【完結】雑草令嬢とハキダメの愛

丸インコ

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若葉

17.有明 Cerasus serrulata Candida





「シャギーお嬢様、領地から旦那様がお戻りですよ」

 騎士団の演習から戻ったシャギーに専属メイドのジニアが告げる。父親のアクイレギアは一ヶ月ほど前から領地の視察に出向いていた。領地の様子については信頼のできる代官から毎月報告が上がっているが、領地の民を大切にする若き領主は半年に一度は実際に現地を訪れることにしている。

 イフェイオンの東端に位置するソルジャー伯爵領は海に面した観光と貿易が中心の土地だ。中でも王国最大の港を有する都市ロルフ・フィドラーは、その美しさからイフェイオン・ブルースターとも呼ばれている。ソルジャー伯爵家が王国において特殊な立場にあるのも、軍事力や歴史の古さに加え豊かなこの地を治めているところも大きい。
 それゆえロルフ・フィドラーを奪おうとする者は国内外に後を絶たなかったが、国内の動きば近年めっきりおとなしくなった。結局、国外から攻められる危険の多いこの地の防衛を果たせるのはソルジャー家をおいて他にないとの結論が周知されたためである。

「おかえりなさいませお父様! シャギーです!」

 シャギーは真っ直ぐ父親の書斎へと向かい、コココンッと逸る心を乗せたノックを響かせた。
 ──ガタン! バサバサバサッ!

「やあ……お入り」

 中から慌ただしい気配がして怪訝に思うも、すぐにアクイレギアの声が返ってきてシャギーは扉を開けた。

「お父様! 無事のお帰り何よりです!」
「ただいま。シャギーも元気そうで嬉しいよ」
「はい!」

 再会の喜びを互いに伝えふと父親の前の執務机に目を向けると、布張りの書類綴じが乱雑に伏せられていた。整えられた机にそこだけ違和感を感じて何気なく手を伸ばす。

「書類がシワになりますよ?」
「あああああッだだだだだだ駄目!」

 いつもの優雅な仕草とはかけ離れた動きでアクイレギアが書類の上にダイブして覆い被さる。

「──お父様?」
「……」

 明らかにおかしな父親の様子にシャギーが目を細める。一方のアクイレギアは娘から疑惑の目を向けられるも顔を上げない。

 何か隠している。娘に知られたくない、何か──

 布張りの薄いアルバムのような本。その形状に見覚えがあった。フォールスにソルジャー家には山ほどの縁談が持ち込まれているはずだと聞いてカランコエに確認したところ、部屋に積まれているのを見せてもらったのだ。つまり兄に持ち込まれた見合いの釣書を。

「見合いですか?」
「!!」

 シャギーが尋ねるとアクイレギアがガバッと身を起こした。

「隠さなくてもいいじゃないですか。私は……構いません」
「えっ!?」

 母が亡くなってから9年が経つ。10年近くも母親の分も一心に子どもたちへと愛を注いでくれたのだ。父はまだ34歳なのだから再婚して幸せになってもバチは当たらないだろう。と、シャギーは思う。

「え、でも、シャギー」
「私ももう15歳ですよ? それくらいは聞き分けます」

 唖然と立ち尽くす父親の机から押しつぶされていた布張りの表紙をすくい上げると、インクで描かれたモノクロの肖像画らしきものがぱさりと落ちる。自分の母親になるかもしれない人はどんな女性なのだろう? やや緊張しながらそれを拾って手に取り──

「え?」

 そこに描かれていたのはシャギーも知っている顔だった。何なら、つい3日ほど前にも見た顔だ。

「本当にいいのかい? シャギー」
「見合い、ですよね?」
「うん? うん」
「……誰の?」

 呆然と顔を上げると、そこには戸惑いで一杯になったアクイレギアの顔があった。

「シャギーの、だけど……」

 ひらひらとシャギーの手からこぼれ落ちた肖像画。

 そこに描かれていたのはウィンターヘイゼル公爵家の三男、スパイク・ウィンターヘイゼルその人だった。

「お断りします」
「聞き分けって何かな? シャギーさん……」

 散々娘に振り回された父嫌がぐったり椅子に沈み込んだ。





「ホォワァァァァァァタァァァァァァッ!!」
「ぐぅおおおっ」

 翌日。

 騎士団の演習場にご令嬢らしからぬ気合の掛け声が響き、赤毛の少年が宙を舞った。シャギーとレオノティスは騎士団の訓練に参加をさせて貰っているので体術の日は体術を習うことになっている。

「うむ、まだまだだな。出直してきなさい」

 剣では互角の二人だが体術ならシャギーの方が上回っている。地に這いつくばるレオノティスを腕を組んで見下ろすシャギー。

「身体強化に頼りすぎだ、馬鹿」

 仁王立ちでふんぞり返っていた後頭部をスパンと後ろから叩かれる。振り返ると呆れ顔のブッシュ・クローバーが居た。

「えらく動きが鈍いじゃねえかシャギー? 脚が止まってたぞ」

 剣術の師匠は剣術のみならず戦闘全般において容赦がない。

「精進します」

 武人らしく背筋を伸ばして応える弟子に頷いて肩に手を置く。長年見てきたが、稽古中にシャギーが気を抜くのは珍しい。

「何か悩みでもあんのか?」
「……いいえ」

 ふと気になって訪ねてみたが話す気はないらしい。

「あのなシャギー」
「あーっくそ! まだ体術こっちはアカンかあ!」

 重ねて聞いてみようか迷う間に転がされていたレオノティスががばりと起き上がって吠える。タイミングを逃してひとつため息をつくと、クローバーは二人の若い弟子を見た。

「そういえばお前たち来年からどうするんだ? 学園に行くのか、このまま騎士団に残るのか」

 師匠の問いかけにシャギーは息をのむ。

「俺は一旦、学園行こ思てます。親父が俺を第一王子の護衛に推してて、それが決まりそうなんですわ」

 レオノティスの意思は固まっていたようであっさり答える。内容はゲーム通りの展開だ。

「姉さんは?」

 立ち上がって尻の汚れをパシパシと払いながら赤毛の少年が尋ねる。



「……私も、学園に」

 それはいつの頃からか考えていたことだった。破滅ルート回避なら端から学園に行かなければ良い。最初はそう思っていた。

 だが、学ぶ機会がそこにあるのに手放すのは惜しい。剣術にしても、魔術にしても、最初は死亡フラグ回避のために始めたことだったがもはやその域を超えている。自分を鍛えることも研究に夢中になることも純粋に楽しい。
 他人どうこうより、自分が満足する人生を送る覚悟を決めなくてはいけないと思った。

(うん。大丈夫、そのために手に入れた強さだと考えたら、頑張れそうな気がする。)

 言葉にしてしまえば腹は決められた。

 ゲームに振り回されずに自分を・・・生きる覚悟を。






【植物メモ】

和名:アリアケ[有明]/アリアケザクラ[有明桜]
学名:Cerasus serrulata‘Candida’

バラ科/サクラ属

感想 7

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