パン屋の初恋 彼女が楽しく暮らすために今日も私はパンを焼く

千暁

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4.私の話もしよう(2)

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そんな日々を送っていたある日、父からの手紙が届いた。

祖父がもう昔のようにパンを作れなくなってきた。うちのパン屋に戻ってきてほしい。そんな内容だった。

祖父からは半年に一度程度ハガキが届いていて、つい先月届いたハガキには変わらずパンを焼いていると書かれていたが無理をしていたのかもしれない。

パン屋になることを嫌って郵便配達員になった父にも、祖父のパン屋を守りたいという気持ちがあった。そのことが嬉しく胸が熱くなった。

私は店主に事情を説明し、2ヶ月後に祖父の店に戻った。久しぶりに見る祖父は少し小さくなり、パンをこねる力も弱くなったようで豪快さに欠けていた。

「お前のパンは面白みがない。」

祖父は私のパンが気に入らなかったようでよく喧嘩になった。面白みとは何か、私のパンも皆美味しいと買ってくれている。負けずに言い返したが鼻で笑われて終わり。
そんなことが半年続き、この店に戻ってきたことを後悔さえしていた。

ある日、母親に連れられた小さな男の子が店に来て言った。

「このパン前と違うからつまんない。なんか全部おんなじだもん!」

私は男の子が店を出た後、ショーケースの反対側に回り、男の子と同じ目線になるようしゃがんでみた。整然と並んだパン。整然と並びすぎていた。ホテルや学校に納品するパンは整然としていなければいけないが、町のパン屋はそれではつまらないのだ。

私はようやく祖父の言いたいことに気が付いた。
とはいえ面白みのあるパンをどうやって作ればいいのかはわからず試行錯誤。

そうこうしているうちに祖父が亡くなった。この店は私が引き継ぐことになり、私は若くして店主となった。

追加のパンを焼きながら、隣街で好きでもない女性を抱いていた話は端折ってジュリさんに話すと、

「おじい様はセタさんに町のパン屋で売る為のパンを作って欲しかったんですね。」

と呟いた。

「どういうこと?」

「上手く言えないけれど…定番のパンだけでなくお客さんを想像しながらパンを作ってそれを並べてみればいいんじゃないかな、と。男の子が多く来るならばその子達がどんなパンを食べたがるか想像しながら作る。女性なら、老人なら、と考えて作ったらその思いは誰かに伝わるかもしれない。」

確かに私はパンしか見ていなかったかもしれない。

「ありがとうジュリさん。なにかひらめきそうな気がしてきたよ。」

ジュリさんは私の足りない部分を補ってくれる存在になりそうな気がしてきた。人に興味を持てなかった私が惹かれてやまない女性。
姿かたちだけでなく、急速に中身にも惹かれていくのを感じた。

「ジュリさん、この店について思うことがあったらどんどん言ってほしい。私にはない感性でこの店をもっと良くできたら祖父も喜ぶと思うんだ。頼りにしている。」

ジュリさんはキョトンとした後、微笑みながら頷いた。

「頼りにしてもらえるなんてこそばゆいですけど、頑張りますね。」

「早速だけど、お昼のパン販売が終わったら、明日から店で着るジュリさんの制服を買いに行きましょう。」

「あの、私お金がなくて…持っている服では駄目でしょうか?」

ジュリさんは椅子の隣に置いた大きめの鞄を見ながら不安そうに言った。

「ええ、駄目です。ピシッとした格好でお客さんをお迎えしてもらいたいんです。そして制服は福利厚生。店が準備するものなんでジュリさんはお金の心配をしなくて大丈夫ですよ。」

朝パンを買いに来た客が彼女をどんな風に見ていたかを思い出しながら私は言った。男共は彼女をイヤらしい目で見て、女性客は若く可愛らしい彼女と浮き足立った男どもを冷めた目で見ていた。彼女がこの街の人に受け入れてもらえるためにも制服は必要だと感じた。

制服を買うだけとはいえ、可愛らしい彼女とのショッピングに浮き足立つ私だった。
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