【完結】雑草令嬢とハキダメの愛

丸インコ

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38. 罪を犯す女 Camellia




 さあ、ゲームのスタートです。

 そんな言葉が聞こえた気がした。シャギーが、アイリスが、フォールスが、どんなに足掻こうと運命は変わらない。何故ならここは、ヒロインのために作られた乙女ゲームの世界なのだから。

「──させるかぁ!」

 シャギーは自室で、こぶしを震わせて目一杯叫んだ。向かいではゲーム機を手にしたアイリスがコクコクと頷いている。

 アネモネと良好な関係に見えた攻略対象リナンサス王子がヴィーナスと接近したのは、食堂での邂逅のすぐ後からであった。それまでヴィーナスが無理矢理リナンサスに近づこうとしてもさらりと交わされていたのに、ゲームの展開通りの攻略が始まったのである。

 植え込みでヴィーナスが猫を拾えばその猫が王子の足元へ駆け込む、実験でヴィーナスが暴走させた魔力を王子がおさめる、図書館で本の山を抱えてふらついたところを助けられる──など、など。接近と呼ぶにはまだまだ些細な出来事だが、確実にイベントは起きている。

 ちなみに、王子リナンサスルートは途中まで剣士レオノティスルートと被っている。剣士ルートに進めば麻薬捜査()の途中のミニゲームでシャギーは刺されて退場するが、王子ルートに進めば国家反逆罪で捕らえられる。麻薬によって国民を洗脳した上、密売ルートを通じてオーニソガラム帝国とつながっていたらしい。しっかり断罪されて監獄塔に生涯幽閉となる。つまり無期懲役だ。
 この国家反逆ルートがあったからこそ、祖父ベゴニアと王弟がオーニソガラム帝国と密約してクーデターを謀ろうとしたと聞いた時シャギーはひっそりと肝を冷やした。シャギーの背景はゲームでは語られない。だが父親も、本来は父亡き後の伯爵家を継ぐはずの兄も失った彼女の後見には誰がついていたのだろうか? 婚約者スパイクのウィンターヘイゼル公爵家か、それとも。王命で代替わりしたベゴニアが表立って当主に返り咲くことは無いだろうが、孤独の中に居たシャギーが祖父を頼り、その影響を受けたとしても不思議はない。
 リナンサスルートもレオノティスルートもシャギーが麻薬の密売に関わらなければ断罪イベントは発生しないはずだが、安心はできない。何者かがシャギーを排除しようと謀る可能性もある。そこまで考えてシャギーはふと、とある可能性に気が付いた。

 ゲームの中でも、シャギーが真実犯人だったのか冤罪だったのかは明確に明かされない……?

「ヒロインちゃんが転生者かどうかはまだわかんないけど限りなく怪しいねー」

 アイリスの声に、思考に沈みかけた意識がはっと引き戻される。片手でクッキーをつまんではポリポリしつつ、もう片方の手でゲーム機を操作するアイリス。まるで前世日本のようなくつろいだ光景にシャギーはふっと、知らずこわばっていた肩から力を抜いた。まずは現状を整理しなくては。

「入学生の日も態度おかしかったしねえ……確証がない限りこっちからは聞けないけど」

 アイリスの向かいで腕立て伏せを始めたシャギーが同意する。とはいえ、今はヴィーナスが転生者であることよりも、急にイベントが順調に進み始めたことの方が問題だ。ストーリー通りに攻略が進めば強制的に起きるイベントによってシャギーもアネモネも断罪まっしぐら……とはならないで欲しい。悪役令嬢たる二人はストーリーとは違う生き方をしているのだから。

「王太子とお兄様、あとレオノティスは把握し易いんだけど、それ以外のルートがどうなってるのか知りたいな」

「ウィンターヘイゼルのバカ息子ルートはどうなってもいいけどぉ」

 シャギーを振ったスパイクに対して、アイリスは実に刺々しい。自分を想ってくれる友人にシャギーは苦笑した。

「私は一番気になるルートだけどね」

「──まだ好き?」

「好きだよ、まだ」

 腕立てを続けながら、シャギーが答える。その声に暗さはない。こういうところがたまらないのだろうな、とアイリスは思う。シャギーは人一倍情深いけれどそれに溺れたりはしない。自分の感情を否定しないが、受け入れた上で為すべきことに向かっていける。とても頼もしくて、そして愛おしいと皆が思う。だから今のシャギーにはゲームとは違い味方が居る。
 兄のカランコエや父アクイレギアをはじめ、剣の師匠ブッシュ・クローバーや同門のレオノティス、そしてシャギーが誰よりも信頼する魔術師フォールス・バインドウィード。それに。

「とりあえず、現状整理すると、進展があるのは王子ルートね。カランお兄ちゃんは変わりない?」

「無い。入学式直後は『やたら聖女もどきに絡まれる』とは言ってたけど、そもそも教会に不信感持ってるのもあって失礼にならないように逃げ回ってるみたい」

「うわ気の毒。権力者に言い寄られるのほんとつら……」

 アイリスがうげえと顔をしかめる。権力者、そうなのだ。ゲームの設定では“貴族社会で健気に頑張る平民ヒロイン”という体だったのだが、教会が王族と同等以上の力を持つリアル・イフェイオンにおいて教会の庇護下にあるヒロインのヴィーナスは学園内ヒエラルキーの頂点と言っても過言ではない。今のところヴィーナス本人に理解して立ち回っている様子が無いお陰でカランコエはうまく躱しているようだが。

「レオノティスは王子の護衛っていう立場もあるからそこそこ接触あるっぽいねえ」

「でもあいつの場合あんま喋れないからイベント起きない限り進展は無いはず」

 シャギーは昨日も騎士団の稽古で会った赤毛の剣士を思い出す。それとなくヴィーナスとの進展を探ってみたのだが本人曰く、
『いやほんま胆力エグいわ、あの子。聖女とは言え最近まで平民やったんやろ? せやのに遠慮ゼロで王子相手にガツガツ行くやん? しかも王子婚約者おんのにやで? 脳内どうなっとんねやろ。やばいわ~』
 とのことだった。ゲームでのレオノティスも当初はヒロインのことを無邪気に王子に近づく怪しい女と認識していたので、現状でゲームから大きく外れているかは定かではない。が、危機感は強く持っているようで安心する。現実のヴィーナス・フライトラップがゲームのキャラ設定とブレている副産物かもしれない。

「公爵子息はまだ不登校でしょ? これも進展ナシと」

 アイリスが言う通り、カランコエによるとスパイクは未だ学園に登校していないらしい。しかしそれも長くはないだろう。何しろシャギーとの別れの場で本人が言っていた。ソルジャー家に手を出さないのであればウィンターヘイゼルのために働いてやると。つまり聖女を落とせと言われたらそれに従うということだ。スパイクが復学したら、案外一番攻略しやすいのは彼なのかもしれない。

「で、一番謎なのがドラセナ・ドラコ、と」

 アイリスが手元の端末を操作しながら言う。ドラセナ・ドラコ。侯爵位を持つドラコ家の跡継ぎだが爵位の低い遠縁からの養子らしく苦労しているらしい。鬱屈した思いをはらんだ目を前髪で隠し、実の家族から引き離され誰からも愛されずに侯爵家で過ごすドラセナは魔法の才能に加えて薬学の知識が豊富だという。
 ゲームでは唯一自分に優しくしてくれたヴィーナスを神のごとく崇めるようになる。序盤は全ルートに登場しヒロインが有利になるよう様々な薬を調合するお助けキャラ的な立ち位置だが、ドラセナルートを選んだ場合は「ずっと近くに居て助けてくれたあなたをいつの間にか愛していたの……」という展開になる。自分のような人間とキラキラ聖女では釣り合いが取れないと言いつつ、なんだかんだヴィーナスに寄り添い続ける。最後はカルミア教の総本山レッドクラウン大聖堂までヒロインを送り届け、祝福の花の舞う結婚式のようなムービーで終わる。

「サクッと毒殺されちゃうのよね」

 シャギーが苦笑する。そうなのだ。一見関わり合いがないようなストーリーでもシャギーは死ぬ。キラキラヒロインに嫉妬して、彼女のおやつに毒を盛ろうとして誤って自分で食べて死ぬ。その毒がドラセナ・ドラコの開発した薬剤なのだ。これに関しては薬剤が即死系でないことを祈るばかりだ。遅効性なら治癒魔法で何とかなる。

「シャギーたん死ぬねえ……」

「死ぬよ、めっちゃ死ぬ」

 殺されないルートは、スパイクルートの追放エンドとリナンサスルートの監獄エンドだけだ。婚約破棄からの平民落ち国外追放のスパイクルートがなんだか平和に見えてくるから不思議だ。

 シャギーとアイリスが思わず無言になった、その時。
 廊下から騒がしい足音が近付いてきた。何事かとシャギーは身を起こし、アイリスはクッキーを飲み込む。ノックもそこそこに妹の部屋に飛び込んできたのは兄のカランコエだった。

「シャギー、落ち着いて聞いてくれ」

「承知。なんでしょう」

「叔父上が……フォールス・バインドウィード王宮魔道士が罪人として拘束された」










【植物メモ】

和名:ツバキ[椿]
英名:カメリア[Camellia]
学名:カメリア[Camellia]

椿の花言葉のひとつに「罪を犯す女」があります。

ツツジ科/ツバキ科
感想 7

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