言うと目羅博士は俺を見てにたあっと笑った。
「『けれどもそれでも、業が深くて、なおもながらうことともなったら』」目羅博士は俺に構わずに叫んでいた。
「『奉仕の気持ちに、なることなんです』」俺が言った。
「『奉仕の気持ちに、なることなんです』」俺たちは声を合わせた。
すると目羅博士の顔からすうっと表情がなくなって押し黙った。地下道の先をじっと見つめている。
「絶望の果てに見えるものを掴め」
俺は言った。
「目羅博士、あなたがくれた言葉です。どういう意味ですか?」
目羅博士は喋らない。
「俺には、もうなにもかもを失いました。この先だって、掴めるようなものはありませんよ」
彼はじっと黙っている。
「だから、俺はもう――」
「行くぞ」
ジョニー・ウォーカーが言った。俺を過ぎてムジカのほうへ向かっていった。目羅博士は死んだように固まっていた。ため息をついて俺はジョニー・ウォーカーを追った。
「なんか収穫はあったのか?」
「さあな」
花屋を通り過ぎた。もうすでに店じまいをしていた。
「ファジーに行くんだろ?」
ジョニー・ウォーカーは返事をしなかった。なんなんだよどいつもこいつも。
それでも足はファジーへと向いていて歩調に迷いはなかった。ジョニー・ウォーカーはスキットルでウイスキーを飲みながら歩いていた。それを見ていると無性に苛立ってきた。こんな状況なのになんでこうも緊張感がねえんだ。
くそったれと俺はぶん殴りたい気持ちを抑えてついていく。ジョニー・ウォーカーが立ち止まると目の前のビルを指でさした。
「ここの三階がファジーだよ」
俺はポケットの中の拳銃を触った。これで奴らを殺す。
「本当に行くのか」
俺は黙って頷いた。ジョニー・ウォーカーは踵を返して立ち去ろうとした。俺は慌てて呼び止める。
「どこに行くんだよ」
「お前には関係ない」
「逃げるのか?」
ジョニー・ウォーカーはくっくと笑った。
「これはもう、お前だけの問題なんだよ。俺はもう、関わらない」
奴は笑っている。俺はそれに構わずビルの中へ入った。エレベーターで昇っていき、ドアが開くとそこはもう店内だった。
薄暗くてシンと静まり返っていた。誰もいない。辺りを見回しながら奥へと進んでいく。おかしい。人の気配がしない。
「今日はお休みよ」
後ろから声がした。同時に照明が点けられた。振り返ろうとすると後頭部に痛みが走った。殴られたと気づいたときには床にねじ伏せられていた。
「こんなところにまで乗り込んでくるなんて……」
声の主が俺の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。エンジェルだった。横にはスマイルもいた。
「てめえら……」
俺が言うとスマイルが俺の顔面を蹴った。鉄の臭いがした。それから鼻の奥から生温い感触がして血が流れだした。うあああと俺は叫んで身を振りほどいた。押さえつける手をのけて立ち上がる。ボタボタと鼻血が落ち、服や床を汚していた。畜生、俺はポケットから拳銃を出した。
「てめえら、さっさとアキとメンバーを解放しろ」
「アキ? メンバー?」
スマイルは笑っていた。
「なんのこと?」
エンジェルが言った。俺はとぼけてんじゃねえと怒鳴った。
「しばばっくれてんじゃねえよ。アキと俺のバンドのメンバーだよ。メンバーをライブハウスからさらっただろうが」
ああ、と二人は言った。
「もうここにはいないわ」エンジェルは言った。
「だって」スマイルがクスクス笑っていた。「殺しちゃったもん」
「ざけんじゃねえっ」
俺はトリガーを引いた。カチン、という音だけが響いて弾は出なかった。ふふふとエンジェルが笑い出す。なんでだ、なんでなんだよ、俺の頭の中は真っ白だった。何度トリガーを引いても不発だった。おい、なんだよ、待ってくれ。
「弾がなきゃ、撃てねえよ」
後ろから声がしてそいつは俺の手から拳銃を奪った。
「人のモノを勝手に使うんじゃない」
余市だった。その後ろにはシーバスリーガル兄弟もいた。
「ったく素人が……」
余市はジャケットの胸ポケットからマガジンを出して、それを装着した。拳銃に入っていた、空のマガジンを俺に差し出す。顔を見るとうっすらと笑っていた。
「記念に取っておけ」
わけがわからないまま俺は手を伸ばした。余市はその手を掴んで引き寄せると拳銃で俺の頭を殴った。床に倒れると今度は腹を蹴られた。
「相方はどうした」
余市が俺に言った。俺は息を吸うのがやっとで、声を出せなかった。倒れている俺をシーバスリーガル兄弟が二人で押さえ込んだ。
「知らない」
俺はやっとの思いでそう言った。また顔面を蹴られた。とめどなく鼻血が溢れてくる。
「本当にわからない子ね」
エンジェルが言った。そうねとスマイルが応じた。
「バカは死ななきゃ治らない、ってことかしら」
それを聞いた余市がふっと笑った。
「まったくだ」
余市が俺の身体をあちこち触る。なにかを探しているようだった。やがて携帯電話を見つけると自分のポケットにしまった。
「死ぬのは怖いか?」
余市はニヤニヤ笑っていた。エンジェルとスマイルは黙ったまま、ただ俺を見ているだけだった。
「『愛するものが死んだ時は、自殺しなきゃあなりません』」
地下道の入口では目羅博士が『春日狂想』を叫んでいた。愛するものが死んだ時には、それよりほかに方法がない。
ジョニー・ウォーカーは壁の落書きを見ていた。情報収集か、俺が見てもわからないから奴を待っているあいだに俺は目羅博士に声をかけた。
「『一段と 高きところより凡人の 愛みてわらう 我が悪魔心』」
そう言うと目羅博士は俺を見てにたあっと笑った。
「『けれどもそれでも、業が深くて、なおもながらうことともなったら』」目羅博士は俺に構わずに叫んでいた。
「『奉仕の気持ちに、なることなんです』」俺が言った。
「『奉仕の気持ちに、なることなんです』」俺たちは声を合わせた。
すると目羅博士の顔からすうっと表情がなくなって押し黙った。地下道の先をじっと見つめている。
「絶望の果てに見えるものを掴め」
俺は言った。
「目羅博士、あなたがくれた言葉です。どういう意味ですか?」
目羅博士は喋らない。
「俺には、もうなにもかもを失いました。この先だって、掴めるようなものはありませんよ」
彼はじっと黙っている。
「だから、俺はもう――」
「行くぞ」
ジョニー・ウォーカーが言った。俺を過ぎてムジカのほうへ向かっていった。目羅博士は死んだように固まっていた。ため息をついて俺はジョニー・ウォーカーを追った。
「なんか収穫はあったのか?」
「さあな」
花屋を通り過ぎた。もうすでに店じまいをしていた。
「ファジーに行くんだろ?」
ジョニー・ウォーカーは返事をしなかった。なんなんだよどいつもこいつも。
それでも足はファジーへと向いていて歩調に迷いはなかった。ジョニー・ウォーカーはスキットルでウイスキーを飲みながら歩いていた。それを見ていると無性に苛立ってきた。こんな状況なのになんでこうも緊張感がねえんだ。
くそったれと俺はぶん殴りたい気持ちを抑えてついていく。ジョニー・ウォーカーが立ち止まると目の前のビルを指でさした。
「ここの三階がファジーだよ」
俺はポケットの中の拳銃を触った。これで奴らを殺す。
「本当に行くのか」
俺は黙って頷いた。ジョニー・ウォーカーは踵を返して立ち去ろうとした。俺は慌てて呼び止める。
「どこに行くんだよ」
「お前には関係ない」
「逃げるのか?」
ジョニー・ウォーカーはくっくと笑った。
「これはもう、お前だけの問題なんだよ。俺はもう、関わらない」
奴は笑っている。俺はそれに構わずビルの中へ入った。エレベーターで昇っていき、ドアが開くとそこはもう店内だった。
薄暗くてシンと静まり返っていた。誰もいない。辺りを見回しながら奥へと進んでいく。おかしい。人の気配がしない。
「今日はお休みよ」
後ろから声がした。同時に照明が点けられた。振り返ろうとすると後頭部に痛みが走った。殴られたと気づいたときには床にねじ伏せられていた。
「こんなところにまで乗り込んでくるなんて……」
声の主が俺の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。エンジェルだった。横にはスマイルもいた。
「てめえら……」
俺が言うとスマイルが俺の顔面を蹴った。鉄の臭いがした。それから鼻の奥から生温い感触がして血が流れだした。うあああと俺は叫んで身を振りほどいた。押さえつける手をのけて立ち上がる。ボタボタと鼻血が落ち、服や床を汚していた。畜生、俺はポケットから拳銃を出した。
「てめえら、さっさとアキとメンバーを解放しろ」
「アキ? メンバー?」
スマイルは笑っていた。
「なんのこと?」
エンジェルが言った。俺はとぼけてんじゃねえと怒鳴った。
「しばばっくれてんじゃねえよ。アキと俺のバンドのメンバーだよ。メンバーをライブハウスからさらっただろうが」
ああ、と二人は言った。
「もうここにはいないわ」エンジェルは言った。
「だって」スマイルがクスクス笑っていた。「殺しちゃったもん」
「ざけんじゃねえっ」
俺はトリガーを引いた。カチン、という音だけが響いて弾は出なかった。ふふふとエンジェルが笑い出す。なんでだ、なんでなんだよ、俺の頭の中は真っ白だった。何度トリガーを引いても不発だった。おい、なんだよ、待ってくれ。
「弾がなきゃ、撃てねえよ」
後ろから声がしてそいつは俺の手から拳銃を奪った。
「人のモノを勝手に使うんじゃない」
余市だった。その後ろにはシーバスリーガル兄弟もいた。
「ったく素人が……」
余市はジャケットの胸ポケットからマガジンを出して、それを装着した。拳銃に入っていた、空のマガジンを俺に差し出す。顔を見るとうっすらと笑っていた。
「記念に取っておけ」
わけがわからないまま俺は手を伸ばした。余市はその手を掴んで引き寄せると拳銃で俺の頭を殴った。床に倒れると今度は腹を蹴られた。
「相方はどうした」
余市が俺に言った。俺は息を吸うのがやっとで、声を出せなかった。倒れている俺をシーバスリーガル兄弟が二人で押さえ込んだ。
「知らない」
俺はやっとの思いでそう言った。また顔面を蹴られた。とめどなく鼻血が溢れてくる。
「本当にわからない子ね」
エンジェルが言った。そうねとスマイルが応じた。
「バカは死ななきゃ治らない、ってことかしら」
それを聞いた余市がふっと笑った。
「まったくだ」
余市が俺の身体をあちこち触る。なにかを探しているようだった。やがて携帯電話を見つけると自分のポケットにしまった。
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余市はニヤニヤ笑っていた。エンジェルとスマイルは黙ったまま、ただ俺を見ているだけだった。
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