パン屋の初恋 彼女が楽しく暮らすために今日も私はパンを焼く

千暁

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12.彼女はどこに

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卵を買いに行ったのはここから歩いて10分ほどの商店だし、いつも行っている場所なので迷うということもないだろう。
彼女が自分の意思で戻らないことを選択したならば、せめて最後に話し合いたい。苦しいけれど、彼女にだって自分の気持ちや人生がある。
今、頭にちらついているのは誘拐など彼女に街の人間の悪意が向けられている可能性だ。

待っていることがつらくて、私は彼女が卵を買いに行った商店に向かった。

「あ、セタ君いらっしゃい!今日は何持ってく?」

いつも行っている馴染みの商店の気のいいおじさん店主がのんびりと接客してくれたが今はそんな気分ではない。

「あの、うちの従業員のジュリさん見てませんか?卵を買いに行ってもらったんですが。」

「あー、ジュリちゃんね。さっき来てたよ。そういえば買い物後にそこでさ…」

店主はまずいことを思い出したと言わんばかりに顔を顰めて声を潜めて続けた。

「セタ君のお母さんと話して、なんか一緒に去っていったよ。何を言われたのかジュリちゃん、俯いちゃってさ…。」

偶然とはいえ面倒なものに会ったものだ。うちの母はまた失礼なことを言ったのだろう。でも一緒について行ったのはなぜだ?

「ありがとうございます。母のところにいるなら大丈夫かと。」

店主に余計な心配をさせたくなかったのでそう行って店を離れた。

誘拐ではなくて良かったが、母がジュリさんを嫌っていることを知っているので気が気でない。私はいつ以来ぶりかわからないくらいの全力ダッシュで母の住む家に向かった。

ドンドンと乱暴にドアをノックしてからドアを引くと、施錠されていなかったドアはスッと開いた。

「母さん!ジュリさんに会って何を言ったんだ!」

大声でそう言いながら廊下を進むと客間から母が出てきて言った。

「あらもう知ったのね。これだから狭い街は嫌なの。あの子にならね、さっき実家に帰る為の汽車のチケットを渡しましたよ。喜んでいたわ、こんな街早く離れたかったって。」

「嘘を言うな。母さんが追い出したんだろう?彼女はこの街を嫌っていない。」

「なんでそんなことあなたがわかるの?よそ者にとってはこの街って暮らしづらいじゃない?それに彼女とあなたの噂、私の耳にも入ってますよ。よそ者なのにあなたの彼女ヅラして連れ立って町中を歩き回っているそうじゃないの。きっとあなた狙われてるのよあの女に。羽振りのいい男に擦り寄る才能があるのよ穢らわしいわね。」

「ジュリさんはそんな人じゃありません。私たちは想い合っているし、結婚したいことも伝えています。彼女が私に何も言わずに出ていくことはありません。」

「結婚ですって!!想い合ってるですって?!私は絶対に許しませんよ!」

「母さんに許されなくても彼女と結婚します。それで、彼女は今どこにいるんだ!」

「知らないわよ、チケットを渡して追い出したから!ほんとに遠くに行っててほしいわ!あなたも帰ってちょうだい!顔も見たくない!」
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