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悪の魔導師にオシオキ!

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 件の魔導師、麗筆れいひつはその日も朝からずっと自分に与えられた部屋にこもりきりだった。

 太陽の光を浴びないその肌は青白く、運動をしない身体は痩せぎすとまではいかないがほっそりとしていて普通程度の筋肉もない。

 経年のせいではない生まれながらの白髪と闇色の黒い瞳。白いローブを身につけ、アクセサリーは額を囲む銀の輪と、それに連なる貴石を繋げて作った鎖だけ。美しく整った、しかし傲慢そうな顔立ちの二十歳前後の青年、それが、このあたりではレイヒという名で通っている“災厄”という二つ名を持つ魔導師の現在の姿である。

 とある事故で肉体をほとんどすべて失いかけ、緊急的な延命措置で若返った麗筆。それからというもの、在りし日の情熱も甦り、寝食を忘れて学術書を読み耽ったり実験をしたりと彼にとっては充実した時間を過ごしている。

 しかも、彼の主人である領主の名の下に、金に糸目もつけずやりたい放題させてもらえるという、またとなく素晴らしい環境である。有効に活用しなくては勿体ない。

 ただし、その実験や研究が果たして役に立つのかどうかは別の話だ。麗筆がちょうど実験を終え結果を記し終えた頃、軽快なノックの音が響く。

 妙な薬品、標本、その他みだりに手を触れられない魔道具などで溢れかえった魔導師の“塔”に気楽に入ってこようとする人間は限られている。そしてこういったやり方をするのはたった一人だけだった。

「どうぞ、ピアス君。入っていいですよ~」

 麗筆のやや間延びした声に応えてするりと部屋に入り込んで来たのはどこにでもいそうな若者だった。

 茶色い髪に同じく茶色の目。中肉中背に見えるが実は着痩せするタイプで、脱ぐとかなり引き締まった筋肉をしている。また、普段は冴えない顔なのに、笑うと凶悪なご面相になるという残念極まる性質を持った、そして根っから嗜虐趣味な男である。

「ども、お邪魔しますよっと……。あれ、今は実験中じゃない?」
「ええ。ちょうど薬液を処分したところです」
「ほう。そりゃあ……」

 カシャン、と小さい音を立てて麗筆の左手に鉄製の輪が嵌まる。

「好都合、ってね」
「え…………?」

 それは音もなく近づいたピアスの仕業だった。彼が麗筆に嵌めた輪っかはなにもいかつい拘束具という訳ではない、むしろバングル程度の細くて薄い輪に、子どもでも引きちぎれそうな鎖がついているものだ。

 だが、これがまた麗筆たち魔導師にとっては厄介な代物なのである。この拘束具は隕鉄という特別な金属で出来ており、付けられたら最後、自分では外すことができない。

 誰かに外してもらわなければならないこと、そして長時間これを付けっぱなしにしていると自身の内側を巡る魔力によって死に至る危険性があることから、より魔力量の多い者たちには恐れられている。

 要は対魔導師専用拘束具であり、これによって術を使えなくなった麗筆などただの人間だ。それどころか体力的体格的に育ち盛りの少年にも劣るもやしっ子である。お仕置き対象である麗筆を完全に無力化し、ピアスは自身では大層「にこやか」だと思っている笑みを獲物に対して向けた。麗筆の頬がひきつる。

「ピアスくん……何の、冗談、です? 外してくれませんか、これ……」
「は? 冗談? ははは、冗談でンな事しませんよぉ。ちょっとしたオシオキのためでねぇ」
「…………」

 ピアスの糸目が見開かれている。麗筆は開きかけた口を閉ざして息を飲んだ。
 
「アンタちょっとやりすぎたんスよね、レイヒさん。団長のオンナまで殺しかけちゃダメっしょ」
「っ、それは……!」
「まぁ、言い訳なんかいいんだよ。アンタには痛い目見てもらわなくっちゃ、な!」
「あっ!」

 ピアスはいきなり麗筆を目の前の机に向かって突き飛ばした。整然と並んでいた実験道具が倒れ、いくつかが床に落下する。ガラスの割れる音がやけに大きく響いた。
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