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双葉
4.小米菊 Gallant Soldier
ソルジャー家現当主の亡き妻ガーラント・ソルジャーは、サングイネア子爵家の末娘として生まれた。
サングイネア子爵家。それは奇しくも先日アイリスの後見となった名門だが実はシャギーの母親の実家でもあったのだ。
あの日。父がアイリスに提示したリストには、アイリスを養子に迎えることを了承しかつ王家の信頼も厚い貴族の名前が載っていた。そこにはソルジャー伯爵家の名前もある。「ウチでいいじゃない!」というシャギーの言葉に彼女の父親もにっこりと頷いたが、アイリスは少し悩んで「占いで決めます」と告げた。
アイリスは道具カバンから手元が隠れるほどの台座を取り出し黒い布をかぶせると、さらにその上に大きな水晶をでんと載せた。相手の視線がゆらゆらと光を揺らす水晶に吸い寄せられて居るのを確認し、黒い布に隠してゲーム機を出現させる。そして手早く貴族の名前を検索していった。シャギーが倒れた日、アイリスの手元に隠されたゲーム機を見てしまったのは、シャギーがまだ8歳の身長で、偶然アイリスのすぐ脇から覗き込んでしまったからだと気付いた。
しばらくするとアイリスがゲーム機を消失させて顔を上げる。そして名簿の中にあるひとつの子爵家の名前を指差した。
つまり前サングイネア子爵夫妻はシャギーの母ガーラントの実父母であり、現サングイネア子爵夫妻がアイリスを養子として迎えた今はアイリスの祖父母ということになる。
広くはないが実り多い領地で、両親と兄と姉から溢れんばかりの愛を受け幼い頃から比類なき美貌を持つ少女ガーラントはひとつの憂いもない生を過ごした。10歳の誕生日に、この国の教会で定められている魔力測定の儀を受けるまで。
贖人。あがないびと。
イフェイオン王国にはそう呼ばれる人々が存在する。生まれつき一切の魔力を持たず、多くが超絶した美貌を持ち、そして短命であるという贖人。
魔力が無ければ身体を巡る精霊と通じることが出来ない。回復や治癒の効率が滞ればどんなに健康に生まれても成人に近づくにつれ衰弱してゆき、そして20歳程で命を落としてしまうのだ。
汚れ無くして生まれ、美しいまま人の罪を贖うため天に召される存在。
人の罪を贖うため地上の汚れを汚れなき命で贖うために神に遣わされた存在だとイフェイオン王国では信じられている。
──王国で信じられている、というと語弊があるかもしれない。正確には国教であるカルミア教によって10歳の魔力測定の場で定められるのだ。
測定の場で、贖人の宣告を受けた子どもは教会に上がり修道士やシスターとして天に召されるまでの10年ほどを過ごすことになる。神の愛し子を俗世の汚れから守るためである。
ガーラントはその贖人に定められた。
しかしサングイネア子爵は娘を教会に入れることを躊躇った。短いと決められたならばなおのこと、その短い一生を好きなように生きさせてやりたかったのだ。娘もまた言葉ではその運命を受け入れると言いながら、幼い笑顔の中に家族と引き離される悲しみを隠し切ることは出来なかった。
イフェイオン王国において教会の力はとても強く、王族に並ぶ、あるいはそれ以上の権力を持つ。それには王国の歴史が背景にあった。
侵略と侵攻を繰り返し拡大政策を採ってきたかつての国王たち。あらゆる民族をひとつの国としてまとめる手段として利用されたのが、宗教だったのだ。この国に生まれた民は皆カルミア教徒として生を受け、信仰を失くし教会から破門されればイフェイオンに住む権利すらも失った。
時代は変わり今はカルミア教以外の信仰も禁教とされてはいない。しかし過去の名残から未だカルミア教会は強い権力を持つ。教会との関係性が悪くなればこの国で地位を保つのも難しいほどに。
悩むサングイネア子爵に手を差し伸べたのがソルジャー伯爵家だった。
サングイネア子爵家はもともとソルジャー伯爵家に仕えていた間柄で、両家はいずれも武に秀で、過去の数多の戦争において共に王国を守護してきた 。戦友であり盟友。そんな関係を何代も繋いできており、12歳のアクイレギアと10歳を迎えたガーラントもまた幼ない頃から親交があった。
ソルジャー家は爵位は伯爵だが長年に渡る国への貢献があり、過去には王妃も輩出していることで王家からも重用されている家柄である。いかに教会の力が強いとはいえ、さすがに王家と敵対することは得策ではない。つまり、ガーラントはアクイレギアと結婚してソルジャー家に入ることで教会に上がらない人生を送ることができるのだ。
アクイレギアは迷わずガーラントと結ばれる道を選んだ。幼い頃から見てきた少女は家族と変わらない程に良く知った相手である。誰に対しても愛を注ぐことができ、真っ直ぐな心根と輝く笑顔を持つ少女だ。例えその命が瞬きほどだと決められていたとして、ひと時でも寄り添えることは幸運でこそあれ障害になりはしなかった。
ガーラントはアクイレギアの未来を考えてればとてもそんな犠牲を負わせられないと拒んだが、アクイレギアの決意は固かった。ガーラントが教会に上がっても自分は独身を貫くと言われれば物事つく頃から慕ってきた相手の申し出を断ることなど出来なかった。
そうして二人はすぐに婚約関係を結び、アクイレギアが王都の学園を卒業した18歳の時、正式に夫婦となった。
その頃にはもう贖人としての運命はガーラントの身体を蝕み始めていたが、妻は先立つ自分が愛する夫にできること、すなわち彼の血を引く子を残すことを強く望んだ。少ない体力が削がれようと、どの道ガーラントに残された人生は残り数年である。アクイレギアはそれでも奇跡が起こる希望を捨てず少しでも彼女の身に危険のあることは避けたいと言ったがガーラントは譲らなかった。
やがて第一子のカランコエが生まれ、翌年には娘のシャギーを授かった。
二人の子供に囲まれて幸せそうに笑うガーラントを見れば、その選択が正しかったのだと心から思えた。
「この子達を私に与えてくれて、本当にありがとう。奥さんにしてくれて、カランコエとシャギーの母親にしてくれて、ありがとう」
死の間際まで彼女は夫に何度もそう伝えて、23年の短い生涯を終えた。聖職者ではなく、一人の妻として、母として。
父の話を聞き終えたシャギーは、すぐには言葉を発することが出来なかった。
贖人についてはどういった存在で何によって定められるのかも知っていた。
シャギーも2年後には魔力測定の時を迎える。この国の子供たちは皆、10歳までに自分の運命を知る心構えが必要なのだ。とはいえ“その運命”にあたることは極稀な可能性ではある。
測定の儀式までに魔法を発現させていない子は珍しくはない。だが、一切の魔力を持たない──すなわち贖人だと宣告される子どもは数年に一人出るかどうか。そして貴族はその血統へのこだわりからか魔力を持たない子が生まれることは殆ど無いのだ。しかし。
「贖人は……遺伝が多いと、聞いたことが……あります」
母の死は自分の出産とは関わりがなかった。それは心にひとつの安らぎをもたらした事実である。だが、同時に発覚したもうひとつの事実は決して軽いものではない。母親が贖人であるということは子供たちに贖人の資質が遺伝した可能性があるということ。
シャギーは測定を待たず既に魔力が発現しているので問題無い。だが兄のカランコエには未だその兆しは無く。
「二人が贖人である可能性は少ないと思う。ガーラントは遺伝ではなく、本当に突発的なケースで……サングイネア家にもソルジャー家にも、過去に贖人が生まれたことは無いんだ」
父は娘を安心させるようにそう言う。
しかしシャギーは思い出していた。とある”未来”のこと。この世界の人々が知るはずのない先の出来事。ゲーム“イフェイオンの聖女”でヒロインが攻略対象の一人と出会った時のことを。
光魔法を認められ教会へとやってたヒロインの前に現れた修道士。シャギーは前世でその人物を攻略できていなかった。だから知らなかった。あんなに意地悪な兄がなぜ教会などに入ったのか不思議に思っていた。
攻略対象カランコエ・トメントーサ。
名前が長……くはない。洗礼名のトメントーサはそのままに跡取りが代々受け継いでいるミドルネームのチョコレートそして持っていたはずのソルジャーの家名を失った、その名。それは雪のように儚く現実離れした美貌の。
おそらく、魔力を持たない、修道士。
◆
「わぁ……」
なんて立派な、荘厳な建物だろう。
巨大な石造りの門から、王国で一番白い石を集めてきたかのような眩い石畳みの路を真っ直ぐ進んだ先にその建物はそびえていた。
王都にあるカルミア教の大聖堂。路の左右に広がる庭園には天使たちの彫像が並び、門の外周は青々と茂る木々で囲まれている。
下町で生まれ母と二人貧しい生活を送ってきた少女は、自分達の暮らしていた荒屋が何件も収まってしまいそうな教会の入り口で立ち尽くす。高い高い天井には聖女が天使を伴い地上へと降り立つ様子が描かれていて、思わずその美しい絵画に見惚れてしまう。
「どうかしましたか?」
足をとめてしまった少女に優しい声が掛けられる。少女は声の主を振り返り、そしてその容貌に目を見張った。天井に描かれている天使がそのままここに降りてきたような青年がそこに立っていたからだ。
シミひとつない純白の修道服に金糸と銀糸を織り交ぜたように移ろい輝く柔らかそうな髪。光を浴びて青に緑に揺れる色彩の瞳。彫像のように整った顔立ち。スラリと伸びた身体。
「て、天使さま……?」
思わず溢れた呟きに青年は一瞬きょとんとした後、少し寂しそうに微笑んだ。その表情がまた一段と彼の美を引き上げて、少女は思わず息を呑む。
「私は天使さまではありませんよ。人間……そう、とても罪深い、人間なのです」
◆
「──いや天使さまて!」
ゲーム“イフェイオンの聖女”で、主人公ヴィーナス・フライトラップと、カルミア教修道士カランコエ・トメントーサとの出会いを思い返してシャギーは思わず叫んだ。
見た目はともかくあのクソ意地の悪い兄が天使だとか。キラキラしいスチルを思い出しゾゾゾと鳥肌が立つ。アイツに修道士などとてもではないが柄ではない。言葉少なく、敬虔に神に仕え、まして。
まして、20歳の若さで死ぬ運命を抱えているなど、とても信じられるものでは無かった。
昨晩、話を終えた父はシャギーの頭を撫で、そしてそのまま息子の部屋へと向かった。母親の死の真相を聞いたカランコエは、その夜、食卓へ戻っては来なかった。
そして今朝も食卓に兄の姿はなく、いつもはシャギーにぶつけられる憎悪も無い。
シャギーがそうであったように、カランコエもおそらく母の死の原因を妹にあると勘違いして恨んでいた。もちろん、それは妹を虐げて良い理由とはならないし、理不尽な怒りをぶつけられた当人として兄の心情にまで寄り添う道理などない。だが今のシャギーには18歳まで生きた菊子の記憶がある。
あちらの世界ではおそらく家族を残して先立ってしまった自分。死んでしまったのなら二度目の人生を楽しむのみと割り切ってはいるが残された弟妹のことはどうしても心配になる。
家計や家事のことはどうなったのだろう。まだ幼かった末の双子は、甘えん坊の三女は、泣いていないだろうか。
脳裏をよぎる幼い頃の弟の泣き顔。それにふとカランコエの顔が重なる。
彼が今あの細い背中で受け止めているものは、何だろう。大好きな母を蝕んだ病、その温もりを喪った夜の冷たさ。そして、魔力を持たない自分を待ち受ける運命。
今、兄は何を考えているのだろう。
“イフェイオンの聖女”に登場する若き修道士は、いつも憂いを帯びた表情をしていた。10歳から教会で暮らしている彼は、光魔法の遣い手であるヒロインに寄り添い、教会でのしきたりや聖職者としての心構え、そしてカルミア教の聖女についてなど様々なことを教えてくれるのだ。
15歳の春、偶然にも稀有な光魔法の素質を見出されて教会に引き取られることになったヴィーナス少女は、王立学園に通いつつ光魔法の才能を開花させることになる。カランコエルートは攻略していないから詳しいことはわからないが、教会での日々が彼を幸せにはしていないことは冒頭のムービーからも伺える。少なくとも、ヒロインに出会うまでは。
昨日までのシャギーは、自分の破滅ルート回避だけを考えれば良かった。
だが今は、たった一人の兄のことを放っては置けないと、そう思い始めてしまった。
【植物メモ】
和名:コゴメギク[小米菊]
英名:ガーラント・ソルジャー[Gallant Soldier]
学名:ガリンソガ・パルビフローラ[Galinsoga parviflora]
キク科/コゴメギク属
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