32 / 34
本編
◆邪知暴虐の王の城を破壊してみた
しおりを挟む◆エヴァーン王国 エヴァーン城 正門
エヴァーン城の正門は静かだ。
陽が沈む時刻。徐々に空が青みがかり、夜が訪れようとしている。
そんな時間に用もなく正門の前にうろつく者は捕縛され、刃物の類を持っていれば兵に斬られることもある。それがダモス王の命令だ。民は疑いを招くことを恐れ、迂闊にここを訪れることはない。
しかし門番長ドルグの目の前に、一人の不逞の輩がいる。
「物乞いか。酔っぱらいか。そこから一歩でも近寄ったら斬るぞ」
ドルグは、ずたぼろのローブを被った不逞の輩を憐れに思った。
ドルグは、エヴァーン王城正門を任される門番長だ。エヴァーン王城の警護を任されるためには下級貴族であっても問題ないが、人品は確かで実力は一級品でなければならず、正門を任されるとなると生半可な道のりではない。
今のドルグがその職責を与えられたのは、人品と腕前があるのは無論のこと、とある仕事の成果があったためだ。
罪人である「元」聖女アリスの、幽神大砂界までの護送をつつがなく完了したことである。セリーヌなどの反抗勢力に襲われることもなく命令を遂行したことを、ダモス王は大いに評価した。その結果、ドルグはエヴァーン城正門の門番長となった。
しかし、ドルグの心中はその名誉とは裏腹に寒々しいものであった。
本当は、アリスを助け、どこかに存在するというセリーヌの軍勢に加わりたかった。だが病床に伏す嫁を見捨てることもできず、ダモス王を裏切るという選択肢を選べなかった。
「ダモス王は冗談を好まぬ。酔っぱらいだろうが道化であろうが斬り捨てよと命じられておる。今一度言おう。去れ」
「門番長、もうよいでしょう。私が斬り捨てます」
「よい、下がれ」
「しかし温情をかけては王になんと言われることか……」
「下がれと言っている!」
門番長ドルグの圧に押され、部下たちは事の成り行きを見守ることとした。
それを見たローブの輩は、自分の懐からとある物を取り出した。
「折れた剣……? そんなみすぼらしいもので、王に歯向かおうというのか」
「いいえ。これこそは紛うことなき名剣」
「む!?」
その朗々たる声に、ドルグは動揺した。
死ぬ前に一矢報いようとした敗残兵であると思いきや、その声は自信に満ち溢れ、一点の曇りもない。
なによりも、ドルグはその声に聞き覚えがあった。
その一瞬の感傷に浸ったとき、不逞の輩の姿は消えていた。
「なにっ!?」
「ぐわっ」
「がっ……!」
「っ……!?」
そして、ドルグの背後から悲鳴が漏れる。
振り返ればそこには、見事に昏倒した部下全員と、ゆらりと佇む不逞の輩の姿があった。
魔法でもなんでもない。
凄まじい速さで折れた剣を振るい、10人の兵を圧倒したのだ。
「ば、馬鹿な……見えなかった……!」
「初見ばかりと思いきや、懐かしい顔に出会えました。幸先が良い」
「な、なにを訳のわからぬことを……!」
ドルグは槍を不逞の輩に向けて、裂帛の気合いと共に踏み込んだ。
しかし槍の穂先は、折られた剣で受け止められている。
その一合でドルグは確かな敗北を感じた。
小さな体躯の中に秘められた重厚で凄まじい力を感じ取り、へたり込みそうになる。
「……私は王を倒しに来ました。通して下さいますね?」
「俺の命などどうでもよい……しかし、どんなに力があろうと『聖女』には勝てぬ。殺されるぞ」
「大丈夫。諦めてはなりません」
そのとき、不逞の輩はずたぼろのローブを脱ぎ捨てた。
「あっ……ああ……!」
そこにいたのは、純白のドレスに身を包んだ小さな少女であった。
ドルグは知る由もなかったが、それはどこか別の世界の花嫁衣装によく似ていた。
「あなたは……あなた様は……!」
「これなるは聖剣や魔剣にあらず。竜を叩き殺せども鱗を貫くことなく。しかし、クリスタルスパイダー15匹、デスワーム28匹、ダークスペクター5体、竜1頭、雑兵10名、精兵1名を倒し、私をここまで導いてくれました。これこそ名剣。これこそ私の運命」
ドルグは、折れた剣を恭しい所作で受け取った。
「アリス様……!」
「ありがとう。さあ、部下を連れて下がりなさい」
「ははっ!」
「【アイテムボックス】」
そして少女は、どこからともなく取り出した巨大な剣を担いだ。
「……さて、この忌まわしき城の命運も今宵限り」
びゅうと風が吹いた。
それは少女を中心に放たれている。
その身に蓄えられた膨大な魔力が行き場を失い、暴風のように暴れている。
ドルグは予感した。
この日、今この瞬間、なにかが終わり、なにかが始まるのだと。
「地の聖女の権能と地球の加工技術の結晶! プロジェクト・ピザカッター最終ver.『城砦破断《ケーキナイフ》』が! この城の運命です!!!」
◆エヴァーン王国 エヴァーン城 裁定の間
「愚か者め! まだセリーヌは見つからぬのか!」
「申し訳ございませぬ、王よ……」
「あやつの権能がもっとも厄介だ。常に眼を光らせよ。貴様の瞼が閉じたときは首も落ちると心得よ」
「ははっ!」
王の側近たちは震え、冷や汗を流しながら裁定の間から去っていった。
憎き魔王を倒し、厄介な聖女たちを追放したエヴァーン国王、ダモス=エヴァーンはこの世の栄華を極めている。
魔王によって国土を荒らされはしたが、それは周辺諸国も同様であり、エヴァーン王国がもっとも強大であることは揺らがない。聖女二人は去ったが、もっとも強い『天の聖女』がいる。国力そのものは大きく弱体化していても、ダモス王の治世を脅かすことができる者などどこにもいないはずだった。
だというのに、ダモス王はなにかに怯えていた。
黄金に輝く髪は逆立ち、切れ長の目は険しく歪む。
「お、王よ……。あなたを脅かす者などおりませぬ。もうお休みになられた方が……」
『天の聖女』ディオーネが労るような声を掛ける。
ダモス王によく似た切れ長の瞳は、憐憫に彩られていた。
流麗な金の髪も、どこか精彩に欠けている。
「嫌な予感がするのだ」
「すべて私がお守りいたします。もっとも、私などよりもダモス王の力が……」
「愚か者! 誰かに聞かれたらどうする……!」
「すっ、すみません!」
ダモス王の叱責を受け、ディオーネは自分の口を閉じた。
「わかるな。我が愛しき妹よ。そなたは天の聖女。そして王の血を継ぎし者。セリーヌやアリスなどとは違う、神に選ばれし者なのだ」
「はい……」
「怖がらせてすまぬな。今日はもう休むとしよう」
ダモス王が、どこか疲れた声をしつつもディオーネに優しく語りかけた。
陽は沈み、穏やかな夜が訪れようとしている。
この静寂をざわつかせる者などどこにもいない。
そのはずであった。
「なにいっ!?」
凄まじい揺れと衝撃が城全体に響き渡った。どたどたと耳障りな音を鳴らしながら、先程出ていったばかりの側近や騎士が王を守るために裁定の間に足を踏み入る。
「騒々しい! 何事ですか!」
ディオーネの怒りの声に、すぐに答えは返ってきた。
「襲撃です!」
「そんなことはわかります! 敵は誰ですか! どこの軍勢です!」
「不明です!」
「城門が破られました!」
「さっさと調べなさい!」
「敵は単騎! 軍勢はいません!」
「そんな馬鹿なことがありますか!」
怒号と悲鳴が鳴り響いた。
混乱と恐怖が謁見の間を支配する。
だが、とある一言によって沈黙が訪れた。
「アリスです! 攻めてきたのは『人の聖女』アリスです!」
全員が、呆気に取られた。
ある者は、生きているはずがない、誤報だと思った。
ある者は、ついにこの日が来てしまったかと絶望した。
そして王は、笑った。
「アリスだと……? はっ、はは……『地の聖女』が来たかと思えば、なんだ、あのペテン師ではないか。あやつを信じる者が何人いる? 1万人か? 5万人か? その程度の僅かな力を頼りに城門を破ったところで、『天の聖女』の足下にも及ばぬわ」
「ええ。我が権能は無敵。あの田舎娘など私の足下にも及びませんわ」
一人の笑いが、二人の笑いになった。
やがて側近たちも追従の笑みを浮かべる。
その笑いを裏切るかのように、裁定の間の壁の上の方に、奇妙な直線が光った。
「……あれ?」
誰かが疑問を呟いた。
だがそれは笑いの中にかき消える。
気付いたときはすべてが手遅れであった。
シャンデリアが落下する。
柱が崩れ落ちる。
そして、天井にあたる部分が、直線に沿って滑り落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。
無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。
やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる