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悪の魔導師にオシオキ!
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アウストラル王国は大陸の南方に位置する島国である。その島を二分するように西側は密林に覆われており、真ん中は乾いた砂漠、東の端は険しい山岳地帯が広がる。
しかし、彼の王国は人間の居住区の狭さにも関わらず、大陸の他の国々の追随を許さぬほど富んだ、古くからある大国の一つであった。
王都は古く厳しく、歴史ある佇まいの都市であるが、この国にやってくる者たちの関心は専ら観光都市ゼイルードにあった。
アウストラルの玄関口として建設されたこの港町は、美しい町並みを有しているだけでなく、各国の料理が味わえる店が軒を並べ、最新の品物を取り揃えた専門店が数多く存在している。ここで揃わない物はないと言われるほどだ。
そんな富み栄えるばかりのゼイルードの領主は、アウストラル王国の第二王子アウグスト。しかしその美貌の王子は、世俗に一切の興味がないのだと囁かれている。
実際、彼は決められた仕事しかしない。いや、それすらも極力減らそうとしている節がある。怠惰な王子であるが、そのためか金払いはとても良く、休暇も充分なため、部下には慕われている。
そんな平和なゼイルードだが、領主の城の地下には秘密の空間があり、このところ、そこではある悪辣なる人物によって何とも非道な人体実験が繰り返されていた……。
「さて、貴方は弓兵でしたね。では、より遠くを見通せるよう、目玉をくり抜いて代わりの魔道具を入れてみましょうね~。ふふ、サイズが合いますか……」
「ひっ、ひぃいいいっ!? た、助けてくれぇっ!!」
「あ、いけませんよ動いては……」
猟奇的な行動に似合わぬのんびりとした声の持ち主は、名を麗筆と言った。さほど高くない身長に折れそうなほどの細身、中性的な美貌の持ち主である。色白の肌に映える黒曜石のような瞳、それを縁取る新雪のように真白い睫毛。襟足を短めに整えられた丸いシルエットのショートカットも同じく真っ白だ。
療術士だという売り込みで城にやってきた麗筆だったが、実はその資格を持っていなかった。それでもその実力と荒事に動じない性格を見込んで雇い入れるよう進言したのが、若くして騎士団長を務めるトマス・オブライエンだった。
トマス・オブライエンは自らの秘密の目的のために麗筆の力を求めてはいたが、しかし……。
「やり過ぎだ……」
法の網をくぐり抜ける腐った貴族たちに対抗し、虐げられている民を守るため、悪に手を染めることもいとわない男たちを集め、秘密組織『影の騎士団』を立ち上げたトマス・オブライエン。
彼とその固い信念の下に集まった「影の騎士」たちは日夜その持てる武力をさらに研鑽しているのであるが、彼らも所詮魔術の使えぬただの人間、限界があった。
そこで、その凡夫の壁を超えるためにはどうすればいいのか。それを解決するために麗筆は招き入れられたのだが、彼の出した答えは合理的で、しかし非人道的なものだったのだ。
『……ただの人間には不可能だと言うのであれば、魔道具で補助すればいいのです。ではその道具すら使いこなせぬ人間には? ――いっそ埋めこんでしまえばいい』
当然、団員たちからは反発があった。
『こんな風に体に何かを埋め込むような行為には、とてもじゃないが耐えられない。これなら拷問を受けた方がまだマシだ!』
非合法な組織に属し、事が明るみに出れば犯罪者として裁かれることも覚悟の上である男たちが、麗筆の実験体にされることだけは御免だという。
そんな苦情も何のその、麗筆は魔術で団員たちを拘束して無理やり実験を続けていった。命令は聞かない、手術を受けた記憶や麗筆への悪感情すら魔術で塗り潰すとやりたい放題だ。
しかし色々な秘密を知りすぎた麗筆を今さら放逐するわけにも、殺すわけにもいかないときた。何故ならば、この最悪の魔導師はすでに領主であるアウグストの庇護下にある駒なのだから。
それを有用だからと影の騎士団に誘い入れたというのに、まさか御しきれずに手打ちにするとあっては……。
麗筆を殺めて団員の誰かが処分されることも、それがきっかけで影の存在が白日の下に晒されることも、どちらもあってはならない……かくして、命令違反を重ねる賢い愚か者に熱いお灸を据えることになったのだった。
しかし、彼の王国は人間の居住区の狭さにも関わらず、大陸の他の国々の追随を許さぬほど富んだ、古くからある大国の一つであった。
王都は古く厳しく、歴史ある佇まいの都市であるが、この国にやってくる者たちの関心は専ら観光都市ゼイルードにあった。
アウストラルの玄関口として建設されたこの港町は、美しい町並みを有しているだけでなく、各国の料理が味わえる店が軒を並べ、最新の品物を取り揃えた専門店が数多く存在している。ここで揃わない物はないと言われるほどだ。
そんな富み栄えるばかりのゼイルードの領主は、アウストラル王国の第二王子アウグスト。しかしその美貌の王子は、世俗に一切の興味がないのだと囁かれている。
実際、彼は決められた仕事しかしない。いや、それすらも極力減らそうとしている節がある。怠惰な王子であるが、そのためか金払いはとても良く、休暇も充分なため、部下には慕われている。
そんな平和なゼイルードだが、領主の城の地下には秘密の空間があり、このところ、そこではある悪辣なる人物によって何とも非道な人体実験が繰り返されていた……。
「さて、貴方は弓兵でしたね。では、より遠くを見通せるよう、目玉をくり抜いて代わりの魔道具を入れてみましょうね~。ふふ、サイズが合いますか……」
「ひっ、ひぃいいいっ!? た、助けてくれぇっ!!」
「あ、いけませんよ動いては……」
猟奇的な行動に似合わぬのんびりとした声の持ち主は、名を麗筆と言った。さほど高くない身長に折れそうなほどの細身、中性的な美貌の持ち主である。色白の肌に映える黒曜石のような瞳、それを縁取る新雪のように真白い睫毛。襟足を短めに整えられた丸いシルエットのショートカットも同じく真っ白だ。
療術士だという売り込みで城にやってきた麗筆だったが、実はその資格を持っていなかった。それでもその実力と荒事に動じない性格を見込んで雇い入れるよう進言したのが、若くして騎士団長を務めるトマス・オブライエンだった。
トマス・オブライエンは自らの秘密の目的のために麗筆の力を求めてはいたが、しかし……。
「やり過ぎだ……」
法の網をくぐり抜ける腐った貴族たちに対抗し、虐げられている民を守るため、悪に手を染めることもいとわない男たちを集め、秘密組織『影の騎士団』を立ち上げたトマス・オブライエン。
彼とその固い信念の下に集まった「影の騎士」たちは日夜その持てる武力をさらに研鑽しているのであるが、彼らも所詮魔術の使えぬただの人間、限界があった。
そこで、その凡夫の壁を超えるためにはどうすればいいのか。それを解決するために麗筆は招き入れられたのだが、彼の出した答えは合理的で、しかし非人道的なものだったのだ。
『……ただの人間には不可能だと言うのであれば、魔道具で補助すればいいのです。ではその道具すら使いこなせぬ人間には? ――いっそ埋めこんでしまえばいい』
当然、団員たちからは反発があった。
『こんな風に体に何かを埋め込むような行為には、とてもじゃないが耐えられない。これなら拷問を受けた方がまだマシだ!』
非合法な組織に属し、事が明るみに出れば犯罪者として裁かれることも覚悟の上である男たちが、麗筆の実験体にされることだけは御免だという。
そんな苦情も何のその、麗筆は魔術で団員たちを拘束して無理やり実験を続けていった。命令は聞かない、手術を受けた記憶や麗筆への悪感情すら魔術で塗り潰すとやりたい放題だ。
しかし色々な秘密を知りすぎた麗筆を今さら放逐するわけにも、殺すわけにもいかないときた。何故ならば、この最悪の魔導師はすでに領主であるアウグストの庇護下にある駒なのだから。
それを有用だからと影の騎士団に誘い入れたというのに、まさか御しきれずに手打ちにするとあっては……。
麗筆を殺めて団員の誰かが処分されることも、それがきっかけで影の存在が白日の下に晒されることも、どちらもあってはならない……かくして、命令違反を重ねる賢い愚か者に熱いお灸を据えることになったのだった。
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