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急転
しおりを挟む「まだまだねぇ、ローズ、ジャスミン、アイリス」
まったくこちらは面白くはなく、ただただ肝が冷えている私と冷静に戦う意思を高めていく私の精神のバランス、これは多分ジャスミンもアイリスも同じなのだろうけれど、そんな私たちを面白そうに眺め、皇が口を開く。
「…はっ、汗顔の至り」
皇の魔力、ジャスミンの魔力、アイリスの魔力、高位貴族のお嬢さんたちの魔力が魔力して魔力しているので、見落とした。戦場から離れてたかだか半年足らず、気を抜きすぎだ。私の愚か者め。
ああ、この騒ぎが収まれば、久しぶりに教育な時間がやってくる。ジャスミン、アイリス、一緒に死のう。
「…さあ、皆にも面白いものを見せてあげましょう。寄越しなさい、ローズ」
「御意」
皇の描く、私たちの頭上を半球体状で覆うように描かれた魔法陣に魔力を注ぐ。
複雑かつ美しい陣が、私の魔力で煌めく。
「……ぐ……」
ぐあぁぁ、と獣の咆哮に似た音が響いた。
「ティナ、どうしたんだ、ティナ!!」
「ティナ嬢、しっかりしろ!」
「ど、どうしたんだ、ティナさん!」
芝生に蹲り、身体を震わせる彼女の様子に慌てた殿下方が膝をつき、囲む。
「は、母上?!」
殿下が皇の方を向いた。
私とジャスミンはゆっくりと立ち上がり、皇の御前、殿下方から皇をお守りするように位置取りをする。
「たったの一匹。舐められたものねぇ…?」
皇のお声に、ジャスミンは空間からずるずると剣を抜きだした。空間は鞘。ジャスミンは何処にいても己の剣を手にすることができる。
「お叱りは後程」
アイリスは令嬢方を守るように立つ。その傍らにアイリスを補佐するようにマリアーデ侯令嬢とディードナルド伯令嬢が立ち、残りのご令嬢方も、いざとなれば戦うために油断なく集まる。
私は皇を覆うように、そして同時にアイリスたちを囲むようにさらに聖属性の障壁を展開した。
獣のように叫び、地面の上をばたばたと転げまわったティルナシア嬢であったものは、荒い息をつきながら片膝をつき、皇をギラリと見た。
魔族、とアイリスの傍らに立つディードナルド伯令嬢が呟いた。なるほど、前線に居ただけはある。
魔物はよく現われ、内地にそれなりの被害をもたらすが、それなりに腕が立てば、それなりに倒せる。
だが、魔族は違う。出逢ってしまったなら命はない、と内地では言われている。確かに死ぬだろう。一般の民、下位貴族辺りならば。
高位貴族ならば、人数や組み合わせでなんとか生き残れるだろう。或いは命を落とすだろう。
どちらにしろ、出逢いは最悪だ、命がかかる。
実際は内地に居るものは、まず魔族には出会わない。
私たちが、始末するからだ。
恐怖で息を呑む、それはいい。その後だ。その後、息を吐けるか、声を上げられるか。恐怖に打ち勝つ心がなければ、魔力があっても何の役にも立たないのだ。
彼女は、皇のお目にとまったことだろう。そのうち同僚だな。よろしく。
薄紅の髪は黒炎吹き上がるかのように、深紅の瞳は憎悪を含んだ底なしの闇、愛らしい唇は赤い血の色に染まる。歪んだ二本の角が彼女だったものが魔族であることを示す。
「…てぃ、ティナ…?」
一歩、また一歩と後ずさる殿下と赤髪青髪。さっさと下がれ。命の危険もわからないほど退化しているのか。
「ろ…ローズ!、貴様!、ティナに何の呪いをかけた!!」
パチン、と背後で指を弾く音がする。
その音に合わせて私の魔力は皇の陣を紡いでいく。
呪文が書かれた細い光のリボンがティルナシア嬢であったものを拘束していく。
肉の焼けただれる匂いが私とジャスミンの鼻を打つが、動くことも出来ずにいる殿下方の間を縫うように跳んだジャスミンが、剣を一閃した。
まぁ、当然だ。我々は戦地帰り。先ほどまで少女に化けていたような魔族を屠り続けていたのだから。
戦場では常にそうだが、敵に言葉を発せさせるような時間は取らない。無駄なだけだからだ。一瞬のちに、ごとり、と落ちた首を見て、赤髪は叫び、青髪は真っ青になる。
そして殿下は何故か私に向かい、呪いをかけた、そんなに皇妃の椅子が欲しいのか、人でなし、悪魔は貴様だ、などなど叫び続ける。王配に選ばれた者の血筋は流石か、目の前の死体に取り乱すことなく、私を罵り続け……ん、十分取り乱しているのか?
「誰か、それを牢に」
面倒くさそうに、しかしながら優雅に手首をひらりひらりと動かす皇に、動くことを忘れていた近衛たちが走り寄る。
「そ、そうだ、早く、ローズを、この女を! 私のティナ…嗚呼!!」
皇のお声に、近衛が殿下に歩み寄り、腕をつかんだ。
「何をしている!、無礼者!、ローズを、あの女を捕らえろ!、処刑だ!!」
……いや、殿下、
「捕らえられるのも、処刑されるのも、お前よ、イヴァン」
呆れたような皇のお声に、愕然とした表情を殿下が向ける。
「な…何を…何をおっしゃっているのですか!、母上!、ローズ、貴様か、貴様たちは母上に何をした!!」
喚き散らしながら、近衛に引っ立てられていく殿下に皇は肩を竦めた。何を言う気にもならないのか、それとも。
母上、と、皇を呼び続け、叫び続けながら姿を消す殿下。
いやいや、どう考えても殿下、貴方、皇陛下の御前に魔族を手引きしたんですから。弑逆、反逆、内乱、いやいや、皇もかばうことができないでしょう、こんな、高位貴族の令嬢が集まっているのだから。ああ、皇陛下のお心は…いかばかりか…あ、非常に面倒くさそうな表情を浮かべていらっしゃる。
私は障壁を解除し、死体を一旦時間停止の空間収納(こちらは皇が考案された便利な、大変便利な魔術だ)に入れ、芝生の血を洗浄し、まるで何事もなかったかのような状態に戻した。
「…さあ、余興はおわりよ、続けましょう」
柔らかに降る金の陽ざしの如く、皇陛下はにっこりと微笑まれた。
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