12 / 73
双葉
11.ブラックヒーロー Tulip Black Hero
「叔父さんに話した!?」
シャギーがサングイネア子爵家を訪問したのはフォールスに前世の記憶のことを打ち明けた翌日のこと。当然アイリスは驚き、そして心配した。
「その……お医者さんとか呼ばれなかった?」
アイリスが心配する方向性が自分と同じだったのでシャギーは思わず笑ってしまう。
「呼ばれなかったし──多分、信じてくれた」
たとえ気が触れたと思われなかったとしても、前世でこの世界のことを知ってました、なんて話はくだらない子どもの嘘か妄想だと流すのが普通の反応だろう。客観的に見れば本人ですらそう思う。だというのに、フォールスはシャギーの話に驚きはしてもその言葉を疑う様子は少しも見せなかった。
あの時のことを、シャギーはこの先もずっと忘れないだろうと思う。
◆
その日師弟は再びソルジャー家の森へ来ていた。
シャギーは風の魔法を習ったが先日の霧と同様にそれはまだまだ弱く、細い枝を揺らして空へ吸い込まれていった。
師はそれでも、ちゃんと風が発生したのだから上出来だと微笑んでしまう。シャギーにとってはどうにも不本意な結果だが焦っても難しいことは前週の授業で何となく理解している。
「そんなに焦らなくてもいいのでは?」
フォールスからそう言われた時、シャギーはついに自分に“前世”としか言いようのない記憶があり、この先の未来を変えなければ破滅が待っているという荒唐無稽な話を披露する決心をしたのだ。
冬色の魔法使いは、じっと黙って少女の話を聞いていた。
「とても不思議な話ですね。なるほど、10歳にしてはしっかりしてるなあと思ってました」
シャギーの話を聞き終えてフォールスはのんびりとそう言った。話が長くなるとわかっていたので二人は朽ちて横倒しになった木の上に並んで腰掛けている。ふかふかの、香りの良い苔がクッションとなって柔らかくて。風に揺れて絶え間なく形を変える木漏れ日が金と銀の髪の上をちらちらと舞っていた。
「歳はいくつだったんですか?」
「18歳でした」
「若いなあ」
「若いですか?」
16歳で成人となるこちらの世界では18歳と言えばもう立派に独り立ちしている年齢である。シャギーの父親が結婚したのも18歳だし、父より2歳下の母など18歳の時にはシャギーを産んでいる。
「若いですよ。若すぎます」
フォールスが菊子という別世界に生きた少女を悼ぶ。その言葉の中にもう一人、若くして命を散らしたガーラント──シャギーの母親であったその人が含まれていることに気付く。
「そういえば先生はいくつなんですか?」
「お父様から聞いていないですか? 28歳です」
アクイレギアの2歳下ということはガーラントとは同じ歳だ。父母が幼馴染みであったということは父の弟であるフォールスもまた、母と幼馴染みであったのだろう。
もしかして。
「お母様に恋をしていたりなん、て、」
思わず言葉に出してしまったが、些か無神経な質問だなと気付いて口をつぐむ。気まずく叔父を見上げるがフォールスは気にするふうもなく微笑んでいた。
「そういうのが気になるお年頃ですか? ちょっと早……いや、18歳ならそうですね」
「興味があるわけでなく、ちょっと思っただけです! すみません、失礼でした」
からかうように言われて、少女は唇を尖らせるものの素直に謝罪した。
「いいえ? そう──恋、とは考えませんでしたね。当時は」
「当時は」
「今になって振り返れば、恋をしていたのかもしれないなと思うことはあります」
フォールスはさらりと過去の恋心を認めてしまう。ガーラントが故人であるがゆえに出来ることなのかもしれない。今もなお兄の妻でシャギーの母として存命であったならばやや複雑な話になるが、それでも過去の話だ。
「先生は結婚しないんですか?」
「やっぱり興味があるんじゃないですか? こういう話」
「いいえ。純粋な疑問で」
前世でコイバナに縁のなかったシャギーは、自分の興味がフォールスの言う「こういう話」に当たるのかわからない。
「研究所にこもっていると出会いがないんですよ。シャギーも将来、研究所に入るなんてことになったら気を付けてくださいね。先に見つけておかないとなかなか難しいですよ」
「覚えておきます。──まずはその歳まで生き延びないと」
だいぶ脱線してしまったが、そうなのだ。シャギーの未来は今どれだけ積み上げられるかにかかっている。なにせゲーム通りならば前世よりも短く終了してしまう。
「それは確かに深刻な問題ですね」
フォールスは膝の上に肘を立て細長い指を顎先でトントンと遊ばせている。思考する時の癖なのだろう。
「シャギーは剣術も頑張っていますしある程度の危険なら避けられるだろうと思いますが、言いがかりをつけられて処刑となると王族やら教会やらの権力に対抗するのは難しいですね。まあソルジャー家が黙っているとも思えませんが」
「前世で見たお話の中では、私は家族……というか少なくとも兄とは関係が悪そうだったので、今の家族関係についてはちょっと救いかもしれません」
「お話の中ではカランは教会でしたね。ソルジャー伯爵は登場しない、と」
「そもそも私自身の性格にもだいぶ難がありそうだったので、今こうして未来を知ることで処刑やら追放やらが回避できればそれが一番なんですけど。あまり楽観するのもどうかなって。アイリスによれば強制力のようなものが働く可能性もあるらしく」
「強制力?」
「どんなに避けようとしても、出来事が筋書き通りに集約してしまう力、らしいです。あちらの世界にはそういう話も多いそうで」
「それは怖い。サングイネア子爵令嬢の存在はとても心強いですが予見できても抗えない可能性があるというのは厄介ですね」
うーん、と二人して頭を抱える。
緑の風が葉を打ち鳴らす。シャリシャリシャリと鈴がさざめくように響いて頭上を掛けてゆく。
遠く近く鳥が鳴いている。人に知られぬ言葉で秘密のやり取りを交わしているかのように点と点は呼応して、やがて森全体に広がってゆく。彼方から届く水の音。水音は泉へ向かって同じリズムで行進している。
しばらくはそうして、森のざわめきの中にしんとしていた。
「まあ、おいおい考えましょうか」
沈黙を破ったのはフォールスで、その言葉にシャギーも同意する。今ここでどんなに考えても実際その時になってみないとどうにもならない。できることはやっている。
「話してくれてありがとう」
そう言ってフォールスは身を起こし、座ったままのシャギーの前に立った。その瞬間、風を受けた暗紫色のローブが花開くように膨らんで、ふわりと影を落とす。
「大丈夫。いざとなったら私がシャギーを連れてどこまでも逃げますから」
穏やかに笑う魔法使いの頭上で星のような数の葉が揺れる。緑色の天井で鈴が鳴っている。
幾千、
幾千、
幾千、
鳴り止むことなく届く歓声のように。
息をのんで見開かれた少女の瞳。その視界を埋める暗紫色をした正義の旗が、はためいた。
◆
あのとき森で聞いた鈴の音をシャギーは今でも思い出すことが出来る。
未来への不安や恐怖に囚われそうになる度にその音は耳の奥で響いて、自分の力ではどうにもならなくなった時に登場するヒーローの存在を思い出させる。風に膨らむ暗紫色のローブはまるで正義のマントのようだった。
やるだけやって、ダメだったならばその時は王国最強の魔術師がさらってくれる。それは守護となって心を照らした。
あれから2年──あの時よりはずいぶん強くなったのではないかと自分に厳しいシャギーでも思う。騎士団での剣術の稽古は想像以上に苛烈で、しかし余分な思考を挟む余地もなく剣を叩き上げる環境は幼い令嬢を確実に剣士へと変えた。
魔法だって、多彩なだけではなくひとつひとつの威力も増している。心の成長に呼応するというそれはフォールスから守護の言葉を得たあの日から着実に安定してきている。師から受け取る愛は自信を得始めた最近では取りこぼすことも少なくなってきて、それはそのまま魔法の強さに現れるのだ。
だが、培ってきた心も実際のソレを目にすればやはり恐怖にすくんでしまう。目に焼き付いているシーンが蘇る。霧が晴れて、倒れる少女の胸に刺さる剣と流れる赤い血。
実際に、目の前に現れた恐怖。
その日騎士団の練習場に現れたのは人の姿をした未来。
4年後にシャギー・ソルジャーを殺す少年。12歳の、レオノティス・レオヌルスだった。
【植物メモ】
和名:鬱金香[ウコンコウ]
英名:チューリップ[tulip]
学名:ツゥリッパ・ゲスネリアーナ[Tulipa gesneriana]
●チューリップ・ブラックヒーロー[tulip Black hero]
八重遅咲き暗紫色の園芸品種
ユリ科/チューリップ属
あなたにおすすめの小説
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。