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バーニー・スプルース【1】
バーニー・スプルース②
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迷った挙句、父グリン伯爵には正直に話した。
チャイロ男爵令嬢のカレン・アンバーと恋愛関係にあること。ニーナ・ウィスタリアとの婚約を解消し、カレンを妻に迎えたいということ。
反対されるのは目に見えていても、婚約解消となれば自分の意思一つで行えるものではないために仕方がなかった。
父は当然のことながら難色を示した。カレンと別れろとまでは言われなかったが、その火遊びを決してフジーロ侯爵令嬢に悟られるなと冷たく言われた。当然、火遊びではなく心からの恋なのだと訴えたが、鼻で笑われた。
状況が変わったのは父がカレンのアンバー家について調査をしてからだ。
アンバー家の持つ爵位は男爵という低いものであったが、金があった。当代チャイロ男爵は非常にやり手で、国内外に手広く事業を展開し成功していたのだ。カレンが爪先まで美しく整えられた令嬢であったのも納得である。
父は、侯爵位を持つが地味なニーナのウィスタリア家と、男爵位でありながら資産家のアンバー家を天秤に掛け、後者を選んだ。
アンバー家の持つ国外とのパイプは魅力的で、実直ながら国内にしか影響力を持たないウィスタリア家に比べ旨味があると判断したのだ。
となれば、僕の恋を妨げるものはもはや婚約者であるニーナ本人だけとなった。彼女の一方通行の恋と、僕とカレンの通じ合った恋と、どちらかひとつしか成就できないのなら、どちらが強いか。答えはもう明白だった。
別れを告げた僕に縋り付くニーナには驚いた。
これまでの、良き婚約者としての態度を一変させた僕の言葉に、ニーナは息を飲んで震えた。悲哀に満ちた瞳に罪悪感を刺激され、そのことに苛立ちを覚えて、一層酷い言葉を使った。
悪いのはこちらだが、言わせて貰えばニーナは僕を愛していると言いながら愛される努力が足りなかったのではないか。カレンのように甘く蠱惑的な魅力が無かったのは女性として不足がある。
自分でも冷たいと感じる声が出た。きっぱり断ち切れば、ニーナは驚くことに、席を立って縋り付いてきた。
高位貴族としての品格と所作を崩さなかった婚約者が、淑女の矜持をかなぐり捨てて懇願する姿にゾクゾクとした愉悦が背を這い上がる。
そんなに愛して欲しかったなら、身体でも何でも差し出せば良かったのに。心の中で無様な姿を嘲笑いながら、崩れ落ちるニーナを振り払った。表面では冷たく装いながら、内心ではひどく高揚していた。
「婚約解消をニーナに宣言したよ」
そう告げれば、予想通り、カレンは喜びに瞳を煌めかせた。
「嬉しい……けど、ニーナ様に申し訳ないわ」
紅潮する頬から興奮を伝えながら、カレンが嘯く。
「ああ。僕も心苦しいが……君を愛してしまったんだ」
「バーニー……!」
正直なところ罪悪感は大して無かった。それはカレンも同様だっただろう。だが自らを罪深いと言うことで、それは悲恋的なスパイスとなり、僕たちは揃って恋に酔いしれた。貪り合うように唇を重ね舌を絡ませる。カレンの鼻を抜ける小さな喘ぎ声に煽られて豊かな胸に触れても、その手が拒まれることはなかった。
ニーナを踏み台に、僕は待ちわびたカレンの身体をようやく味わうことができたのだ。
すべて順調だった。
侯爵令嬢を袖にして男たちのマドンナであるカレンを自分のものにしたこと。アンバー家と組んでさらに繁栄するであろうスプルース家の嫡子であること。学園でも、これから出ていく社交界でも、嫉妬と評価と憧れの眼差しを向けられるのは確実だった。
そもそも、可もなく不可もなくといった今の立ち位置がずっと不満だったのだ。
自分は侯爵令嬢に身染められる程の男だと言うのに、肝心の婚約者であるニーナが地味なせいで、そこまでの羨望は集めていなかったように思う。
「これからは堂々と会えるよ」
「嬉しいわ、バーニー」
僕は翌朝からチャイロ男爵邸にカレンを迎えに行き、馬車の中で甘い時間を過ごし、不埒な戯れに頬を上気させたカレンを伴って学園の門をくぐった。ニーナと婚約中に、彼女を迎えに行ったことなど無かったが、愛しい恋人となればこんなにも夢中になれるのかと新鮮な気分だった。
だが、輝いていた未来は、少しずつ思い描くものとは変わっていったのだ。
チャイロ男爵令嬢のカレン・アンバーと恋愛関係にあること。ニーナ・ウィスタリアとの婚約を解消し、カレンを妻に迎えたいということ。
反対されるのは目に見えていても、婚約解消となれば自分の意思一つで行えるものではないために仕方がなかった。
父は当然のことながら難色を示した。カレンと別れろとまでは言われなかったが、その火遊びを決してフジーロ侯爵令嬢に悟られるなと冷たく言われた。当然、火遊びではなく心からの恋なのだと訴えたが、鼻で笑われた。
状況が変わったのは父がカレンのアンバー家について調査をしてからだ。
アンバー家の持つ爵位は男爵という低いものであったが、金があった。当代チャイロ男爵は非常にやり手で、国内外に手広く事業を展開し成功していたのだ。カレンが爪先まで美しく整えられた令嬢であったのも納得である。
父は、侯爵位を持つが地味なニーナのウィスタリア家と、男爵位でありながら資産家のアンバー家を天秤に掛け、後者を選んだ。
アンバー家の持つ国外とのパイプは魅力的で、実直ながら国内にしか影響力を持たないウィスタリア家に比べ旨味があると判断したのだ。
となれば、僕の恋を妨げるものはもはや婚約者であるニーナ本人だけとなった。彼女の一方通行の恋と、僕とカレンの通じ合った恋と、どちらかひとつしか成就できないのなら、どちらが強いか。答えはもう明白だった。
別れを告げた僕に縋り付くニーナには驚いた。
これまでの、良き婚約者としての態度を一変させた僕の言葉に、ニーナは息を飲んで震えた。悲哀に満ちた瞳に罪悪感を刺激され、そのことに苛立ちを覚えて、一層酷い言葉を使った。
悪いのはこちらだが、言わせて貰えばニーナは僕を愛していると言いながら愛される努力が足りなかったのではないか。カレンのように甘く蠱惑的な魅力が無かったのは女性として不足がある。
自分でも冷たいと感じる声が出た。きっぱり断ち切れば、ニーナは驚くことに、席を立って縋り付いてきた。
高位貴族としての品格と所作を崩さなかった婚約者が、淑女の矜持をかなぐり捨てて懇願する姿にゾクゾクとした愉悦が背を這い上がる。
そんなに愛して欲しかったなら、身体でも何でも差し出せば良かったのに。心の中で無様な姿を嘲笑いながら、崩れ落ちるニーナを振り払った。表面では冷たく装いながら、内心ではひどく高揚していた。
「婚約解消をニーナに宣言したよ」
そう告げれば、予想通り、カレンは喜びに瞳を煌めかせた。
「嬉しい……けど、ニーナ様に申し訳ないわ」
紅潮する頬から興奮を伝えながら、カレンが嘯く。
「ああ。僕も心苦しいが……君を愛してしまったんだ」
「バーニー……!」
正直なところ罪悪感は大して無かった。それはカレンも同様だっただろう。だが自らを罪深いと言うことで、それは悲恋的なスパイスとなり、僕たちは揃って恋に酔いしれた。貪り合うように唇を重ね舌を絡ませる。カレンの鼻を抜ける小さな喘ぎ声に煽られて豊かな胸に触れても、その手が拒まれることはなかった。
ニーナを踏み台に、僕は待ちわびたカレンの身体をようやく味わうことができたのだ。
すべて順調だった。
侯爵令嬢を袖にして男たちのマドンナであるカレンを自分のものにしたこと。アンバー家と組んでさらに繁栄するであろうスプルース家の嫡子であること。学園でも、これから出ていく社交界でも、嫉妬と評価と憧れの眼差しを向けられるのは確実だった。
そもそも、可もなく不可もなくといった今の立ち位置がずっと不満だったのだ。
自分は侯爵令嬢に身染められる程の男だと言うのに、肝心の婚約者であるニーナが地味なせいで、そこまでの羨望は集めていなかったように思う。
「これからは堂々と会えるよ」
「嬉しいわ、バーニー」
僕は翌朝からチャイロ男爵邸にカレンを迎えに行き、馬車の中で甘い時間を過ごし、不埒な戯れに頬を上気させたカレンを伴って学園の門をくぐった。ニーナと婚約中に、彼女を迎えに行ったことなど無かったが、愛しい恋人となればこんなにも夢中になれるのかと新鮮な気分だった。
だが、輝いていた未来は、少しずつ思い描くものとは変わっていったのだ。
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