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オマケ

風邪ひき立夏

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 陽が傾き始めた18時半、立夏は自分のために中庭に建てられた、正方形の離れの部屋にひとりで座っていた。お気に入りの場所である肘掛け窓を開け放ち、気だるげにしゃぼん玉を吹いている。その後姿は昔と全く変わらない。

「立夏」

 星司が声を掛けると、容姿も精神も実年齢より幼い彼の恋人はゆっくりと振り返った。その白い肌がいつもよりも赤く、とろんと眠たげな目は潤んでいる。

「星司クン……」

 甘えた声で己の名を呼ぶ立夏。それが熱に浮かされてのことだと分かっていても、胸の高鳴りも昂ぶりも抑えられない。小柄で薄い体を抱き寄せると、いつになく素直に腕の中に収まった。唇を重ね、舌を滑り込ませるとかなり熱い。

「立夏、どうして俺を呼ばないんです」
「……だって、邪魔したら悪い思うて」
「布団を敷きます。少し、待てますか?」
「すんまへん」

 謝ることではない、と言おうとして、それよりもさっさと手を動かすべきだと星司は無言で立ち上がる。支度を整えて戻ってくると、立夏は先程と同じく肘掛け窓にもたれて座っていた。

 あやふやで危なげな眼差しはまるで自由に焦がれる檻中の小鳥のように窓の外を向いている。立夏は風邪に苦しんでいるというのに、星司には彼の少年を可哀想に思うと同時に嬉しくて仕方がなかった。ずっとこのまま何処へも行かずに、自分に世話をされてくれればと願ってしまう。

(もっとたくさん頼ってくれていいのに……)

 不器用で要領も悪く、星司のサポートが欠かせないと思われがちな立夏だが、その実、甘えたり頼りきりになるという事はない。何もかもを周囲の人間が取り上げてしまうから成長しないだけで、彼自身は時間をかければなんだってできるのだ。

 そんな立夏を愛しく思いながらも、星司もまた彼の先回りをしては彼のやるべきことを取り上げる。



 ☆ ★ ☆ ★




 母屋から住み込みの医師を呼び、薬湯を用意させた。それをきちんと全量飲ませ、口直しの牛乳飴を与えながら、星司は床に伏せる立夏の額に濡れ手拭いを乗せた。

「おおきに」
「いいえ。俺も、気づかずすみませんでした」
「あ、あかん、顔上げてや? 僕が悪いのや、ボケッとしとったから……」

 それでも、星司は深く下げた頭を起こすことはなかった。その膝の上でぎゅっと握られた拳に、立夏の柔らかな手が重なる。

「そないぎゅっとしたら、痛ぁなるよ? なぁ、僕が眠れるまで、なんか読んでくれへんかな。僕、星司クンの声、好きや」
「では、祈祷きとうでもしましょう。待っていてください、護摩壇ごまだんを持ってきます」
「ええって、星司クン。ええって! ……側に、おってや?」
「っ……!」

 さっと立ち上がった星司だったが、上目遣いで寂しそうな目をする立夏を置いては行けなかった。一晩中つきっきりで看病したおかげで、立夏は翌朝にはずいぶんと良くなっていた。その割に全く風邪菌を移してもらえず星司は少し悔しいのだった。
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