16 / 73
若葉
14.捩花 Spiranthes
月日は螺旋のように上昇していく。
変わらぬ日々をぐるぐると周っているようで、上へ上へと向かうことを忘れなければ、やがて振り返った時に自分の成長を知ることとなる。伯爵令嬢シャギーが騎士見習いのレオノティスに勝利してから、3年。欠かさず続けた鍛錬の成果──。
「そこまで! 勝者、レオノティス!」
ブッシュ・クローバーの声が演武場に響く。
シャギーは肩で息をしながら思い切り舌打ちをした。対するレオノティスは身を屈めてガッツポーズしたまま震えている。
「いよっしゃあああ! これで90勝90敗やで!! また並んだなあ!?」
「ハン! せいぜい噛み締めておきなさいな……最後の勝利をね!」
「いやいや姉さん、こっからはもう俺の連勝やから。いや~えらいすんませんなあ!」
レオノティス・レオヌルスはあれからゲームの筋書き通りブッシュ・クローバーに弟子入りした。思惑が外れたシャギーが悔し紛れに、自分の弟弟子になるのだから姉さんと呼べと吹っかけてみたところ、素直すぎる天才剣士はここでも要らぬ素直さを爆破させ、以来、同じ歳のシャギーを姉さんと呼ぶ。
なんでやねん。
シャギーが内心で突っ込む。レオノティスの訛りがうつってしまっている。だが、しかし。言いたくもなる。
なんでやねん。
ゲームでは寡黙系筋肉キャラだったレオノティス。
その実情は「長文を喋ると訛りが出るから取り敢えず最低限必要なこと以外は黙っとく」ゆえの、口数の少なさであった。
レオヌルス家の領地は王都からそこまで離れているわけではない。だが険しい山脈を隔てているために人の往来が少ない上に周囲を他民族に囲まれた国境であるため、とにかく訛りがきついのだ。
通りで。ゲームをしていた頃からなんかカタコトっぽいなと思っていたのだ。
そんな訛りのせいだけではなく、慣れれば気さくな性格とか、素直すぎる気性だとか。あまりにもゲームの殺戮剣士とイメージが違いすぎるため、どうにも同じ人物として扱えないまま2年間交流を深めてしまった。
レオノティスの剣の才能は確かだった。
シャギーも必死で努力している。ブッシュ・クローバーという王国最強の剣士から教えを得るという裏技まで使って腕を磨いてきた。だがそれはレオノティスも同様で。
シャギーは先日15歳になった。目標のひとつとしてきたのは16歳を迎えるまでにレオノティスよりも強くなること。それはなかなかハードな道のりであった。
◆
シャギーがしょんぼりと家に帰ると、ちょうど別の馬車が家の前に着けられたところだった。この春から学園に通いはじめた兄が帰宅したのだろう。
「お兄様!」
降りてきた人物は予想通り、兄のカランコエ。
「ただいまシャギー」
そして。
「へえ、この子が妹さん?」
もう一人、兄に次いで馬車から降りてきた、初めて会うけれどずっと以前から知っていた人物。
“イフェイオンの聖女”の中ではシャギーの婚約者だった、黒髪の公爵令息。ヒロインに恋をして、シャギーに婚約破棄を言い渡す存在。
今のソルジャー家に、見合い話が持ち込まれたことは無かった。
『だから運命が変わって、回避できたと思っていたのに──』
「シャギー、彼はスパイク・ウィンターヘイゼル。ウィンターヘイゼル公爵のご子息だ」
知っている。
「はじめまして……シャギーです」
「はじめまして。君のお兄さんとはクラスが同じなんだ」
内心の思いを隠してどうにか挨拶を交わすが、どうしても“敵”として認識してしまう。脈が早くなるのを抑え早急に立ち去ろうとしたがカランコエに引き止められた。
「急に連れてきてすまない。妹が居ると言ったら、見たいって言い出して」
「そういうのは黙っておいてよ」
「言っておくけど、妹に手は出すなよ?他の子みたいに」
「そういうのも黙っておいてほしかった」
学園は身分の差にとらわれず交流する方針の場所だと聞く。公爵家のご子息に対してカランコエの口調は砕けたものだ。二人の話を上の空で聞きながら乙女ゲームを進める上で必要な設定だなと思う。
「だって、カランコエの顔で女の子だったらどんなご令嬢なんだろうってさ。男なら気になっちゃうもんじゃない?」
軽い調子で言うスパイクにカランコエがため息で返した。それを聞いてシャギーは少しばかり安心する。兄の顔を期待してシャギーに会いに来たのならそこまで警戒しなくても大丈夫かもしれない。兄妹の顔は確かに似ている。だが兄の造形は異次元なのだ。
ちなみに菊子インストール済みのシャギーはその件で卑屈になることはない。カランコエが超越者なだけであって、自分の顔には十分満足している。何なら隣りにいるスパイクだって単体でみたら十分なイケメンなのだろうがカランコエの隣に立っているせいで際立った容姿には見えなくなっている。
「それならがっかりさせましたね」
婚約の恐怖から少しばかり開放されてシャギーはようやく笑顔を取り出した。しかしその油断が良くなかったらしい。
「素敵な笑顔だね。それに、太陽みたいに輝く髪」
やっと微笑んだ少女に間髪入れず甘い言葉が降ってくる。優美な仕草で、一房の三編みにまとめた髪をすくわれてシャギーは一瞬で固まった。背中がゾワゾワとむず痒い。これまで身近なところには存在しなかったチャラさにおののく。
「おい、スパイク」
「はーい」
妹の身を案じるカランコエが不穏な空気を発するがスパイクはまるで動じない。シャギーの髪をサッと解放して両手を上げた。軽い。ゲームではヒロインにこれでもかと甘ったるい言葉を吐いていたのを思い出す。
(なんだこいつ)
硬直から復帰したシャギーは先程掴まれた髪を無意識でブンブンと振ってしまった。反射的に出てしまった行動に、しまった、と顔を上げる。
公爵令息の笑顔がこわばっていた。
【植物メモ】
和名:ネジバナ[捩花]
英名:レディズトゥレシーズ[Lady’s Tresses]
学名:スピランセス[Spiranthes]
学名のSpiranthesは、ギリシャ語のspeira(螺旋らせん)+anthos(花)が由来
ラン科/ネジバナ属
あなたにおすすめの小説
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。